第十二話







「…………」


寝台に仰向けで眠る大型の子犬とその腹の上に乗っかり眠る子猫。

最近恒例になっている構図だ。

…毎度思うが重くないのか、骸。


「じゅーだいめ。そろそろ起きてください。」

「んう…」


寝覚めの悪い子猫はイヤイヤと首を振り骸にがっしりと組み付く。

逆に寝覚めのいい大型子犬はパチリと目を開け体を起こす。


「…おはようございます。」

「おう。」

「綱吉くん、朝ですよ。離してください、もう起きましょう?」

「んに…」


もぞもぞとはするものの、10代目はコアラのように骸の体にしがみついて離れない。

…ここまでして起きないって逆にすごくないか…?

実は寝てるふりなんじゃないかと疑ってたりする。

毎朝のことなので俺はべり、と骸から主を引き剥がし小脇に抱える。

このまま洗面所まで連行だ。朝風呂に入れば嫌でも目が覚めるだろう。


「うに…」

「まったく…」


毎度手間のかかる…甘やかしすぎだろうか?

骸と一緒に寝るようになってから、10代目が悪夢にうなされることは無くなった。

夜中に目を覚ますこともないしよく寝ている、それはいいんだが…今度は朝が。

ぐてんとぬいぐるみのように動かない子猫。正直ここまで寝汚いとは思わなかったぜ…


「じゅーだいめー。」

「……………なあにぃ…」

「ちゃんと立ってください!はいバンザイ。」

「う〜……」

「獄寺…いい保父さんになれそうですね、あなた。」

「るせぇ。」


お子ちゃまのてめぇが言うな。

目を離すとまた寝そうな10代目を抱き上げ風呂場の扉を押し開ける。


「10代目。シャワー出しますよ。」

「ん〜?……ひゃうっ!?」


頭から湯をかける。ようやく目が覚めた主はきょとんとした顔で目を瞬かせる。


「おはようございます。」

「おはよ。……あれ〜?」

「骸にコアラよろしく引っ付いてたので剥がしてきました。目ぇ覚めました?」

「ん。」


こくりと頷く10代目。まったく…

わしゃわしゃとスポンジを泡立て始めた主の後ろに周り、背中を洗ってやる。

と言っても…面積が無いからすぐに洗い終わるんだけどな。


「………」


腰の辺りにスポンジを滑らせる。

なめらかな皮膚に、一カ所だけ盛り上がった醜い傷跡。腹にも同じ傷がある。

幼い体躯に不釣り合いな刀傷。





――逃げられぬように尾の先を切り落とされて。

見せしめのように海王の剣に腹部から背を貫かれた状態で――





「獄寺くん?」

「…っ、はい?」


無意識に傷をなぞっていたらしい。

誤魔化すようにシャワーヘッドを握る。


「髪もやって。」

「はいはい。目ぇ瞑っててくださいね。」

「ん。」


ぎゅっと目を閉じる10代目の柔らかい髪にシャワーをかける。

今は洗わせてくれるようになったが再会した当初は手負いの獣のように警戒心剥き出しだったんだよな…

背中に触れるのも嫌がって大変だったのが嘘のようだ。


「はい、終わりましたよ。」

「ぷは!」

「…また息止めてたんですか。」

「だって苦い。」

「口閉じてくださいって。」


やっぱお子ちゃまだ…

ぷるぷると犬のように水気を飛ばしている主を抱え上げ湯船に入れる。

縁に顎を乗せ気持ちよさそうに目を閉じる姿は温泉に入りに来た小猿を連想させる。


「ふあ〜…いい感じ…」

「じゅーだいめ。寝ないでくださいよ。」

「分かってるよ。これから白蘭に会うんだから今のうちにのんびりしとかないと。」

「まあ、そうですね。」



白蘭に会ってる間はピンと張り詰めた糸のように10代目は気を張っている。

有益な情報を提供してはいてもあいつは味方ではない。

油断すれば足元を掬われる。だからこそ弱みは見せられない。

弱みは…


「またあの面白い店に行くんですか?」


現在最大の弱みがひょこりと頭をのぞかせる。

……あいつ…家出人の自覚あるのか。


「…10代目。」

「なに。」

「あいつどうしますか。」

「………………………」


くいと親指で背後を示す。

そこにあるのはタオルを持って風呂場の前で待機してるであろう特徴的なシルエッ
ト。


「…留守番!」


だろうな…。


* * * *


コンコンと申し訳程度に叩かれる扉。

入ってから叩いても遅いと思うんだけどなぁ。


「邪魔するぜぇ。」

「いらっしゃ〜い、ガブリン。」

「…その呼び方は止めろぉ…」


頭を抑える銀髪ロングの男にカラカラと笑う。

いい反応するよねぇ〜。こういう苦労人て顔に書いてあるタイプは大好きだよ。

彼は店内に入ると顔をしかめて立ち止まった。


「…嫌な匂いがしやがる。」

「お〜よく分かるね。ファ○リーズしたの
に。」

「そんなんで悪魔の匂いが消えるかぁ!」


冗談なのにぃ〜。面白すぎるね!

でもあれから数日経ってるし、浄化の香も絶えず焚いてるのに…本当によく気付く
よ。


「まぁまぁ。お茶でも入れるから座って待っててよ。」

「…その茶器だけは使うなよ。」


ビシリと彼が指したのは金髪癖毛の悪魔くんが使ってた急須だった。

…そんなことまで分かっちゃうんだ。凄いねぇ。


「全くガブリンはしょうがないなぁ。じゃあ紅茶でいい?」

「構うな。だがガブリンはやめろぉ!気色が悪い!!」

「じゃ、スッくん。」

「うお、!」

「ん?」

「…………いい。……まだマシだ、それでいい……」


そんなげっそりした顔しないでよ、楽しいな。

ここまで人間臭いとあっちでも生きづらいんじゃ


ドカッ!


乱暴に扉が蹴り開けられる。扉の衝撃でずれた壁の絵を直す。

も〜、また…いつも言ってるのにぃ。壊れたら弁償してもらうよ?本気で。


「邪魔する。」

「どうも。」


来客が居ようが居まいがお構いなしの銀髪王子様はいつものようにズカズカと室内に入る。

……ごめんね、スッくん。

入ってからでもノックしてくれるのは充分紳士的だったよ…蹴り開けないだけ礼儀はなってる。


「…来客中だったんだ。」

「うん。」


獄寺に抱えられた綱吉クンがスッくんに気付いて意外そうな顔で呟いた。

ここはお店なんだからお客がいてもおかしくないでしょ。失礼な。


「ごめんね。彼もこっちのお客だから。」

「じゃあ店内見て待ってますね。」

「うん。」


綱吉クンはものわかりのいい子で助かるね。それに引き換え…

ギンギンの目でこちらを睨む獄寺。

仕方がないじゃないか!順番だよ!

去り際まで背中に突き刺さる視線を無視してスッくんに向き直る。


「ごめんね。彼ら常連さんだからさ。ま、座って座って。」

「……あのちっこいの、足が」

「ん?」


二人が去った方向を睨み据えたままスッくんが口を開く。


「足に悪魔の呪いがかかってやがる。」

「へぇ…」

「あいつら何者だぁ?あのガキ、ルシフェルと同じ顔してやがったな。悪魔では無さそうだが。」

「お客さんの個人情報は教えられないよ?依頼されたなら別だけど。」


それにあの若君、天使嫌いだし。

どうする?と目線で問えばスッくん――スクアーロは肩を竦めて首を振った。


「辞めておく。これ以上ぼられるのは勘弁だからなぁ。」

「失礼しちゃうな、打倒な値段じゃないか。」

「どの口がほざく。」


どかりと籐椅子に腰掛けたスクアーロの前に紅茶を置き、向かい側に腰掛ける。

四大天使が一人、ガブリエル。

ゆっくりとカップを取り上げるくつろいだ姿は絵になるねぇ…

黙ってじっとしてればホント、宗教画の天使様そのものなんだけど。

口開くとあの声だもんねぇ。世の天使のイメージが破壊されるよ…口悪いし。


「う〜ん…スッくんも獄寺クンも宝の持ち腐れだね。」

「ああ?」

「こっちの話。さて、今日はどんな厄介ごとを持ってきてくれたのかな?」


テーブルに肘をついて組んだ手の上に顎を乗せる。僕がやっても可愛くないのは重々承知だ。

でもワクワクしない?こないだは悪魔で今日は天使…

僕の予感では面倒な、でも楽しいことが起きる気がする。


「探し物をして欲しい。」

「いいけど、何を?」

「同族、とある天使の行方が知りてぇんだ。『卵』に入る予定の子ども天使なんだがなぁ。」


…どっかで聞いたようなセリフじゃない?

ほ〜ら。やっぱり面倒事だ。

綱吉クンたら厄介事にまた巻き込まれてるし。


「?なにを笑ってやがる」

「いいや?詳しく聞かせてよ。話の内容に
よっては…――」


* * * *


「はあ〜……」


暇です…退屈です…

獄寺の蔵書は数があるのでまだまだ読み切れる事はない。

でも読書に飽きた…

ベッドに仰向けに転がり読んでいた本を腹に乗せる。

僕だけ留守番なんてズルいです、綱吉くん…あの店は見るだけでも面白いのに…


プニッ


「?」


ゴロゴロとベッドの上で転がっていると頭に柔らかいものが。

枕…じゃないな。なんでしょう?

腕だけ伸ばしてそのぷにぷにしたものを持ち上げる。


「…君でしたか、プゥ。」

「ぷひっ。」


背中に大きなナップザックを背負ったミニブタが元気に前足を上げて返事をする。

バアル・ゼブルの分身獣。彼が来たということは…例のものが完成したのだろう。

ジタバタするのでプゥを床に降ろしてやるととてとてとと部屋中を歩き回りきょときょとし始める。


「ぷき?」

「綱吉くんですか?今は出掛けてますよ。」

「ぷひっ!」

「知ってますけど…君どうやって行くつもりですか。」

「ぷき…ぷぅ〜ひ。」

「…目立ちますって。犬や猫ならともかく。帰ってくるまで待てば…」

「ぷききっ!」

「…いや、お茶の後に来れば良かったのでは…預かりましょうか?」

「ぷ!」

「駄目ですか。そうですか。じゃあやっぱり待って…」

「ぷうぅぅ!!ぷぷひ〜!!ぷき、ぷききぃ〜!!!!ぷ〜ひぃぃぃ〜!!!!」


とうとう仰向けになってジタジタと全身で駄々をこね始めたミニブタ。

しばらく見ていたが一向に諦める気配が無い。全く…


「ぷきぃ〜っ!!!!ぷきゅ、ぷひっ!ぷひゅーっっ!!」

「ああもう、分かった!分かりました!連れてけばいいんでしょう!?」

「ぷ。」


あっさりと起き上がりこくりと頷くプゥ。

演技か。このブタ…肉まんにしちゃいますよ…

開いていた本を閉じプゥを抱える。

…姿を消して飛んでいった方が早いか。


「怒られたら君のせいですからね。」

「ぷき。」


テラスに出て翼を広げる。

昼の空を飛ぶのは初めてだ。少しわくわくする。


「いきますよ。」

「ぷひっ!」









続く…





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