第十三話 「話終わった?」 「うん。待たせてごめんね〜。」 ホワイトタイガーの毛皮の上にうつぶせに寝転がる綱吉クン。 我が家のようにくつろいじゃってるねぇ。 プラプラと行儀悪く足を振っているとこを見る限り、足が悪いわけではなさそうだ。 僕がしゃがみ込むと綱吉クンは体を起こして後ろを見やる。 今まで座ってるとこしか見てなかったから気付かなかったけど、足は普通に動かせるらしい。 スクアーロの言っていた事は真実ってわけだね。 「獄寺くーん、っていないし…また夢中になってるな…」 「アンティーク好きだからねぇ、彼。」 獄寺はうちの「表」のお得意様でもある。 今日も新しく仕入れたのかなりあるからねぇ。 まだ飾ってないのにあのアンティーク察知能力はすごい。 「彼が戻ってくるまでお茶の時間にしようか。」 「……そうしたいけど。」 「ああ、抱っこしてってあげるよ?」 「………」 ふつりと黙り込むのを了承と受け取る。 膝裏に腕を差し入れて抱き上げる。…やっぱ軽いなぁ。 もうちょっとふにふにしてても可愛いのに。 「…白蘭。気色悪いから撫で回さないでね。」 釘刺されちゃった。 いつものソファーに降ろしてあげると綱吉クンがは小さく息を吐き出した。僕に抱えられてる間ずっと緊張してたもんね。 そういうとこ見ると悪戯したくなるんだよな〜。 背もたれに体を預ける綱吉クンの足を片方持ち上げる。 「…なに?」 「綱吉クン、なんでいつも靴履いてないの?」 「必要ないから。」 彼は足首から甲を覆い隠す黒い筒状の布を履いている。靴下の足先が無いヤツ…って言えば分かるかな。 元が人魚だったせいか綱吉クンは足まわりに何かを纏うのを嫌う。 でもデザインは違えど足布は絶対につけている。何かあるんだろうな〜と前から思ってたんだけど。 「離して白蘭。気持ち悪い。」 「あはは、綱吉クンったら素直だなぁ。」 「撫でるな。」 足布の内側に指を潜らせると綱吉クンに手を叩かれた。 ケチ。いいじゃん、いつものサービスのお返しと思ってよ。 足を引っ込めようとするのを捕まえて高く持ち上げる。 「ぅわ!」 綱吉クンは背もたれからずり落ちながらもう片方の足で反撃を試みる。 でも無駄だよ〜♪ 蹴り上げられた足も捕まえて暴れられないように足と足の間に体を滑り込ませる。 「なっ…」 「綱吉クンたらエッチィ恰好だね。」 顔赤くしちゃって。可愛いなぁ。 そういうことしてあげてもいいんだけどまだ君は「お客様」だからね。お楽しみは後にとっておこう。 「だったら離せ!」 「や〜だよ。綱吉クンで遊べる折角のチャンスなのに。」 ふくらはぎに唇を押し当てる。嫌がる様も子猫みたいだ。 「綱吉クンはさ、悪魔に足呪われちゃってるんだってね。だから歩けないのかな?」 「…………さっきの人から聞いたの?」 「うん。」 「さすが…敵の匂いには敏感なんだね。」 ああ、なんだ。スッくん正体バレてたんだ。結構うまく人間に化けてたと思うんだけどなぁ… あれかな、やっぱ匂いかな。 「で。」 「ん?」 「何 し て る ん だ 。」 「脱がしてるの。刻印ないかな〜って。」 「探してどうするんだよ。」 「悪魔の刻印って実物見たこと無いんだ。だから見たいなぁ〜って。」 「…見たら満足すんの?」 「うん。」 綱吉クンは呆れた顔で「だったら離せ」と呟いた。 片足だけ解放してあげると足布を自分で引き抜く。白い足の甲に青と紫のクローバーのような印が刻まれている。 「……これでいい?」 「へぇ。思ってたのと違うな。綺麗なもんだね。」 「悪魔って美的センスが高いから。…んっ…もう離してってば!」 足先から太ももにかけて緩くなぞりあげると小さく声が漏れた。 ふ〜ん。足弱いんだ。覚えとこう。 これ以上やると獄寺がうるさいだろうな。もう止めようか。 足を離して立ち上がる。綱吉クンはさっと足を引っ込めるとソファーの上に体育座りになった。 じぃっと見ているとロングコートの裾で白い足を隠されてしまった。 「もう何もしないってば。」 「大人の言うことは信用できません。」 ありゃりゃ。嫌われちゃった。 肩をすくめてポットを手に取る。 僕の視線が逸れたのを確認して綱吉クンは足布をまた履き直す。 「全く…油断するとすぐセクハラするんだから。」 「やだな、コミュニケーションだよ。いずれ君は僕のものにするんだから。」 「はいはい。」 つれないなぁ。 ジャスミン茶を透明な茶器に注ぐ。綱吉クンの前にそれを置いて向かいに座る。 さて、ここからは商売の話といきますか。 「にしても綱吉クンが来てくれて良かったよ。こちらからどうやって連絡しようかと思ってたとこだから。」 「なんで?獄寺くんの携帯番号知ってるんじゃ…」 「それだと辿られちゃうかも知れなかったから。」 うちは「そういう」店だから千里眼とか内部を探る術は跳ね返すようになっている。セキュリティはばっちりってわけ。 でもそれはあくまで店の空間の中だけだ。電話や手紙なんかはそうはいかない。 「なんで?今までは普通に」 「う〜ん…そう、まあ今までだって同じく危険性はあったんだけど。 でもあちらさんに探る気が無かったから見つからないとは思ってたんだ。 って違うよ。あちらさんの目的は君じゃない。そこは安心していい。」 「…………俺『じゃない』?」 さすが。気付いたみたいだね。 「骸か。」 「そう。おかしいとは思ってたけど彼、家出人だったんだねぇ。しかも位も高い。 だから相当騒ぎになったんじゃないかな。なにせ天使より先に悪魔が骸くん探しに来たほどだから。」 「!そ、それって…」 「そういうことだよ。」 言っておくけど僕は商売人の誇りにかけて客のプライバシーは守る。 いくら面白いって言っても流石に天使殺害の片棒を担ぐのは…ね。 それに天使のお客だってうちにはいるし。いらぬ恨みは買いたくない。 だからあの天使の情報は誰にも渡していない。 直接には、だけど。 「待って。その、悪魔が来たのっていつ?」 「綱吉クン達が来た翌日だけど?」 「…………しまった。」 「うん。そうなんだよね。僕もしまったと思ったよ。」 僕ら人には分からないがさっきのスクアーロの反応を見れば分かる。 彼らは互いの匂いに敏感だ。香を焚いても1日ではあまり意味がない。 だから、骸くんの匂い全然取れてなかったんだよね、この店。 「情報は無い」と言った後も表情は全然変わらなかったけどあのルシフェル、確かに感づいていた。 彼が帰った後、スツールの上にあの血の染み付いた指輪が置き去りにされていた。 まるで「礼だ」とでも言わんばかりに―― 「最近嫌に店の周りが騒がしい気がするんだよ。多分、張られてる。 うちは店の出入りも目眩ましの陣で万全セキュリティだから後をつけられることは無いと思うけど…綱吉クン、万が一姿見られたら困るでしょ。」 「…骸置いて来たのは正解だったわけだ。どうせさっきの天使も同じ依頼だろ。」 「うん。だからしばらくは家から出さない方がいいかもね。」 「……ご忠告どうも。」 こめかみを抑えてそれだけ返す綱吉クン。げんなりした顔をしてる。 あの天使くんが来てから能面のようだった綱吉クンの表情がくるくると変わるようになった。 天使に居場所知らせるのは簡単だけどそうなるとこの若君の変化が見られなくなっちゃうんだよね。 それは面白くない。うん。 カップを口にあて綱吉クンに見えないように口角を釣り上げる。 もうしばらく楽しませてもらわないと…ね。 * * * * くう〜…!!毎度毎度どこで仕入れてやがんだ!! 「はぁ…」 俺と同じくらいの背丈の柱時計。 飴色の光沢といい文字盤の華美すぎない装飾といい …!!ツボ過ぎる…っ!! すげぇ欲しい!この時計、書斎に欲しい! 「………………はっ!」 うっとりと見とれていた時計の針が指す時刻。 しまった、俺どんだけトリップしてたんだ!? また10代目放置してアンティークに夢中になっ 「!!」 ザワリと俺だけに分かる変化。空気に乗って伝わるこの気配………………まさか!? 慌てて入り口に走り寄り鍵の閉まっていた店の扉を開く。 「「!!」」 「ごくで…」 「…っ入れっ!!いいから入れ!!」 店先に突っ立っていた阿呆を店内に蹴り入れ表を警戒しながら戸を閉める。 鍵をまたかけブラインドまで降ろしようやく息を吐き出す。 「乱暴ですねぇ。」 「ぷひっ。」 「『ぷひ』じゃねええぇぇぇ!!!!!!なんでお前がここにいる!?留守番だって言っただろうが!!」 「この子が綱吉くんとこ連れてけって聞かないんですよ。あんまり暴れるんで仕方なく。 あ、大丈夫ですよ?まさか姿晒して来た訳じゃないですから。家出人ですからね。 ちゃんと見えないように姿も消して飛んできましたから。」 骸も不本意だと言わんばかりに腕の中のブタを睨む。 …まあそこまで馬鹿じゃねぇよな。 「ぷひっ。ぷひゅ、ぷききっ!」 「…なんだ?」 「バアル=ゼブルが寝ずに完成させた自信作だから早く届けたかったんだと主張してます。」 「……まあいい。確かに今回依頼したのはこっちだからな。」 地面に降ろされたブタの背には大きなナップザック。 …あれにその「自信作」とやらが入っているのか… ブタはふんふんとあたりを嗅ぎまわりきょときょとし始める。 「なにしてんだ?」 「綱吉くんを探してるんだと…」 「10代目なら多分奥だ。」 「ぷきっ!」 一声鳴いてたったかと店奥に駆け込む白い弾丸。 …白蘭に捕まらないといいんだが。 「プゥ、そんなに慌てなくても綱吉くんはどこにも………!」 びくりと骸の肩が跳ねた。 ゼンマイ仕掛けの人形のように窓の方向に首を巡らせる。 「…どうした?」 「そこに、」 ぎこちない動きで骸が窓の外を指差す。 「そこに、いる…」 「?」 カタカタと指先がブレる。震えてんのか? 骸の尋常ではない様子に俺は窓に歩み寄り閉めたブラインドを指で押し広げる。 「!!!!」 窓の外――俺のいるすぐ目の前。 壁を透かすような鋭い視線とかち合う。 そこに、さっきまで店の奥に居たはずの銀髪の男が立っていた。 続く… |