第十四話 「ん?」 あれ、この気配… 口をつけようとしていたカップを戻し店の方を見やる。 「なに?」 「…噂をすれば。」 ソファーから立ち上がり店に続く扉を開く。 「ぷきーっ!!!!」 「んん!?」 顔面に飛び込んで来た白い弾丸に慌てて体を反らす。 弾丸の勢いで跳んで来たそれは僕の向かいに座る綱吉クンの膝に着地した。 あ、あれ?予想してたのと違う生き物が… 「プゥ!!」 「ぷひっ!」 挨拶のように片方の前足をあげるミニブタ。 …確かこれってあの金髪癖毛悪魔クンが連れて歩いてたはず… 何故ここに。というか知り合い?? まったくもって彼らの交友関係は分からない。 「なんでここに…」 「連れて行けってうるさかったんですよ。それで」 「骸っ!?」 僕の後ろから顔を出した天使に綱吉クンは更に驚いた声をあげる。 僕が察知していた気配の一つは彼のものだった。 「お前っ!!留守番って言っただろ!!」 「文句はその子に言ってください…」 「…骸?」 なんだか様子が変だね。心なしか顔色が悪い。 骸クンはふらふらとした足取りで綱吉クンの側まで歩いていくと、幼子が甘えるようにその腰にしがみついて顔を埋めた。 彼が変なのは…アレのせいかな? 店の先に二つある気配。一つは獄寺だがもう一つは… 「ぷひ?」 「どうしたんだ、骸?」 「………今、同族が…」 「会ったのか!?」 ふるふると首を振り更に強く綱吉クンにしがみつく少年天使。 「獄寺が、奥にいろと。ですが…」 「…獄寺くんだげじゃ対処できるとは思えないよね。」 「はい。」 まあ、そうだろうね。彼短気だし。 たかが20数年生きた程度の人間があの大天使をうまくあしらえるわけがない。 仕方ないなぁ… 「仕方ないか…白蘭、俺を獄寺くんとこまで」 「待った。」 小さな唇に人差し指を押し当て続きを遮る。 ん〜、柔らかいなぁ。重ねたらさぞや美味しそうだ。 「あの天使クンにはお帰りいただくよう僕からお願いしてきてあげる。安心していいよ。」 「…どういう風の吹き回し?」 やだなぁ…下心を疑ってるのかな? 眇で僕を見上げる綱吉クンに肩を竦めてみせる。 「店内でのゴタゴタは店主の僕がどうにかするのが普通でしょ。それにお代は先にいただいたし。」 「お代…?」 訝しげに眉根を寄せる綱吉クンの耳元に顔を寄せる。 ふ、と息を吹きかけるとびくりと体が揺れた。 うん、いい感度。 「白ら…っ」 「貴重な悪魔の刻印を見せてくれだじゃないか。綱吉クンのキレイなおみ足も…ね。」 「気持ち悪い言い方すんな。」 耳を食もうとしたら顔を押し返されちゃった。残念〜。 「…任せていいんですか。」 「うん、大丈夫だよ〜。」 店で何かあったら僕の信用もなくなっちゃうし。 ヒラヒラと手を振って、その部屋を後にする。 さて、どうやって収拾つけようか… * * * * 指揮をするように指を振る。 空中にいくつもの四角い光が浮かび上がる。そこに映る映像は僕が造ったしもべたちの見ている風景。 …久々だけど、ちゃんと作動しているね。 特に見たいものがあったわけでもないので背もたれに身を預け、ふよふよと漂う窓をぼんやりと見やる。 スルスルと寄り添うようにカウチに這い登る分身獣。心配げに首をもたげるので安心させるためにその頭を撫でてやる。 まだ少し動くだけでもだるくなる…早く馴染まないと不便だ。 そろそろ一人チェスも飽きてきたし…誰かに相手をさせようか。 「…ん?」 窓がぱらぱらとトランプのように重なり大きな窓に変わる。 金色の光が淡く灯り、収まるとそこには『高慢』の姿が映りこんでいた。 『どうだ、体調は?』 「…あなたの顔見たら、悪くなったよ。」 『やれやれ…嫌われたものだな…』 その顔でそうやって笑うのやめてくれる。 眉間に皺を寄せて睨んでも肩を竦めて余裕の顔を崩さない。 それまでゆらゆらとご機嫌だった「彼」もしゅうしゅうと威嚇するように窓に牙をむく。 用がないならとっとと消えろ。闘いたいっていうなら喜んで応じるけどね。 『お前、本当に俺のこと嫌いだよな…』 「自分の胸に手を当てて思い返してみなよ。」 昔からなにかとつけてあの子僕から取ろうとばかりしてたじゃないか。 兄貴面して懐かれてたのをいいことに保護権主張してたの、あなたが忘れてようと僕は忘れてないからね。 まあ、今は嫌われてるみたいだからいい気味だけど。 『そもそも思い返せる記憶がない。』 「ふん。」 『…まあいい。そんなことよりもお前の『目』は今すぐ使えるのか。』 「今まさに試してたところだよ。………珍しいじゃないか。」 彼が僕の力に頼ろうとするなんて。 普段はフードの赤ん坊の力を使のに…まさか報酬を払うのが嫌になった、なんてことはないだろうな。 少し興味をそそられて背もたれから身を起こす。 「いいの?僕に借りが出来ても。」 『………その、マーモンを探すにはお前の『目』しかないんでな。』 「また内職かい?なら金の音で呼び出せばいいじゃない。」 守銭奴のあの赤子と悪魔候補は『憤怒』に付き従ってこそこそとよく何かをやっているのは知っている。 僕の領域に手を出さない限りは関係ない話だから放置しているんだけどね。 彼らもそこらへんはよく分かっているみたいで密猟は天使の領域を主体に行っているようだ。 テーブルに散らばる白いチェスの駒を指で弾く。 ちらりと金の悪魔を見れば頬杖を突いて生温い顔で笑っている。 ………なに、その顔。 『とっくにやったさ。そしてあるおつかいを頼んだ。そしたらそのまま帰ってこない。サティ共々、な。』 「…………出したの、アレ。謹慎期間まだ終わって無いよね。うるさいんじゃないの、あっちが。」 『急がなくてはならない事情が出来た。なりふり構っていられないのだ。』 「ふぅん?どんな事情?」 『天界に、『歌う』天使が生まれていたらしい。ずっと隠されていたのだが。』 「ワオ。それはまた…やるね、あっちも。」 僕らもあの子を隠しているから人のこといえないんだけども。 人魚と似た声質を持つ者が、天使には稀に生まれる。 進化途中まで同じ環境にいた為なのか、詳細は不明だ。同じ祖を持つのに僕らにはそんな能力者は生まれない。 だが、ここ何百年は能力者は天界には生まれておらず、人魚も海の汚染と環境の変化によって絶滅してしまった。 ――――綱吉以外は。 「もしかしてそのおつかいって…」 『人魚の声の手掛かりを、な。連れてきて欲しかったのだが…』 「邪魔が入ったとか?信じられないな。」 赤子だけならともかく、あの『憤怒』を止められるものがそういるだろうか? 嫌になって逃げ出したんじゃないの。 そっちの方がしっくりくる気がする。 ……まあ、彼はいつも任務だけは必ず遂行するから違うと思うけど。 『真偽はともかくとしてだ。天界の連中が最近騒がしいのは事実。 ベルもその内職中に正体不明の二人組に邪魔をされたと愚痴っていたからな。同一犯かもしれない。』 『目』は貸すけど、天界か…興味ないや。 また背もたれに寄りかかり適当に掴んだチェスの駒を指で弄ぶ。 分身獣も興味なさげに僕の首に巻きついて眠たげだ。 役目は果たすよ。でも僕基本的に自分の領域以外興味ないんだよね。 四大天使が出て来るっていうなら話は別だけど。 「…その二人組と天界となにか関係があるの?」 『ベルの話では片方は風を操っていたようだ。』 「…へぇ。四大天使にもそんな能力者いたよね。」 『ああ。……どうだ?やる気になったか?』 「面白そうだから特別に乗ってあげるよ。」 手首を横に振ると、新しい窓が宙に浮かぶ。 さあて、どこから取りかかろうか。 『…邪魔なようだな、俺は退散しよう。何か分かったら連絡してくれ。』 「いいよ。分かった。」 『ああ、それと。』 「まだなにかあるのかい?」 『ベルがいうには二人組の片割れは子供でまだ小さいが翼が生えていたらしい。 その子供の放つ音のせいで意識がなくなった、とも言っていた。 どうだ、『歌う』天使の可能性は高いだろう?』 「…………ふうん。」 歌う天使…ね。 ちろちろと舌を伸ばす分身獣の鱗を撫でる。 『高慢』の話に嘘はない。彼が僕に嘘をつく理由などはない。 けれど、なぜだろうか。僕の勘が何か「違う」と告げている。 ざわざわとした胸騒ぎも感じている。 この違和感の正体は一体……? 続く… |