第十五話







奥に目をやる。………行ったようだな。

骸の姿が無いことを確認しドアノブに手をかけ息を吐き出す。


「……ったく。」


我ながらすっかり保護者だよな…幼児が二人も揃えば仕方がないことだが。

気を引き締めて「close」の札がかかったドアを開く。


「!」

「…なんだ、あんたか。」


勝手に開いたドアに驚いたらしい。

長髪男は一歩下がり眉間に皺を寄せこちらを凝視している。

俺はそしらぬ顔でさも今気付いたかのように男を見やり扉を閉める。

そうして内ポケットから煙草を取り出し火をつける。


「…用は済んだのか。」

「生憎と俺はここの裏の客じゃねぇからな。話中は入れてもらえねぇんだ。」


部外者を装いあくまで喫煙の為に出て来た、というフリをする。

煙草を差し出せば「いや、いい」と断られる。まあ、分かっていたが。

天使にはニコチンもアルコールも効かねぇだろうし。

ゆるゆると煙を吐き出し携帯灰皿に灰を落とす。


「まあ、そういう訳だからな。まだ用があるならこっちのが終わってからにしてくれ。
どれくらいかかるか分からねぇがな。」

「いや……」


天使は歯切れ悪くそう言うとチラリとブラインドの閉まった窓を一瞥する。


「お前、ずっと中にいたのかぁ?」

「ああ、あんた待ってる間もいたぜ?骨董は好きなんでな。」

「………………誰か、他に客はいたか?」


―――――そらきた。

灰を落とし、また煙草をくわえる。


「いいや。見てねぇな。」

「……………………」


さあ、どう来やがるか。

問題はヤツがいつからそこにいたかだ。

骸の姿を見られていたなら白を切り通せるとは思えねぇ。

いざとなったら二人が逃げられる程度の足止めはしないとな…。

天使はじぃと鋭い眼を俺に向けている。

それを気づかぬフリで煙草をふかす。


「……あのちっこいの。」

「あ?」

「テメェの連れだ。あいつの用ってのは足の事か?」

「!」


視線をくわえようとしていた二本目の煙草から天使に移す。

予想外の話題転換に少し驚いちまったじゃねえか。


「だとしたらなんだ。」

「いや…」


また歯切れ悪く呟き男はガシガシと髪を乱雑に掻く。

随分人間臭ぇ仕草するな、こいつ…

横目でヤツを観察しながら二本目に火を点ける。

10代目を見ただけで足の刻印に気付くとは流石天使だな…

まあ、どうにもならないってことはとっくに分かっているし、10代目の用事はそんな個人的なもんじゃねえ。

…そんなことまで分かったら、神様かエスパーか…なんてな。

空に向かって煙を吐き出す。


「もしもだ。」

「あ?」

「もしも、あのちびの足を治せると言ったら、どうする?」

「………………は?」


ぽろりと灰が落ちる。

何言い出した、こいつ。

俺はきっと今とてつもなく間抜けな顔をしているに違いない。


「てめぇの主の足についた悪魔の印、それを打ち消せる奴が一人だけいやがる。
そいつを探すのを手伝えと言ったらてめぇはどうする。」

「…………………はあ!?」


なんだか、思わぬ方向に話が…どーすりゃいいんだこれ…

呆気にとられる俺の頭上を、呑気に鳥達が羽ばたいていった。


* * * *


「ぷひひっ!」

「分かったってば。」


人の頭の上によじ登って…重いんだよ、お前!

急かされるままにプゥの背負ってきたナップザックを開く。

出てきたのは…


「…靴?」


黒いサラリとした材質の布靴。甲の部分が大きく開いていて、靴を留めるためのベルトと紐が付いている。

デザインはちょっと変わってるけど…裏返してみてもただの靴にしか見えない。


「ぷきき。」

「履いてみろと言ってますよ。」

「…………………」

「ぷひ?」

「綱吉くん?」

「…履き方が分かんない。」

「え。」


靴を見下ろしううむと唸る。

いっつも獄寺くんに着せて貰ってるから、紐とかボタンとかやり方分かんない…

ただじぃっと靴を手に乗せて見つめていると、骸が苦笑を浮かべてそれを取り上げた。


「仕方ないですね、履かせてあげますよ。足上げてください。」

「ん。ありがと。」


右の足首を捕まれて、足先を靴に差し込まれる。踵もすぽりと中に押し込まれ、ベルトを留める。

靴なんて履くの初めてだ。

サイズは…多分ぴったりなんだろうけど、ずっと裸足だったから窮屈に感じるなぁ。

もう片方も履かせてもらうとなんか足が軽くなった気が…


「ぷきっ!ぷき〜っ!」

「立てって?」

「そう言ってますね。」


ぼてりと頭から降りたプゥがぺしぺしと床を叩く。

まあ…立つくらいなら痛みも無いし。
言われるがままにソファーから立ち上がる。


「………ん?」

「どうかしました?」

「…………なんか、変。」


足の裏の感触が心許ない感じ。思わず脇に立つ骸にしがみつく。

なんか、ふわふわしてて安定してないような…


「綱吉くん。」

「なに。」

「君、こんな小さかったんですねぇ。」

「うるさい。」


しみじみしながら背を確認するな!

べしりとその手を叩き骸から体を放す。

…うん、ちょっとふわふわにも慣れてきた。

トコトコと寄ってきたミニブタは俺の周りをぐるぐると回り靴の調子を確かめているようだ。


「ぷひ。」

「左足を踏み込めと。」

「え、こう?っておわっ!!」


なに!!なに!?いきなり体が浮かんだんだけど!!すぃ〜って!

ちょっと爪先に力を入れただけだったのに!床から2mくらいの所でぴたりと止まっている。

なんだこれ!?


「プゥ!!どうやって戻るんだよ!」

「ぷきっ。」

「それで右足を踏み込むと前に進むそうです。」

「そんなこと聞いてないよ!!!!」

「ぷひぷぅ。」

「逆に踵で踏み込めばいいと言ってますよ。」


言われた通りに踵に力を入れる。すると、すとんと元の位置にまで戻る。

なんだこれ!?なんだこれ!!


「面白っ!」

「綱吉くん、もう一度浮かんでみてください。」

「?うん。」


左の爪先をほんの少し、踏み込む。ふわりと浮き上がるのに慣れれば翼で飛ぶより楽そう。

1mくらい浮き上がった所で骸に足首を掴まれた。なんか真剣に靴の裏見てるけど…


「すごいな…これ、多分風火輪ですよ。」

「ふーかりん??」

「風火輪は中国の古典に出てくる宝貝と呼ばれる道具の一つなんです。
綱吉くんからは見えないでしょうが、靴の下に小さな車輪が浮いてるんです。
左が風輪、右が火輪で浮いたり進んだりするのはこれが原動力なのでしょう。」


絨毯の上に戻り、しげしげと靴を眺める。

なんかよく分かんないけど、スパナってすごいんだなぁ…


「足元が不安定なのは常にその靴が浮かんだ状態だからでしょうね。」

「ぷきっぷききっ。」

「地面に足が触れなければ呪いも無反応な筈、だそうですよ。」

「へぇ…」


試しに一歩踏み出す。

…………なんともない。

部屋中を歩き回ってもなんの痛みも起こらない。


「ぷき。」

「まだプロトタイプで脆いのであまり無茶はするな、って言ってますよ。」

「うん。でも言うのは簡単だけどさ…こんなん作れるなんてすごいよ、スパナ。」

「ぷき〜…」


あ、なんか誇らしげに顎反らしてる奴がいる。鼻ひくひくしてるし。

可愛いなぁ、こいつ…

抱き上げてうりうりと撫でてやれば気持ちよさそうに目を閉じる。


「ぷきっ!!」

「うんうん、お前の相棒は凄いよ。ありがとうって伝えてね。」

「ぷ。」


なんかブンブン鼻上げ下げしてる…これ、頷いてるつもりなのかな…?


ボーン…ボーン…


「ぷきっ!!」

「ん?」


長針が頂点を指し、部屋に飾ってある時計が鳴りだす。

するとミニブタがじたじたと暴れだした。

………なんだぁ?


「ああ。もうこんな時間ですか。」

「ぷき!ぷききぃ〜!!」

「??なに?」

「お茶の時間に遅れたくないんだそうです。」

「……………」


お茶…飲むの?ブタって。

その疑問はともかく、あんまりジタバタ暴れるから床にプゥを降ろしてやる。


「あ、ちょっと待った。」

「ぷひゅ!」


一目散に走って行こうとするから咄嗟にちょろんとした尻尾を掴んだらべしゃりと躓くミニブタ。

ごめんごめん、わざとじゃないんだよ?わざとじゃ。


「ブキキキッ!!」

「ごめんて。ちょっと頼みたいことがあってさ。」

「ぷ?」


来い来いと首を傾げているミニブタを手招く。


「ぷき?」

「あのさ…」


* * * *


透明な球体に最後の特殊フィルムを貼り付ける。

うん、こんなもんだろう。

全てのフィルムから伸びるコードが小型の投影装置に繋がっているのを確認し、電源を入れる。

蜂の羽音のような音をたててフィルムから立体の映像が照射される。

球体の檻の中に浮かび上がる目を閉じた少年の姿。


「どうだ?」

「完璧ね…そうよ、こんなだったわ。見ていないのによくもここまで忠実に再現できるわね。」

「そう?10世に傷痕の位置見せてもらったし。剣は現物ここにあるし。
写真あればこれくらい大したことない。」


新しい飴をくわえて撤収作業に取りかかる。早くしないといないのバレる。

フィルムからコードを抜いていく。フィルム自体は透明だから見つかることはないだろう。

装置と括ったコードを作業鞄に詰め込み、立ち上がる。


「アスモデウス?」

「……」


『色欲』は宝珠に手を当て刃に体を貫かれた映像の10世を見つめていた。

前に、弟のようなものだと言っていた。

物悲しげな顔。偽物でも、あの痛々しげな姿は見たくなかったんだろう。


「アスモデウス。もう行かないと時間がない。」

「…ええ。」


宝珠から手を離し、青い壁に『色欲』が指で何かを書き付ける。

すると、熱したガラスのように壁が溶け、向こう側にうちの作業部屋が。

『嫉妬』だけが出入り出来るはずのここに『色欲』はこうやって忍び込んでいたらしい。

するりと抜けた『色欲』に続いてあまり大きくない穴に体をねじ込む。

…うち、そんな体格いい方じゃないけど一応成人男子だからもう少し穴を広くして欲しい。狭い。

『色欲』にも引っ張ってもらってなんとか穴から抜け出す。


「これで、少しは保つかしら?」

「分からないな。見ただけならバレない自信あるけど、本物の10世が見つかる可能性もあるし。」


『嫉妬』が目覚めた今、10世が見つかるのも時間の問題だ。

少しでも時間稼ぎになればと装置を作ったけど…どこまで通用するか…


「それにしてもスパナ、いいの?こんなことまでして。バレたらもう言い逃れは出来ないわよ?」

「うち、友達は大事にするのが心情。それに関わったからには生半可な仕事はしない。」


10世も気に入った。

『高慢』と違って素直だし可愛い。プゥも懐いてたし。


「アス…ビアンキこそいいのか。逃がしたのバレたらただじゃ済まないだろ。」

「平気よ。愛しいあの人を捕まえるまでは私死なないから。」

「…………そうか。」


愚問だったな。










続く…





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