第四話 「……………おい。」 「なによ。」 も〜、こいつ苦手なのよ!愛想無くて。 一緒に仕事とかしたくないのに!! でも命令とあっちゃ仕方ないわよねぇ。 「一大事だ。」 「だから何がよ。」 「逃げた。」 「はあ?」 女がついと指指す先。 泉に映し出されたのは蛻の殻になった『卵』 「えっ、ちょ…!どこ行ったのよあの子!!」 「…だから逃げたと言っている!巨体をくねらせるな、気色悪い!」 「んまぁ!」 失礼しちゃうわね!!ふん! 能面女にはこの私の溢れる魅力なんて理解出来ないのね。 「くだらない思考を止めろ。探しに行くぞ。」 「分かってるわよ!!」 先に行った女の背に向かって叫びながら泉を振り返る。 …や〜っぱり嫌になっちゃったのね。まあ解るわ。 出来るなら見逃してあげたいけどそうもいかないのよね… 今はあの子しかいないんだもの。 仕方なく私も出口に向かう。 ……それにしてもあの子。どこに行ったのかしら? * * * * ゴボッ… 今日だ。今日やっと目が覚める…! ずっと待ってたんだから。早く、早く! 水中では役に立たない翼がもどかしい。 尾鰭をできうる限り振りながら水中を進む。 海も新たな海の君の誕生を喜んでいるようだ。 澄んだ青に知らず笑みがこぼれる。 産まれた時からずっと一緒だったんだもの、こんなに離れるなんて初めてだ。 でもこれも…全ては約束のため。 あの約束の為ならいくらでも待つつもりだった。 成長した姿はどんなだろう。背は?瞳は?顔は? ああ、会うのが楽しみで仕方ない! 無我夢中で泳いでいると城が見えた。きっとあの中にいる! だって自分を待っているはずだもの。 会ったらまず「おめでとう」と言って、それから… それから。 * * * * 「!!」 飛び起きて辺りを見渡す。いつもの寝室だ。 俺、今寝てた…? 縋るように下半身に手を伸ばす。 手に触れたのは鱗ではなく人の足だ。その事にほっとする。 こっちが現実だ… 「獄寺、くん…?」 一人で居たくない。けどいつも側にいる彼がいない。 なんで?どこにいるの? 寝ていたらずっと近くにいてくれなきゃ。 でも何度も名を呼んでも獄寺くんは来ない。 「…………」 やだ。一人でいるの、やだ。 大きな寝台からもそもそと出る。 床を見て一瞬どうしようか悩んだけど……彼を見つけるまでだから、我慢する。 そろそろと足を柔らかなカーペットに下ろす。 もう片方も下ろしてゆっくりと立ち上がる。 ……………ここまでは、大丈夫。 一呼吸おいて歯を食いしばりそっと一歩を踏み出す。 「っっ…!!!!!」 途端に、足に突き刺さる鋭い激痛。 その場に崩れ落ちそうになるのをこらえもう一歩を踏み出す。 『無数の刃の上を歩くような痛み』、まさにその通りだよ…! 血が出ないのが不思議な程の痛みだ。 「よくっ…これで踊れたな…姉上…!」 本当に、その根性だけは尊敬するよ…! 長い時間をかけてなんとか壁まで行き着く。 そこで痛みをやり過ごしてまた一歩を踏み出す。 壁伝いに扉を目指す間にガクガクと膝が震える。 痛い…っ!今すぐ足を切り落としてしまいたい! 「っはぁ…っ!」 なんとか廊下に出る。そこで膝をつく。 たった数歩でこの様だよ… 荒く息をつく。彼がいるのは…リビングかな? 寝起きでぼやけていた頭が痛みでクリアになった。 そうだ、俺昨日変なの拾ってきたからそれの相手をしているのかもしれない。 痛みが和らぐのを待って、また立ち上がる。 痛いのは嫌だ…でも一人はもっと嫌だ。 ―シュリ…― 「!!」 全身の血が熱を無くしたかのような悪寒。 急いで背後を振り返る。けど、なにも無い… 「…………」 幻聴だ。分かってる。 あれがいるわけがない。だってここでは生きていられないから。 でも後ろが見えないのが怖くて仕方ない。 ―獄寺くんの、とこに。 早く…早く行こう。 * * * * 頭が痛ぇよ… 立ち上る紫煙をぼんやりと見つめまた目の前のソファーに視線を戻す。 頭痛の原因はそこで呑気にティーカップを手に座っている。 「…一角獣の保護者がお前なのは分かった。 んで侵入者捕獲の為の見回り中に10代目の歌聞きつけてふらふらと寄ってきた、と。」 「はい。」 ぐったりとソファーにもたれ掛かって額を抑える。 天使…人魚の次は天使か。 どんどん人外魔境の地と化していくな、俺の家… 聞いた話をまとめると骸と名乗るこの天使、家出中らしい。 なんて俗っぽいんだ…茶を啜る天使を見てしみじみとそう思う。 少年、というより青年に差し掛かった10代後半の姿をしているが仕草がヤケに幼い。 そしてやはり宗教画にあるように整った顔立ちをしている。 瞳の色は光の具合によって赤とも青ともとれる紫。 充分賞賛に値する容姿だろう。 だがさっきから俺が気になって仕方がないのは頭の後ろの方で逆立つ髪だ。 あれはセットしてあるのか癖毛なのか…? 「気になるな…」 「はい?」 「いや何でもねぇ。別に害は無さそうだしな…主の命令だ。 好きなだけここにいればいい。但し、俺たちの邪魔はするなよ。」 「ありがとうございます。」 …笑うと完璧にガキだな。屈託がない。 時計を見れば日付はとうに変わっている。 白蘭は…昼にでも連絡しとけばいいか。 最後の煙を吐き出し煙草を灰皿に押し付ける。 立ち上がろうとして俺を凝視する天使に気づく。 「なんだ?」 「あなた、『王子』なんですか?」 「…一応そうなるか。よく分かるな。」 「オーラで見分けられます。あの子があなたの主ですか?」 「そうだ。」 「……………………………僕、あの子を同性だと思っていたのですが、間違えていたようですね。 次に会ったときに謝罪しなくては。初対面の女性に抱きついてしまいました…」 「いやいやいやいや!待て待て。」 んな謝罪、された方が傷付くわ。どっからどうみても10代目は男だろ。 『王子』といるから『姫』だって判断したんだろうが違う。 俺らの関係はんな単純明解じゃねぇ。 大体俺は『王子』ったって末裔なだけだぞ… 「あのな。10代目は『姫』じゃない。あの方は『姫』の弟だ。 俺はその『姫』に祖先を救われた恩がある。だから従っているんだ。」 「そうなのですか。安心しました。因みにそのお姫様の名前を聞いても?」 「名は残されていない。恐らくは名乗れなかったんだろう。 俺ら人間の間でその姫は『人魚姫』と呼ばれている。」 カタンッ…! 「「!」」 物音にそちらを向くと真っ青な顔の10代目が立っていた。 俺と目が合うとホッとしたように息を吐き出しその場に崩れ落ちる。 「10代目!」 慌てて駆け寄り小さな体を抱え上げる。 膝がビクビクと痙攣を繰り返している。 寝室からここまで来たのか!?なんて無茶を… 足の具合を見るためにソファーに下ろそうとすると10代目は俺の首に腕を回して必死にしがみついてきた。 「10代目。」 「なんでいないんだよ…」 「すいません、すぐにお側に向かうつもりだったのですが…」 10代目は目覚めた時に一人きりでいることを嫌がる。 いつも気をつけてたんだがな… 骸との話の途中で寝てしまった10代目を寝室に運んだのは俺だ。 最近よく眠れていなかったからと考えてのことだったんだが。 よく寝ていたらからと一人にしたのが失敗だったか… あやすように背を撫でればしがみつく腕の力が増した。 「10代目。足を看るだけですから。痛いのは嫌でしょう? いい子ですから手ぇ離してください。」 「………」 腕が緩まったのを確認してソファーに主を降ろす。 足に触れると始終震えているのが伝わってきた。 「大丈夫ですか?」 膝を突いて心配気に10代目を見上げる骸。 10代目の足に触れて顔を歪める。 「熱い…冷やした方が良さそうですね。氷はありますか?」 「ああ。取ってくる。」 * * * * 獄寺が部屋を出て行き二人きりになる。 …とりあえず、冷やすならこれ外した方がいいでしょうね。 「綱吉くん、ちょっと失礼。」 「ん。」 許可を得て、彼の膝下から足の甲までを覆い隠している白い足布を取り去る。 「!」 …何故ここに。 足の甲の中心に蒼と藤色の鮮やかな鱗の模様が3枚、花びらのように並んで浮かび上がっているのが目に入った。 うっすらと凶々しい気配も感じる。 「悪魔の印ですね。見たところ『嫉妬』…リヴァイアサンの刻印のようですが。」 「流石、よく知ってるね。」 ぎゅっと膝を抱え込んで弱々しく笑う綱吉くん。 鱗の刻印は美しいが彼のような白い生き物には不釣り合いに見える。 「君、人魚だったんですね。」 「聞いたの?」 「はい。…人魚の保護者は『嫉妬』と聞いています。それなのに何故、貴方に呪いなど…」 「骸と一緒。海から逃げ出したから怒った海王に呪われちゃったんだ。」 リヴァイアサンは七つの大罪に比肩する大悪魔のうちの一人だ。罪の名は『嫉妬』。 彼はまた海の支配者でもあり海王とも呼ばれる。 だから海に住む幻想生物たちは彼の保護下とされる。 しかし、保護区域の出入りは自由なはずなのに…何故この子は呪いを受けてしまったのだろう。 それに、何故逃げ出したのか。何故尾鰭ではなく足を持っているのか… 「綱吉くんは、何故足があるんですか?」 「もらったから。海の魔女に頼むと対価に大切なもの取られちゃうから仲良しに頼んだんだ。 それでも呪いはついてきちゃったけどね…骸は『人魚姫』読んだことある?」 「はい。人間の本はたくさん読みました。」 「あの姫も海から勝手に出たから呪いがかかってたんだ。 陸を歩くとまるで刃物の上を歩いているかのような激痛が走るっていうね。 痛くて動けないなら尾鰭のままでも良かったかなって最近思うよ。」 足を見下ろして呟く綱吉くん。 そんな痛み、僕は体験したことがないから分からないけれど… しかしそこまでして足を手に入れて陸に来るなんて。 人魚姫は恋のためだったと聞く。ならば彼は? そう尋ねると彼は小さく笑って「声を」と答えた。 「声を、探してる。」 「声?」 「そう。足の対価に姉姫が魔女に差し出してしまった『声』を。 海の至宝であり厄災である人魚の声を探してる。 見つけ出して、破壊するために、ね。」 続く… |