第五話 「いらっしゃ〜い…っと。」 白蘭の目が俺達の後ろを見ている。 やっぱ連れて来なきゃ良かった… 骸はきょろきょろと物珍しげに店内を見回している。 「…新顔だね。」 「ダメ。質問は受け付けません。彼は客じゃないから。ただついて来ただけだから。」 「ちぇっ。綱吉クンのケチ〜。」 なんとでも。 未成年の天使がここにいるなんて知れたら大事だし。 商売人になんて絶対に話せないっての。 獄寺くんはいつもと同じソファーに俺を降ろすと骸の首根っこをつかんで隣のソファーに座らせる。 「…じっとしてろ。」 「ああ、すみません。つい。」 骸は見るもの全てが珍しいらしくて小さい子のようにすぐにフラフラとどこかに行ってしまう。 なんでも小さな部屋の中で育ったらしくて本やヴイジョンでしか外を見たことが無いんだって。 「どう?今回の情報は役に立った?」 「それなりに。噂のベルフェゴールに会えたから。 でも彼らが関わっていたのか分からなかったし…」 「ふーん?」 「…白蘭。」 「あ、ごめんごめん。」 白蘭はこういう商売してるから鼻が利く。 骸が「訳あり」なのは当然分かっているんだろう。 気になって仕方が無いみたいでずっと視線を送っている。 「…獄寺くん。」 「はい。骸、ちょっと来い。」 「なんですか?」 獄寺くんが骸を連れ出す。しばらく店内見て大人しくしててよね… 骸が居なくなると白蘭は残念そうに肩を竦める。 「余所見しないでよね。」 「やだな〜、綱吉クンってば焼き餅?」 「浮気は許せないから。」 「そんな、僕は君一筋だよ。」 「嘘でしょ?俺は何番目なのかな。」 「疑り深いとこもたまらないね。でも君が一番なのは本当さ。」 「一番、てことは他にもやっぱいるんじゃないか。」 「あっは。やられたな〜。でも浮気じゃないよ?ただ天使が珍しかっただけだから。」 やはり、見抜いていたか。 「俺より?」 「まさか!君ほど極上の想い人はいないよ。」 俺は無表情を崩さず言葉のやり取りを続ける。 白蘭は一層笑みを深めてテーブルに肘をついた。 「…否定しないんだ?」 「天使か悪魔か人間かなんて勝手に決まった事だよ。 俺から見ればみんなおんなじ。重要なのは大人か違うかってことだけ。」 「そう。」 ゆっくりと伸びる腕に逃げそうになる体を叱咤する。 この人間に弱みを見せてはいけない。 白蘭の長い指が俺の顎をやんわりと掴み上向かせる。 「彼は大人じゃない。獄寺クンも中身は大人じゃないのかな? 君は大人は側に置きたくないんだね。なんでかな?」 「嫌いだから。蛇と同じくらい嫌い。」 「ふ〜ん?まるでピーターパンのようだね。じゃあ大人になったら殺されちゃうのかな?」 逆、だよ。 声にはしない。彼も大人だ。同じものだから。 手を払うと彼はおどけた表情を浮かべて椅子に座り直した。 「…情報は相変わらず?」 「うん。できる限りやってはいるんだけどね。 困るのは形状も分からない事かなぁ… 『賢者の石』みたいにせめて仮説だけでもあれば探しようがあるんだけど。」 「そう…」 白蘭の元に通っている理由は二つ。 一つは七大悪魔の動きを知りたいからでもうひとつは『声』の手掛かりが目的だ。 でも姉姫は童話にされてしまうほど昔に存在した人だ。名前も知らない。 そして人魚は不老長寿であって不死な訳じゃない。 当時の魔女もとっくに死んでしまっている。 だから誰も『声』がどんな形状なのかを知らない。 固体なのか気体なのか液体なのかさえ不明だ。 分かっているのは魔女が人の手に『声』を売ってしまったことと、『声』を狙うものがいることだけだ。 そして、だれの手にも渡してはならないということ。 「なら仕方ない。」 「でも、こっちには動きありだよ。」 白蘭が取り出した白い封筒。今回はかなり薄いな… 「ただの目撃情報だからね。だけど大物だから一応教えておいてあげる。」 「大物?」 「朱のライオン。」 「!」 朱い獅子は『高慢』、堕天使ルシファーのシンボル…! 「海上を走るライオンの姿が目撃されていてね。 しかも少し前から頻繁に。中には金髪の青年を見た、という話もある。」 「海…?」 …これは、ヤバい情報だ。 氷柱を押し付けられたかのように背筋が冷たく感じる。 拳を握りしめ俺は手の中の書類をじっと見つめた。 * * * * 「…また随分と育ったな。」 「これが最後の『成長』となられますので。」 「そうか…」 残念だ。これで身長を抜かされてしまった。 だがようやく全員が揃う。一人はまだ人間だが数十年待てばすぐに寿命も尽きるだろう。 「これが目覚めたらすぐに知らせろ。あれに会いたいからな。」 「はっ。」 腕を振るえばすぐに姿を現す愛猫。豊かな毛を撫でその背に跨る。 天使側と我々とどちらが先に布陣を揃えられるかが問題だ。 この時期にリヴァイアサンの『成長』が完了するのは良いことだった。 あとは…探し物がどうなるか、だ。 我々の元にはあの子がいる。あちらより部はいい。 しかし天使より先に『声』を手に入れたい。 「サタンに頑張って貰わなくては…」 久しぶりに煽りに行くとするか。 愛猫の背を軽く叩き行き先を変更する。 俺の顔を見たときの奴の反応が楽しみだ。 * * * * 白蘭の店を出てから始終無言だった10代目。一体何があったのか。 薄い封筒を胸に抱いて少し青ざめた顔で俯く姿に嫌な予感を感じる。 「10代目…それ、何が書いてあるんですか?」 「……義兄さんの目撃情報。」 「!」 「兄…がいるのですか?綱吉くんには。」 「義兄弟だよ。一応、ね。」 義兄弟の契りは人の間でも執り行われる。 だが仮想生物のそれはもっと重要な意味を持つらしい。 彼らは祖が同じものや近しいもの同士で種族を越えて義兄弟の契りを交わす。 そしてそれは決して切れない絆となる。 相手が死のうと敵対しようと絶対に変わらないのだという。 10代目が唯一義兄と呼ぶ人物に俺は昔会ったことがあった。 人の想像する天使をそのまま形にしたような存在だったのを覚えている。 彼の人は『成長』し、今はルシファーの名を持ち悪魔の頂点に君臨していると聞く。 「目撃…どこでです?」 「……海。義兄さんにバレたのかも」 「いいえ。違うわ。」 「「「!」」」 一体何時の間に現れたのか。 応接間の革張りのソファーの背に凭れる女が一人。 おかしな事に肩に薔薇色の蠍を乗せている。 くすんだローズピンクの長髪を背に流しそいつはこちらを見据える。 「あなたの不在はまだ私以外は知らないわ。」 「なんで…」 10代目が女に向かい手を伸ばす。 …誰だ?こいつ…。 女はその手を握り微笑む。 知り合いのようだが…10代目の関係者、やはり人であるわけはない。何者だろうか? 「ビアンキ…!」 「やっと見つけたわ。探し回っちゃったじゃないの。」 「なんで、ここが?」 「忘れたの?あなたの足は私が創ったのよ。辿るのも簡単よ。」 「ひあんひ、いひゃい…」 「よく伸びるわね。」 10代目の頬を摘みぐいぐいと引っ張る女。 敵ではなさそうだが… 「痛いっての!そうじゃなくてなにしに来たんだよ!」 「ご挨拶ね。知らせを持ってきてあげたのに。」 「知らせ?」 「ええ。」 女が10代目の耳に顔を寄せ何事かを囁く。 …何を話しているのか非常に気になる。 けれども主の許可なく「人間でないもの」に接触するのは危険だ。 俺は苛立たしさを抑え煙草をくわえる。 「綱吉くんは悪魔と仲がいいですねぇ。」 「…確かにな。」 主から天使は嫌いと聞いているが悪魔とは 何かと縁があるらしい。 警戒してはいるもののその口から悪魔を嫌う言葉は聞こえない。 そういうと骸は「いえ」と女を見やる。 「アスモデウスと親しいようなので。」 「………あ?」 「?違いました?ルッスーリアから聞いていた容姿そのままだったので…」 アスモデウス。七大悪魔の一人、『色欲』の大罪に比肩する存在。 改めてその派手な髪の女を見る。 神話レベルの悪魔が家に…実感がわかない。 それにアスモデウスは男だとばかり… だが言われてみれば納得できる。 纏う雰囲気も軽くはないし、肩にシンボルの蠍を乗せているしな。 ……これだけで納得出来てしまうんだよな…人として感覚麻痺してないか、俺。 ボトリと落ちた灰を目で追いながらぼんやりとそんなことを考えてしまう。 「骸、ちょっと。」 話が終わったのだろう。 10代目は少し怒ったような顔で骸を手招きする。 「なんですか?」 「いいから来いっての!」 動けない10代目が苛立たしげに声をあげる。 だが何か嫌な予感でもしているのか骸はそこを動こうとしない。 俺は強引に骸の背を押して主の元まで連れて行く。 「どう、ビアンキ。」 「やっぱりそうね。ルッスーリアの言っていた通りの外見だもの。」 「まったく…骸!!」 びしりと指を突きつけられて骸は怯んだように後ずさる。 「なんですか!」 「お前、『成長』させられたくないから家出したっていっただろ!」 「そーですけど…?」 「なんでもっと重要なこと言わないんだよ!」 「……………」 気まずそうに視線を逸らす。 10代目の方が年下のような外見なのでなんだか面白い構図だよな、ってそうじゃねぇ… 「重要なこと?」 「私はね、天界に仲良しがいるのよ。 彼女が言うにはつい先日『成長』予定だった子がどこかに逃げ出したらしいの。 彼は大天使の空席を埋める存在だから天界中で探し回っているそうよ。」 「もうバレたんですか…思ったより早かったな。」 「ってそうじゃないだろ!!」 悔しそうに顔をしかめる骸の頭に10代目が手刀を落とす。 「だって…言ったら連れてきてくれなかったでしょう?」 「あのなぁ!俺は大人嫌いなの! 『成長』したくないって言うならお前がどんな大物でも匿ってやったよ!!」 「……っっ!!綱吉くん!!!!」 「どわっ!?」 図体だけでかい天使に飛びつかれたらなぁ… 案の定、10代目は押しつぶされてバタバタと暴れている。 「重いっっ!!」 「もうっ大好きですよ!!」 「分かったから退けろ!!」 「「……」」 和やかなじゃれ合いを俺と悪魔の女は距離を取って見守る。 二本目の煙草に火をつけ煙を吐き出した。 続く… |