第八話






バシッ!ズグッ!!


地を抉るが鈍い音。ザワザワと振動で葉が揺れた。

ジグザグと森の上を飛びながら骸は赤い塊の雨を器用に避ける。

だから俺たちには何も攻撃は当たっていないんだけど…

元々水に住む俺には熱だけでもダメージになる。

くそ、ザンザス…!!分かってやってるな…


「あのピストルの悪魔、もしやサタンですか!?彼は謹慎の身だと聞いていますが!」

「その筈なんだけど…」


癇癪を起こし幻想区域を担当天使ごと消滅させた罪でザンザスは500年の謹慎を言い渡されてた筈。

あれからまだ50年も経ってないのになんで…?


「謹慎破った訳じゃ無さそうだし…あんな堂々としてるからには上の許可は貰ってるようだし…」

「何故攻撃されてるんでしょうか、僕ら!」

「あいつ天使が嫌いなんだ。悪魔だからじゃなくてもう個人的にすんごい嫌悪してるんだ。」


羽根があるってだけで俺のことも憎々しげにしてるからな…


バシュっ!!ボシャン!


「!!骸、海から離れて!」


海面をザンザスの銃弾が叩く。

ザンザスの業火弾が降り注いでも海を囲む森に触れると火は消えてしまう。

化けくじらの夢が守ってるからだ。

でも海はそうはいかない。あの中に世界の要である化けくじら自身がいる。

本体は夢では守れない。あいつを遠ざけないと…!!

骸も分かっていたのかすぐに方向を変え真っ直ぐに森の中に飛び込む。

そのまま木に姿を隠しながら羽音を立てないように飛び続ける。


「彼らは、何をしにここに…」

「唯一無二の幻想生物を生け捕りしようって魂胆だろ。

くそう、マーモンならいいけどザンザスに見つかるとは…」


もうこれで俺が逃げ出したのはあちら側にバレる。

それどころか…

骸を見上げる。

行方知れずの四大天使候補。

姿だけは少年と青年の狭間だからこの月明かりでは分からないかも知れないけれど…


「くっ…!!」


ガクンと骸の体が揺らぐ。羽根にマーモンの蔓が絡みついていた。

逃れるために骸が一度翼を消す。そこに業火弾が降り注いだ。


「っ…!!」

「骸!」


態勢を崩し頭から落下する骸。

腕はしっかりと俺の体に巻きついているけれど…瞳が閉じている。

意識、無い…?まさか、今のが当たって…!?


「っ…!!」


俺の羽根じゃ間に合わない!!

地面、ぶつかる…!!

衝撃を覚悟して目をぎゅっと瞑る。











リィ…イイ…ン





ボスッ!



「え…」


木々が頭を擡げるように堅いはずの幹を曲げている。

俺達は生い茂る葉のクッションに受け止められ静かに地に下ろされる。

そうして木々は何事も無かったかのようにまた空を向く。


な、なに…?


ビィ…イイィ…ン


ブゥゥ……ン


なに、これ…『歌』…?

起き上がって周囲を見回す。

風もないのに、揺らぐ木々。共鳴しているの?

体の奥深くにまで届く心地いい音色。

誰の?俺は歌ってないのに…

俺よりも低く深みのある…静かに響く『歌』。

はっとして俺は腕の中で目を閉じたままの天使を見下ろす。


骸だ…骸が歌ってるんだ…!


聞いたことがある…未成年の天使には極稀に奇跡を起こす歌声をもつ者がいるって…

そういえば骸は初めて会ったときに『僕と同じ』って言ってた。こういうことだったのか…


「…………」


同じ。

僅かな遠い繋がり。

それがこんなに嬉しい。


骸の『歌』に共鳴した森が俺たちの姿を覆い隠すように蔓を、枝を伸ばす。

植物にこんなに影響するなんて…骸の属性が関係しているのかな?

骸は一向に目覚める気配を見せない。


「!」


頭上…来た!!


* * * *


「ちょこまかと…」


天使と綱吉の姿が消えた。

手当たり次第に銃弾を撃ち込んだがなんの反応もねぇ。

どこに行きやがった…


「ボス、かかった。」

「ほう。」

「逃げようとして落ちたようだね。」


隣に浮かぶ赤子がくるくると指を回し楽しげに笑う。


「…どこだ。」

「葉の色の違う…あの木の下だよ。」

「ふん。」


翼を羽ばたかせその木の真上に移動する。

気配は…ある。間違いねぇ。


「………」


小賢しいガキどもにはこれでいい。

両の手に握る拳銃の照準を合わせる。出力は最大。

天使は知らねぇがあいつは死にはしねぇ筈だ。

リヴァイアサンの呪いがついてやがるからな。

生きてりゃ文句はねぇだろ。


ザッ…!!


「!」


引き金にかけた指を引く、その瞬間に木々を突き抜け白い固まりが飛び込んできた。

貧弱な薄汚れた翼――綱吉か。

突差に胸の前に翳した拳銃に硬質の物体が当たり、跳ね返る。

短剣なんて持ってやがるとは。

勢いだけは買ってやるが突き込みが軽い。
拳銃で奴の右手を強かに打つ。

取り落とした短剣に気を取られたその隙に背後から胴体を捕らえる。


「っぁ…!!」

「手間かけさせんじゃねぇ。」

「触るな!!離せっ、離せ!」

「うるせぇ…折るぞ。」


バサバサと抵抗する翼の根元を掴む。途端にビクリと細い肩が揺れた。

はん、覚えてるようだな。


「どうやってあれから逃げ出しやがった?あの天使が関係してるのか?」

「……………」

「ふん、俺とは話したくもないようだな、『若君』様は。」

「それはお前の方だろ。…なんでここにいる。謹慎中だろ。」

「貴様の義兄君の命令だ。」

「?」

「ボス、月が上がる。」


時間か。

綱吉を肩に担ぎ上げ空を見上げる。

とっとと化け物を『保護』して終わらせるとしよう。

こいつを見て『高慢』のあの取り澄ました顔がどう変わるか見物だな。


だがその前に――


落ちた天使が居るであろう木に照準を合わせる。


「!やめろっ!!」

「ああ?なぜ止める?」


俺の腕にしがみつく綱吉の髪を掴み上向かせる。


「うあっ…!!」

「あれがお前の新しい保護者なのか?ペットが飼い主を変えるなんざ前代未聞だなァ?

媚びて飼われるしか脳のねぇ『若君』様。」

「ちが…うっ…!」

「どっちにしろてめぇの大好きな保護者様がもう直ぐ目を覚ます。

そうすりゃあんな天使、細切れにされる。

そのまえに俺が楽にしてやろう。」

「余計な世話だ!」


ぎっと睨む眼光は虚勢ではない。

少し見ない間にえらく威勢が良くなったものだな。


――面白ぇ。

ただガタガタ震えるだけのお飾りの王。

それがこいつの印象だったが…

魚の下半身を捨てた姿は俺の嫌いな生物を彷彿とさせたが不快さは既に無くなっていた。


「…〜っ!!痛い、離せっての!」

「!」


手首に走る熱。

それが痛みだと認知したと同時に僅かに手の力が緩む。

綱吉はその間に拘束から逃れ距離を取る。

…まだ何か隠し持ってやがったのか。


「保護者保護者って……そんなの勝手に神様とやらが決めたことだろ。

俺にはそんなものいないし、必要ない。

二度と海へもお前達の元へも戻る気もない!」

「そうはいくか。お前にいなくなられたら意味がねぇからな。」

「?」


逆手に握った月型のナイフを構え訝しげに眉をひそめる天使もどき。

どうやら何も知らされてないようだな…

ということは俺たちの目的も知らないというわけか。


「…尚更逃がすわけにはいかねぇな。」

「………………」


風が吹き、か細い人魚の髪を弄る。

前髪の隙間の瑪瑙の眼が不穏な光を帯びたように見えた。


――なんだ?


「……それは、こっちのセリフだよザンザス。」

「!!」


ザアッ…!!


突風。

腕を掲げ砂混じりのそれから顔面を庇う。


「――お待たせしました、10代目。」

「!」


男の声?

腕を下ろし視線を戻す。

綱吉の両脇に天使と…見慣れぬ人間の男が立っていた。


* * * *


話には聞いてたが…


「サタン…見れば見るほど凶悪な面ですね…」


アスモデウスが「凶悪、これに尽きるわ」と言っていたのがよく分かる。

悪魔を人型で想像するなら間違いなくこんなだろう。


「思ったより早かったね。」

「10代目の仰るとおりでしたから。」


悪戯が成功した子どものように主が笑う。


今から数分前――。

蠢く触手を切り刻みようやく五感が開けた俺の頭に10代目とは違う『歌』が入り込んできた。

森中に響き渡るそれの元に向かえば意識の無いまま歌い続ける骸と10代目の姿があった。

ぽかんとする俺を余所に10代目は上空に七大悪魔が二人いることを告げ、骸を見ているように命じると翼を出した。


「!どうする気ですか!?」

「本当なら今すぐ逃げた方が賢明なんだけど…あっちも俺たちを呼んでるから、無視出来ない。」

「?」

「気付かない?骸の『歌』に混じって違う音が入り込んでる…」

「!」


ここは夢だ。

侵入してきた俺たち以外の生き物なんざあれしか…

10代目は頷くと小さな翼を羽ばたかせ浮き上がった。


「ザンザス達を足止めしとく。…あんまり長くは出来ないけど。」

「こいつが目覚めたら即座に向かいます。」

「お願い。多分月が上がったら―――。」









10代目がまだ少しぼやけた目をしている骸を見上げる。


「で?どうだった。」

「…了解してくれました。君にも会いたがっていた。」

「そう。良かった。」

「おい。」


銃口をこちらに向け鋭い眼光を放つ『憤怒』。


「……何を企んでやがる、カス。」

「ふふっ。」


愉快そうに笑う主。

その表情は悪びれもせずまるで遊びの延長のようだ。


「ザンザス、夢の中で一番強い味方ってなんだと思う?」

「ああ?」


ザパン…っ


不意に聞こえた水音。

海はここから離れているのに…

誰よりも早く気がついたのはマーモンだった。


「ム!」


ドシュッ


何もない空間から水柱が幾筋も吹き上がる。

柱が混じり合い大きなうねりとなり、俺たちを取り囲むように降り注ぐ。


「夢中で最強の味方。それは」

『夢を見る者、界の主。』


柱が、消える。

背後のプレッシャーに慌てて振り返る。


「!!」


月光を浴び濃紺の体躯をくねらせる巨大な魔物。

不気味な姿なのにその佇まいは稟として神々しくさえある。

それは俺たちを見下ろし緑の瞳を細めた。


『――わたくしの界を荒らすのは何者か?』








続く…





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