第三話 「っぁ…はぁ…」 広い!この建物より広くないか、この隠し部屋…っていうか隠し基地!! 図書館みたいな本棚の通路を抜けて開けた部屋に出る。 「っはぁ………っ!!!!」 な…んだこれ!? ボールを半分に切ったみたいな天井。その中心を貫きそうな高さの柱。 目を凝らすと石像が上に乗っかってる。 …噴水??でも水ないし…ホントなんなんだ、これ。 ってそうだった。そんなことより侵入者! 足跡は乾いてしまって途中で見えなくなってしまっていた。 それでも大体の方角に見当をつけてここまで来たんだけど……外れた、かな? 「っ!」 引き返そうとすると胸の中心に痛みににた熱さ。もしやと首からかけた鎖を引き出すとやっぱり、原因はあの指輪だった。 火傷しそうなほど熱くなっているそれを首から外す。鎖を手に持ちぶら下げてみる。 また、紋章が光ってる…今度は何に反応してるんだろ。 指輪の鎖を目の高さまで上げる。するとゆるゆると鎖が揺れだした。部屋の中心に向けると揺れが大きくなる。 あの柱に反応してる…? 「…………」 指輪の反応は気になる。気になるけど今はそれよりも諜報員を見つけなきゃ… 頭ではそう思っているのに踏み出した一歩は部屋の中に向かっていた。 抗う気も起こらない。突き出した腕から下がる指輪に引き寄せられるがままに足を進める。 「っ!」 まだ床の濡れる噴水内に足を踏み入れるとぱぁんと音をたてて鎖が弾け飛んだ。 床に転がった指輪の光が一層強くなる。 「……?」 なんで急に…熱に耐えられなくなったとか? 恐る恐る指輪に触れる。……熱くはない。…大事な物だって義兄さまも言っていたし…無くしたら困るので指に嵌める。 「っ!」 すると、くんと指輪を嵌めた手が見えない糸に操られるように、前に引かれた。 いきなりだったから体勢が崩れる。俺は咄嗟に目の前の柱に右手――指輪をしている方――をついた。 ブオォ…ォォン…!! また…! カコン、と何かが外れる音。何が起こるかと見ていると足元でピキピキと不審な音と振動。 下を見れば石の床に亀裂が広がっていく。 逃げることも忘れて呆然とその様を見ているとボチャンという水音が。亀裂の入った床が端からどんどん崩れて水の中に… ……………ってこの下、水なの!? さあ、と血の気が引いていく。だって俺、泳げない…!! 逃げようにも足場はもう柱の周りしか残ってない。 かなり、ヤバい…!! 「……………………………………………?」 もう駄目かと思って瞑った目を、開く。 足場は俺がいる場所を残して全部無くなっていた。 ここだけなんで…? ……まあとにかく、助かったなら良かった。寄り道なんかしたから…やっぱ指輪無視して侵入者探しをするべきだったんだ。 向こう側に渡れないかと、足場の縁に手をかけて下を覗く。 「………………」 足は、つく。水の深さは大した事はない。大体腰のあたりくらいまで。 でも、入ったら俺死んじゃう。 だってこれ、南の守護・毒海の海水だよ… ゆらゆらと青く淡く発光する水。綺麗だけどこれ、どんな浄化装置も効かない毒なんだ。 現に崩れた床の欠片が水の底でシュワシュワいってるのが見えるもん…落ちなくて良かった… 良かったけど俺ここからどうやって脱出すればいいんだ? ゴポ… 「!」 ゴボッ…ゴポゴポッ! 海水があちこちで不自然に盛り上がってる。なんか、いる…? と、また指輪が輝いているのに気づく。 …もしかしなくても、これのせい、か? 海面の上に手の甲を翳す。するとその真下の水がゴボゴボしだした。 ザバァ…!! 「…ぁっ!!」 海面に出てきたのは指輪の紋章にも刻まれているドラゴンみたいな生き物の像だった。 目が指輪と同じ石で出来ていて、やっぱりこっちも光ってる。 僅かに開かれたあぎとに赤い石をくわえていた。 …この石って… 何をしようと思ったわけじゃない。ただ確かめようと石像の顎に触れただけだった。 けれどその途端、ドラゴンの下顎がかくんと開いて差しだしていた手の上に赤い石が転がり落ちた。 「………………」 困る。 なんで落ちんの。 これ、あれだろ!? いいよ、いらないよ。引き取ってください! 戻そうと石像に手を伸ばす。けど出てきた時と同じようになんの前触れもなく石像は沈み始める。 って困るよ!ちょっと!! 慌てて水面を覗き込むも、石像は毒海の中。届いても手を突っ込む訳にはいかない。 俺は呆然と残された掌大の丸い、平たい石を見下ろす。 ……………………困った…。 これと似た石を見たことがある。黒いヤツだ。 北の守護・絶の崖の結界石。当主さまが持っていたもの。 結界石は持ち主の心に応えて外への道を開ける。全部で五個存在しているそうだ。 便利だけど、とても気難しくて使う人を選ぶらしい。 今現在使える石は当主さまの石だけ。あとのは持ち主が見つかるまで隠してある。 …その隠しておかなくちゃいけない石がなんで俺の手の上に。 どうしようかと途方に暮れていると赤い石が仄かに光り出した。続いてパキパキと軋むような音。 下を覗けば毒海の泉が凍ってる。これで向こう側に渡れる… 氷の表面に降り立ち急いで陸地を目指す。 また溶けられたらたまったもんじゃない! 噴水の縁に手をかけてなんとか上に這い上がる。 またパキンと音がして、振り返ると海水が元に戻っていた。 …危ねぇ〜…とんだ道草だった…もう結界石はいい。義兄さまに後でどうにかしてもらおう… 今はそれより キィ… 「?」 扉の軋む音。何とはなしにに顔を上げる。 「!」 「面白い仕掛けだったね。君に代わってもらって良かったよ。」 にこりと笑いながら部屋に入ってきた男。色素の薄い髪に黒い目。制服着てるけど、誰…見たことない…もしかして、この人が!? 完全に気を抜いていた。 まさか扉の向こうに人がいて、ずっと俺の動向を見てたなんて、思ってもみなかった… そろそろと石を持つ手を背後に隠す。 まずい。無茶しないどころか正面きって諜報員と対峙してる。 しかも今俺は国の機密を持っている。石が無ければ最悪俺が消されるだけだけど…これを奪われるわけには…! 「…その宝物は何か力があるみたいだね。」 「…………」 「水を一瞬で凍らせる魔法なのかな?まあそれくらいの力なら興味はないけどね。 でも君がそんな大切そうにしてるんだ。なにかもっと大きな秘密があるんじゃない? 例えば…毒海に作用する魔法、とか。」 「っ…………」 侵入者はカツ、コツとゆっくりこちらに歩み寄ってくる。 その歩数だけ俺は後ろに下がる。本当はすぐにでも走って逃げ出したいけど背を向けてはいけないと本能が訴える。 「教えて欲しいな。教えてくれたらご褒美をあげてもいいよ。」 「………」 「ああ、でも無理だね。君、今喋れないんだから。」 「!」 喉に手をやると男は更に笑いを深くした。 「良かったね、その程度で済んで」と言われて、目の前の人物が毒殺未遂の犯人なのだと確信した。 ………この諜報員、知らない人間の筈なのにこの嫌な怖い感じが誰かと被る。 「さあ、いい子だからそれを渡して。」 す、と伸ばされた腕にもう一歩後ろへ下がる。 笑ってるのに、笑ってない。近くに来るとより恐怖が増す。 この感じ、やっぱり覚えがある…! 「さあ…ツ ナ ヨ シ 。」 「!!」 蜜の毒が滴るような、甘く名前を呼ぶ声が記憶と重なる。 義兄ジョットのパートナー。数時間前に会ったばかりの人物。 目を見開き相手を見つめる。 諜報員はクロウとは似ても似つかぬ美しい顔で、全く同じ表情をして笑って見せた。 * * * * 大きな目をいっぱいに開いて私を見上げる子ども。 やはり気付いたか。『将来有望』というあの男の言葉、真実かもしれない。 だからこそ早めに刈り取っておく必要がある。 「ああ、名乗らないと失礼だったね。私はアラウディ。 クロウは仮の名前だから忘れていいよ。どちらにしろその人物は今日づけでいなくなるけど。」 本名を名乗るとツナヨシの顔が青くなった。 頭は悪くないらしい。私が名乗った意味を理解している。 ふと視界に入った子供の足を見下ろせば裸足なことに気付く。 先程見たときには家柄に相応しい上等のショートブーツを履いていた。 ここの回廊は音が響く。おそらく足音を消すために脱いで来たのだろう。 私の靴底には足音を吸収する素材が使われていた。 今でさえこれだ。『充分な教育』とやらを受ければこの子供…… そろそろと後退る彼は用心深くこちらを睨んでいる。 背を向けて逃げ出せば即殺そうと思っていたのだけど。 ふるふると仔猫のように震えている癖になかなか肝が据わっている。 「ツナヨシ。君の宝物を渡してくれたら何もしないよ。」 ぶんぶんと首を横に振ってツナヨシは胸の前で隠していた右手をもう片方の手でしっかりと覆う。 猫なで声を出したってこの子が屈しないことくらい分かっている。 でも全身の毛を逆立ててる子猫をからかうのは楽しい。 目にかかる、染め粉を落とした前髪を払い、また一歩足を進める。 「嫌なの?駄々っ子だね、君は。痛いお仕置きをして欲しいの? 子供に無体を働くのは気が進まないのだけれど…」 ツナヨシの背が、壁についた。 逃げ場を失ってツナヨシの顔から血の気が引いていく。 一歩一歩ゆっくりと追い詰めながら口元を歪ませる。 残念だ。この子供に会うのがもっと後であれば手強い相手となっていたかもしれないのに。 子供に手の届く位置まで足を進める。ツナヨシは俯きカタカタと震えている。 実に惜しいけれども、憂いは払っておかなくては。 「?」 ナイフを抜こうとした時、ツナヨシが左手を振り上げた。 予想していなかった動きに一瞬反応が鈍る。 高く上げられた手には、簡易の小型閃光弾――!! バシュッ!! 「!!」 咄嗟に目を閉じたが瞼越しであっても不意打ちには変わりない。 焼けた視界に数秒動きを止められる。 「くっ…!!」 無理やり開いた目には緑がかった影しか写らない。 だが視界の端に動くものを感じ、それに向かって走り出す。 徐々にクリアになる世界。書庫の入り口をくぐる子供。 「…やっぱりただの子猫じゃないってことか。」 あの兄にしてこの弟あり、だ。 全く楽しませてくれる……!! 続く… |