第四話





廊下の分岐で立ち止まる。

どっちへ行こう…!?

右に行けば、出口へ。その代わり、石の回廊だけで隠れる場所は無い。

左に行けば、最深部へ。俺には構造も出口も分からないけれど…

迷ったのは一瞬。体の向きは変えずに左に転がる。

それと同時に壁に食い込む黒い長い鎖。危な…!!

前転の要領で立ち上がるとそのまま走り出す。

今の、鎖の先に付いてた輪っか何!?壁に食い込む瞬間に棘が出てたけど!?

罪人が手とか足とかに付けてる枷に似てたけど、それより大分細い……ってあの高さは、俺の首狙ってたよね!?

棘の鋭さを思い出してゾッとする。分かってたけど殺す気満々だ…


「っは…っ」


開けたとこや真っ直ぐな道はダメだ…!!またあれが飛んでくる…!!

逃げ足には自信あるけど、あの人の前では無意味な気がする。

角を曲がる瞬間に嫌な予感がして頭を下げる。頭上でドカッと嫌な音。

上を見なくても分かる。またあの鎖だ!!

角を曲がろうとして速度が落ちる瞬間を狙いすまして攻撃してる…!!


「はっ…」


曲がった先の廊下はさっきまでの回廊と違って、床に何も染み出してないし、絨毯が敷いてある。

何より火ではない、不思議な明かりがついていた。だから通路の両脇にある無数の扉がよく見えた。

しめた!どこかに隠れて…

俺は適当な扉を選んで中に飛び込んだ。


「………」


廊下と違って中は真っ暗だ…暗闇は怖くないけど、何も見えないと不便だな。

とにかく扉の近くにいたらダメだ。どこか…

あたりを探る為に両手を伸ばしてそろそろと足を進める。

まどろっこしいなぁ…何か、光…


「!」


じんわりとズボンのポケットが熱くなる。

取り出せば、赤い結界石がきらきらと発光していた。

…理由分かんないけど、今は助かる。石を頭の上に掲げて辺りを見渡す。


「っ!」


光が届かないのかな…相変わらず何も見えない…

そう思いながら下を見下ろしてぎょっとした。

足元には廊下と同じ赤い絨毯が一直線に伸びている。そしてその両脇には床が存在していなかった。

つまり俺は今、一本の手すりの存在しない橋の上にいる訳だ。

もし踏み外していたらと思うとゾッとする。橋以外は石の光は届かず何も見えない。

足の下からぞわぞわと鳥肌が。それを振り払うように走り出す。

また石がいつ光のをやめるか分かったもんじゃないし!早くこんなトコ抜けておこう!


「はっ、ふ…」


走って走って、やっと扉に着いた。

勢いよく開けると、そこは予想に反して明るかった。

眩しさに暗闇に慣れた目を庇う。


「…っ!!」


光に目が慣れてくるのを待って、瞼を開いた。

半球の天井と巨大な柱…さっきまでいた仕掛けの間が目の前にある。

どうなって…!?

石は光るのをやめてしまった。どちらにしろ戻るわけにはいかない。

どこか隠れられないかな…

扉を閉めて、部屋の中をぐるりと見回す。

そういえば、今出てきたのさっきあのアラウディって人がいた扉じゃないか…?


「……。」


やっぱり長居するの、良くないな…逆に戻ってこれて良かったかもしれない。

このまま外に出て義兄さまか誰かにこのことを知らせなくては。

もう一度本棚の並んだ通路に向かう。

ここに入ってからどのくらい経ってるんだろ…

誰か、義兄さまの部下の人が異常に気付いてくれてるといいんだけど…

とにかく今は俺が先に出て出口を塞いでおけばいい。

他の出口から逃げられる心配より今はこの石を守る事が先決だ。


「!」


うなじを氷で撫でられるような寒気。手近な扉――書棚とも今通ってきたのとも別のやつだ――を開けそこに飛び込む。

なんか分かんないけど、勘はいい方だ。こういう時は大抵よくないことが起きる。

この部屋も暗くて何も見えないけど、気にせず扉に張り付いて仕掛けの間を伺う。

…誰か、来た…足音が二つ。誰だ…?


* * * *


簡易の照明機器で足元を照らす。

いくら夜目が利くといっても完全な闇では何も見えない。

扉の選定に少し時間がかかってしまった。

間に合うといいのだが…

長い絨毯のみの通路を走る。

迂闊だった。まさか先程まで潜んでいた空間があんなところにまで繋がっていたとは。

ツナヨシはおそらく、ここを抜けた筈だ。

ようやく見えてきた扉。向こうに人の気配。

扉を開き様に手錠を放つ。


「おわ!?」


カンッ!


「……何の真似?」


弾き返された手錠に間の抜けた声と不機嫌な声。

どちらも知っている声だ。

警戒を解きドーム内に足を踏み入れる。


「遅かったね。」

「結構急いで来たんだけど?」

「そう。………………で、なんでいるの、貴方。」

「知らない。勝手についてきたんだよ。」


チラリともう一人の金髪の男を一瞥し、呑気に欠伸をしている黒髪の少年。

勝手にって…君なら撒くのだって雑作も無いことだろうに。

僕が言うのもなんだが本当にマイペースな子だ。


「跳ね馬…ほいほい出歩くのはどうかと思うけど?」

「一回来てみたかったんだよ、『内側』にな。
やっぱ空気も特殊だなぁ。お前、よくこんなとこに二年も潜んでられたな。」

「それが仕事だからね。…ところで、あなた達はいつからここに?」

「2、3分くらい前。転移は変な扉の前までしか出来なかったからね。」


通りで到着が遅かったわけだ。

しかし…僕が迷ったのは精々1分。

あの子がこの扉を選んでいれば恭弥――僕の弟にあたる――達に鉢合った筈…選んだのはこの扉じゃなかったのか…?


「さて、アラウディも回収したことだし戻るか。報告はゆっくり…」

「待って。そういう訳にはいかないんだよ。」

「?なんで。もしかして正体バレたとか?それとも何か重要機密がまだあるとか?」

「その両方。」

「ワオ。」


恭弥は愉しげに目を細め私に向き直る。

興味を持ったのか。丁度いい。


「それは後始末をしていかないとね。」

「…お前が面が割れてまで拘る機密って…『門』か?」

「多分ね。詳しく調べないことには分からないけど。残念ながらその手掛かりに逃げられてしまってね。」

「へえ。顔を見られた割に冷静だね。早く捕まえなくていいの?」

「すぐにどうこうは出来ないからね。大丈夫だよ。」

「?」


あの子声出ないからね。助けも呼べないだろうし…それはあまり心配していない。

ツナヨシよりもあの男が目覚めた後の方が気掛かりだ。出来ればその前に全て終わらせておきたい。


「なあ、アラウディ。」

「なに。」


部屋の中を珍しげに見回していた跳ね馬がある一点を凝視したまま言葉を続ける。


「お前が追ってるのって、子どもか?」

「そうだよ。」

「道理で。通路にお前の靴跡の他に小さな足型が一カ所だけ付いてたからな。」

「うん、こんな感じにね。」


恭弥の指差す先に、黒ずんだ足の親指の跡があった。

…これは、血か?ツナヨシは裸足だったからどこかで切ったのかも知れない。

だが少量の出血だったのか五歩程度しか辿れない。

私の予想通り、この扉を抜けて…出口へ向かったのだろうが…


「…なるほど。」

「分かったみたいだね。」


ニヤリと笑う弟。指摘されるまで気付かないとは私もまだまだだね…

ツナヨシがこの部屋に出たなら真っ直ぐに出口へ向かうだろう。ここまでの道を知っているのだから。

そして恭弥は私の気配を辿ることが出来る。ここまで道を間違えずに来ることが出来たはず。

だったらツナヨシはどこかでこの二人とすれ違わなければならない。


「さて、どれだと思う?僕の予想では…あれだね。」


つかつかと恭弥が扉の一つに歩み寄る。


「俺はこっちだと思うぜ?」


跳ね馬は背を預けていた扉を親指で示す。

なら私は…

二人が示したのとは別の扉を選ぶ。


「じゃ、いくぜ。1、2の…3!」


ガチャ


「…ハズレか。」

「あ〜あ、残念。」

「………。」


三人同時に開いた扉。だがどれも中にツナヨシはいなかった。


「…ふ。」


簡易の灯りを灯し暗い室内を照らす。

この部屋に敷き詰められているのは毛足の長い絨毯。

ふわりとしたその毛の一部、丁度鍵穴の前にあたる部分だけ絨毯がぺったりと踏みつぶされている。

触れればまだほんのりと暖かい。今し方までここに居た証拠だ。


「ん?当たりか?」

「うん。この先に逃げていったみたい。」


ちょこまかと…仔ネズミのようだね。

戸をくぐり辺りを照らす。柱が並ぶ広間…ホールになっているようだ。

脇を並んで走る恭弥は既に愛用のトンファーを手にしている。


「捕まえればいいの?殺していいの?」

「意識は残してよ。聞きたいこともあるし。
それに一筋縄ではいかないと思うよ?彼はあのジョットの愛弟だから。」

「へぇ。そりゃ楽しみだ。」


跳ね馬が獰猛な笑みを浮かべる。

散々、あの男には辛酸を舐めさせられているからね。予想通りの反応だ。


これで、鬼が三人。

さあ、あの子はどうするだろう。



「がっかり、させないでよね…ツナヨシ。」









続く…





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