第五話





赤く輝く石が行く先を照らす。

使い方としてはどうなのか分かんないけどこの結界石便利だな…


「はっ…はぁっ…」


いくつもの柱の間を抜けてようやく壁に到達する。どこか、出口…

手探りで壁を撫で回す。石の光もあてると下の方に小さな穴が。覗けば入り口と同じ大きさの細く長い空間が開いていた。

ダクト?……通れるかな?

匍匐前進の要領で体をねじ込む。なんとか、抜けられそう…

這いずって、なんとか辿り着いた出口を抜ける。

アラウディ達の狙いはやっぱり国の守護だった。

もう、ここがどこだか俺には分かんないけどとにかく今は逃げ回るしかない!

まだ輝く石を掲げ辺りを見渡す。

ひんやりとした床…石かな?壁にはよくわかんない絵が描いてある。

多分歴史かなんかだと思う。でもそんなのじっくり見てる余裕無いし、いいやどうでも。

それより…

じ、と手元にある赤い石を見つめる。

出口が分からない今、俺の命よりこの守護石を守ることを第一に考えなくてはならない。

となれば、これ俺が持ってるよりどこかに隠して離れた場所を逃げ回った方がいいんじゃないかな。

それなら石から彼らを引き離せるし、捕まっても……俺に何かあっても石は無事だ。


「っ…ふ…っ」


ずっと走ってるから暑い…走る速度を落として額に流れる汗を拭う。


「はっ…っ、ぅ…」


うう…お屋敷暮らしになってからはあんま走ることないから体力落ちてる…

立ち止まって、膝に手を突いて荒い呼吸を鎮める。

ちょっと休憩しよ…

ずりずりとその場にしゃがみ込む。

…闇雲に逃げても仕方ない。どこか石隠せるとこ探そうか…

といってもなぁ。今居る回廊は何もないし、この石光るし。

段々光強くなってて俺の周り10歩分くらいは明るくなってる。

目立ってしょうがないよ。あのホールにいたらこれで見つかってたな…この輝きじゃ下手なとこ隠せばすぐバレそう…


「………………………!」


そだ!!隠すと思うからダメなんだ!

守護がこの国にあって、アラウディたちの手に渡らなければいいんだ。

つまり、なくしちゃえばいんじゃないか?取りたくても取れないとこに。


例えば…あの一本道の底の見えない部屋とか。


…我ながらなんかいい案な気がする。というかそれしか思いつかないし。

さて、そうと決まればなんとかしてあの部屋に戻らないと。抜け道とか無いもんかな?


ガコン


「!?」


立ち上がろうとして腕を突いた壁が抜ける。

びっくりしてると壁がぐるりと横に回転する。体重かけてたから俺はそれに巻き込まれて壁の向こう側に転がり落ちてしまう。


「??」


急に明るくなった場所に放り出された…どこだここ…


「!」


起き上がって、見上げた壁に抉れた跡を見つける。

ここ…さっきまでアラウディに追っかけられてたとこだ。

ぺん、と壁を叩いても動く気配はない。

どーなってんの、ここの構造。どう考えても物理的におかしいぞ…

でも今は好都合。あの部屋はこの先に続いてる筈だし。

まだ輝き続ける石をポケットにつっこんでさっき通った道順を思い出す。

左行って、また左…んで、十字は真っ直ぐ。それから…

道順は正直あやふやなんだけど壁に点々とついた枷みたいな武器の跡が目印になってるのが皮肉だ。


「っ!」


守護石が火傷しそうに熱い。

始めは温かい程度だったんだけどだんだん、進めば進むほど熱くなる。

袖を指先まで引っ張って覆う。火傷しないように注意しながら石を取り出す。


………………


なんか、点滅してる…なんだろう…何か訴えてるみたいに



























「見ぃ〜つけた。」

「!!」


がばりと顔を上げる。数歩離れたところに、男の人が腕を組んで立っていた。

さっきまで、誰もいなかったのに…!!

相手は俺の顔をじぃと見るとクスリと笑う。


「へぇ…本当に顔はそっくりだね、あの狐に。」

「……」


初めて見る人だけど…味方、では絶対に無いな。

だってこの人アラウディにそっくり。少し若くして髪だけ黒くしたみたい。

鍵穴からだとあの諜報員しか見えなかったんだけど彼が話しかけていた人物の片割れに間違いない。


フォン…フォ…ン


「…何、その光。」

「……」


まだ点滅を続ける石。両手で隠してたんだけど光が強くて気付かれてしまった。

もー!!なんでこんなに自己主張激しいの、この石!!


「それかい?君の宝物は。是非見せて欲しいな、子狐。」

「っ!」

「嫌なの?なら仕方ないな。」


さっきと似たような状況…相手の手にはいつの間にか鉄製のT字の武器。…殴打系、かな。どうやって使うのか気になるけど、今は知りたくない。

迫られた分だけ俺も後ろに下がる。扉が無数にある広場、もう目の前だったのに…


「殺すなって言われてるから、ちょっと痛いかもしれないけど。」


カツリ、とまた一歩。

俺の後ろには別れ道がある。後退を止めてじっと相手の出方を待つ。


「……」


カツリ、と相手も立ち止まる。

…不審に思われたかな。あれを使うにはまだ距離が離れてるんだけど…

無意識にズリ、と右足を後ろに引く。するとカツリ、と一歩。

左足もズリ、と引くとまた一歩。

チラリと前髪の隙間から覗くと相手の顔には悪魔の笑み。

……………疑うとかそんなんじゃなくて単純にこの状況楽しんでる。

獲物を追い詰めて弄って遊ぶ猫を人にしたらあんな顔してるんだろうな。

俺が逃げる分だけ追ってくる。この人、絶対サディストだ…!


「……ねぇ、逃げないの?」


逃げますとも。

俺はくるりと方向を変えて今自分が通った道を逆走し始めた。


* * * *


「よっと。」


扉を蹴り開ける。もう何回目か…

は〜…面倒臭ぇな…あのアラウディの持ってた指輪がねぇと開かない扉が多い…

ここまでやってんだから鬼神ジョットの弟、見ねぇことには帰れないな。

出来たら生きてるうちに。死体じゃ楽しく無い。

その為にはあいつらより先に見つけねぇと。


「お?」


扉を出ると、ようやく廊下が。ずっと倉庫みたいな陰気な部屋が続いてたから良かっ…


「………」


気のせいか?なんか変な音が聞こえたような


ガッ…………ドカッ………ガキッ…ギィンッ!


……近付いて来てるな。確実に。

んでこの破壊音…あいつとしか思えねぇんだが。アラウディならあんな無闇やたらに音はさせねぇだろうし。

腰に下げていた鞭を外し構える。

よく考えたら、恭弥に生け捕りなんて出来るわけがねぇよなぁ…あいつに見つかるなんて運のないヤツだ。

ま、こっち向かってきてるみてぇだし恭弥が殺る前にオレが捕まえてやろう。


* * * *


「!」


ドゴォッ!


勘を信じて頭を屈めるとパラパラと壁の破片が降ってくる。

あああ…またこのパターンか…!

あの黒髪の人の武器、打撃用かと思ったらなんか鎖とか棘とかいろいろ出てくるんですけど!?

なんであの人達の武器は伸縮自在なの!?


「まだ逃げるの?向かってくればいいのに…」


楽しく無いじゃないか。

怒涛の攻撃仕掛けてるとは思えない呑気な声。

できるか!!死ぬよ!!

でも、さっきから走りっ放しだから肺が限界だ。

なにか、あの人撒く手は…


「?」


しばらくおとなしかった石がまた点滅を始める。

……なんだろ?

疑問には思ったけど今はそれどころじゃないし…と無造作に上着のポケットに石を突っ込む。




この時、石が光る理由に気付いてたら…と後々後悔することも知らずに。




後ろの人との距離を確認して、前を向く。


「!!」


す、と進行方向の角から人が出て来た。

キラキラした金髪。もしかして…!!

遠目に、義兄かと一瞬期待した。けど…悲しいかな、少し距離が縮まると俺の視力がそれを否定する。

確かに金髪に黒い盛装。でも、違う人だ。

髪が義兄さまより短いし、手に鞭持ってる…それに、なんかアラウディとおんなじ目してる。

きっと仲間…これ以上近づいたら危険だ!


「っは……はあっ、…っ」


相手の射程範囲に入る前に立ち止まる。

前には金髪の鞭使い、後ろには凶器振り回す黒髪の人…ど、どうしよう…!?


「あれ」


追いついて来た黒髪が立ち止まったのが気配で分かる。


「よお、恭弥。楽しそうだな。」

「あなた…なにしてるのさ。」


この声!さっきアラウディと話してた人だ…!

でも、本人は見当たらない…どこに行ったんだ…?


「邪魔しないでくれる?」

「つれねーな。オレも仲間に入れてくれよ。」

「やだ。その仔狐は僕のだよ。」

「仔狐、ねぇ…」

「!」


にこやかに笑ってるけど、顔だけだ…

鞭使いの強い眼光に射竦められる。びくりと体が揺れる。


「あの男の弟にしては…あんま似てねぇな、顔以外。」


カッ……カツ……


「うん。逃げ回ってばっかり。がっかりだな。」


カッ…カッ…


ゆっくりと二人が歩み寄ってくる。

ここの回廊は決して狭くはないけど、どちらかの脇を抜けるなんて芸当、できる自信はない。


カッ、カッ、カッ、カッ…

カッ…カツ…カツ…


「こんな簡単に終わるとはなぁ…拍子抜けだ。」

「あの人の目も平和ボケしたんじゃない?」


カッ、カッ…


あと、三歩。


袖口に縫い付けられる黒い飾りボタンを見えないように毟り取る。


あと二歩。


強く、強く目を瞑る。


あと…一歩。


腕を両目の前に横向きに掲げ、ボタンを持つ手を振り上げる。


「「?」」


二人の動きが止まる。けど、もう距離は十分…!

腕を力一杯振り下ろす。


ボシュッ!!!!!!


「「!!」」


庇っていても、瞼越しでも分かる閃光。直視すれば一溜まりも無いはず。


今だ!!


目を閉じたまま前方に走り出す。

金髪の方が俺に近かった。視界が戻るのも遅いはず…!


ガツッ!


「っぁ!!」


左足の、踝に痛みが走る。思わず目を開けて振り返る。

黒髪が、視界の焼けた目を庇いながらあの打器を振りかぶってる…!!

無茶苦茶すぎるだろ!!

俺は足の痛みも疲れも無視して二人を撒く
為に全速力で走り出した。









続く…





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