第六話 「あ〜!!!!くそっ!!」 油断した!!直視は避けたがそれでも視界一杯の緑色が抜けねぇ。 閃光弾なんか隠し持ってたのか、あいつ!! ――一筋縄ではいかないと思うよ?彼はあのジョットの愛弟ですから。――― あいつの言ってた意味がよく分かったぜ…猫に見えてもライオンの子ってわけか。 目をガシガシ擦る。やっと、ぼんやりと人影だけは分かるようになった。 「恭弥、平気か?」 「…………ちっ。逃がしたか。」 「あ?」 「足潰すつもりだったのに…掠っただけだったよ。」 あのチビ、恭弥の攻撃かわしたのか… こいつがこんな悔しそうな声出すのは珍しい。 パシパシとまばたきを繰り返す。 ………ん。見えてきた見えてきた。まだ大分残光でやられてるけどな。 「今のは完全にオレらの読み違いだな…まったくとんだ子狐だ。」 「無駄口叩いてる間があったら捕まえてよ。あなたが鈍臭いから逃げられたじゃない。遊んでる時間無いのに。」 「オレのせいか!?」 「あなたの横通って逃げたよ、あの子。」 「…………」 ごもっともな意見だ。 けどな、閃光弾くらってる中で匂いだけで相手の位置と逃げた方向分かるお前が規格外なんだからな…? まだ曇る眼でオレが来た道を振り返る。 あの暗い倉庫続きの部屋に入ったのか… 瞬くと視界に色が戻ってきた。恭弥の顔も判別出来るようになる。 「掠りはしたけど足にダメージは受けている筈だ。逃げ足、少しは鈍ってるんじゃないかな。」 「生け捕りにしなきゃいけねぇからな。丁度いい。」 「狩りには物足りない。」 「…遊んでる時間、無いんじゃなかったか。生け捕りにするんだぞ、生け捕りに。」 ペロリと舌なめずりをする少年に釘を刺す。 こいつ、淡々と獲物片付けてる印象強いが実は弄るの大好きだもんな… あの子狐、五体満足でいられるかどうか… 「しゃべれればいいでしょ。大丈夫、大丈夫。」 「そう言っていつも捕虜殺してるだろお前!!待て!!」 すたこらと走っていく黒い背中に怒鳴ってみても聞きやしない。 ったく!!てめぇら少しはオレの命令聞けよ!! * * * * 「!」 床に転がる扉の破片に足を取られる。 意識では避けたつもりだったのに、足が思ったように上がってなかったみたい。 床に思い切り鼻の頭をぶつけてしまった。 「っ〜……!!」 …地味に鼻、痛い。押さえてみても鼻血は出てないや。 止まったことで体の疲労とじくじくとした足の痛みが戻ってきた。 「っは…っ…」 体を起こし、全身から息を吐き出す。 どっと疲労がのしかかる。 あれから大分走ってきた。少しだけ… 本当はそんな余裕ないのは分かってる。分かってるけど、もう体力は限界に近い。 のろのろと足に手を伸ばせばズクリと骨にまで響きそうな痛みが。 左の膝を立てて内側に倒す。ちょっと見づらいけど体を捻って踝のあたりを確認する。 靴履いてないのに武器直撃したもんなぁ… 青を通り越して黒くなってるけど腫れてはいない。骨折はしてないんじゃないかな。 というか、してないことを祈りたい… 幸い、まだ動けるけど…あのアラウディ一人の時も逃げるのがやっとだった。 こんな状態であの三人から逃げ回れるかな。 時計を持っていないからあれからどれくらいの時間が経ったのかも分からない。 「………」 あと、どれくらい逃げ回ればいいんだろ… 膝を抱えて顔を埋める。暗い中にいるせいで心細くなってきた。 義兄さま、大丈夫かな…息はしてたから毒ではないと思うけど。 俺がこんなことしてたなんて分かったらまた怖い顔して怒りそう。その様が目に浮かぶ。 怒って怒って、きっと心配させるなって言ってくれる。 「――…」 うん、義兄さまならそう言う。それでまたお説教されて外出禁止にされて…―― 「!」 服の中の石が熱くなる。注意して取り出すと、また点滅を始めた。 なに…?さっきもだけど、何か伝えようとしてるの? ただ見ていると石の輝きがどんどん強烈になっていく。 ちょっと!居場所バレちゃうよ…光りすぎ!!これ!! ズボンのポケットからハンカチを取り出すとぐるぐると石を包み込む。 布の上からでも光が分かるけど何もしないよりは多分マシ。 それを上着のポケットに押し込む。 いつまでも一カ所に止まっているのは危険だ。 護身用の袖ボタンに模した閃光弾は二つとも使ってしまったし…次に見つかったら… カラン… 「っ!」 息をつめて辺りを伺う。…………なんの、音…? 慌てて立ち上がり扉へ向かう。少し足を引き摺ってしまうけど走れないことは無さそう。 そっと外を伺う。………しんとしていて、何の気配も感じない。 よし、今のうちに石を捨ててしま… カシンッ 「…?」 なんか蹴った…?一瞬きらりと光ったそれを追い掛けてしゃがみこむ。 瓦礫の下にあったのは指輪。 いつの間に落としてたんだろ。良かった〜、気付いて… 「!!」 指輪を拾おうと腕を伸ばした先に、磨かれた石の破片があった。 そこに写りこむのは俺とその後ろに立つ二本の足… ガンッ!! 飛び退くと同時に振り下ろされる枷。 あ、あんなの食らってたら俺の頭なんか…!! ぞっと血の気が引く。想像したくもない。 「やっぱり気付いたね。勘のいい子。」 ドクドくと波打つ心臓。 また気配、全然感じなかった…!! 敷石を粉々に砕いたアラウディは攻撃を避けられたのを意に介した風もなく、平然とした顔で笑っている。避けられて当然といった顔だ。 ――わざとだ。 わざと、攻撃する瞬間に殺気出したんだ…! 「ツナヨシ。君との鬼ごっこはなかなか楽しめると思う。 でもね、そろそろ時間がないんだ。僕たちの鬼が来てしまうからね。 だからもう終わりにしよう。ね、続きはまた今度。」 にっこりと笑って、幼子を言いくるめるような口調の諜報員。 …ここで、終わりにしようってこと…? でも「今度」って次があるような言い方だ。どういう意味? 相手の真意が掴めない。服の上から石を握り締める。 服の上からでも仄かに暖かな結界石。 こう何回も同じことが起こればいい加減気付く。 これが点滅するのって、決まってアラウディや他の二人が現れる前だった。 俺の危険を知らせてくれてたんだ…多分さっきのも「ここにいてはいけない」って意味だったんだ… もっと早く気付けば良かった…!!!! 「こちらにおいで、ツナヨシ。」 す、と差し出される手。 でも逆の手には物騒な鉄の輪が鈍く光っている。 俺は今し方拾い上げた指輪を握りしめて、一歩後ずさる。 なにか、一瞬でもいい。アラウディの注意を反らせれば…! 「………………!」 ふと見た先に指輪と同じ紋章。 指輪を握りしめた手を思い切り打ちつける。 ガコォ…ン…! 思惑通りにガラガラと何か仕掛けが作動する音。それが何かなんて気にする余裕はない。 アラウディの視線が天井に向いた隙を逃さず回廊に転がり出る。 ズクリと痛む足を叱咤して駆け出す。 あの仕掛けの広間か一本橋か…! もう、止まったら俺に走る体力は残らない。石さえ無事なら…! 「っ!」 最後の力を振り絞ってでも。 そう、思ってたのに。俺の体は自分が思っていたよりも疲労が溜まっていたみたいだ。 ほんの僅かな溝に足をとられる。 しまったと思った時にはもう遅かった。 「っぁ…!!」 ガチャンという金属音。左足に走る激痛。 足を払われたように床に体が叩きつけられる。 幸い、下は絨毯だったけれど焼けるような左足の痛みは変わらない。 視線を向ければ、冷たい金属の輪が足首をぐるりと囲っている。 「ああ、やっぱり怪我していたんですね。足を引き摺っているからどうしたのかと思ってたんだよ。」 足から伸びる鎖の先はアラウディの手に握られている。 ゆっくりと近付いてくる男。足の輪を外そうと慌てて手を伸ばす。 けれどそれに手をかけた途端、内側に余裕のあった輪がまるで巾着の口のようにぴっちりと足首のサイズに縮んだ。 締まっている訳では無いけれど、青黒く変色した患部は触れられるだけで痛みが走る。 「っ!」 「動くな。動けば足をくびりとる。」 静かな声に体が震える。 からかうような声音は成りを潜めて、鋭い目に見据えられる。 本気だ…でも、このまま石を渡すわけにはいかない。 歯を食いしばり輪に両手をかけようと体を起こす。 ガチャン!ガチャ!! 「!!」 「聞き分けの無い子だね。実力行使しかないか…馬鹿な子だ。」 首と、右手に何かが嵌る。見なくても分かる…冷たい鉄の輪。まだ持ってたの…!? 鎖を引かれ、床に体が引き倒される。 ずるずると引き寄せられ抵抗する間もなくうつ伏せに抑えつけられる。 じたばたと渾身の力で暴れてもビクともしない。 「ぅ〜…っ!!」 「諦めの悪い子狐だね。まったく…手間取らせてくれる。」 嫌な予感にぞわりと首筋が冷える。 押さえつけられて動けない頭の後ろでちゃぽりと瓶の水音。 何か確かめる間もなく鼻と口を布で塞がれる。 「っ!!…ん!!」 首を振りたいけど、動けない…!! 布から漂う嫌な甘い匂い。嗅いじゃいけないって分かってるけど…!! 既に吸い込んでしまった薬の匂いで頭がふわふわして耐えられない眠気がやってくる。 「たくさん遊んであげたから、疲れただろう…?ゆっくり眠っていいよ。 次に起きたらとてもいいところにいる筈だから。」 寝ちゃ、ダメ… 意思に反して閉じてゆく瞼。 俺殺されるのかな…?義兄様は間にあったのかな… 死ぬなら、眠ってる間がいい…… ぐるぐると回る頭。とうとう意識を手離す。 終わった、と思っていた。 でもそれは大きな間違いだった。 次の目覚め。そこからがこの悪夢の始まりになる。 続く… |