第七話





くたりと動かなくなった子どもの体を仰向けに返す。

衣服を探ると上着の内ポケットに固い物の感触。

取り出して包みのハンカチを解くと暖かな光を放つ赤い石が姿を現す。

――ようやく見つけた天然要塞を切り崩す手掛かり。


「なんだ。もう狩りは終わり?」


つまらなそうな声が頭上から振ってくる。

苦笑しながら振り向けばむくれた顔の弟。


「これから面白くなりそうだったのに…」

「残念だけど時間がないよ。それにどっちにしろこの子が限界だったからね。そんなには楽しめなかったと思うよ。」

「…それ、なに?」

「ああ。子狐の宝物、ってところかな。」


僕の手の中にある石を恭弥は興味津々な顔でつまみ上げる。

けれど、それは見る間に輝きを失っていき、とうとう黒い石炭のようになってしまう。

驚いている弟を余所にツナヨシの両手と両足に手錠をかける。

石がそうなるであろうことは予測していた。


「恭弥!てめっ、罠作動させて逃げるっ…あれ。」

「遅いよ。」


全身擦り傷だらけになっている跳ね馬。

相変わらずこれ相手だと威厳の欠片もないね…


「なんだ…捕まえたのか。」

「目的のものも手に入れました。これです。」

「おとっ!!」


黒くなってしまった石を跳ね馬に放る。

どういうものなのかは説明するより見せた方が早いだろう。

あとはあれの正体と使用方法を知りたいところだが…急ぐ必要もないだろう。


「ねぇ、何か聞き出したいことがあったんじゃないの。起こす?」

「待った。その必要はないよ。」


トンファーを振り上げる恭弥の腕を掴んで止める。

不満げな少年から遠ざけるために子狐を担ぎ上げる。

起こしたら持ち運びが大変になるじゃないか。折角眠らせたのに。


「…持って帰んのか、それ。」

「そうだよ。その為に生け捕りにしたんだから。……なに、その顔。」

「そんなに気に入ったのか。」

「否定はしないけどね。この子とそれセットだから。」


どういう原理かはまだ不明だけれどツナヨシがいたことで石が現れ、ツナヨシが手にしていたことでその能力の一部が発動した。

そして今、黒く沈黙している石。

これがツナヨシの意識が無いからなのか、はたまたその手から離れたからなのかは分からない。


「ねえ。」

「なに。」

「これ、持って帰るんなら遊んでもいいよね。さっきの続きしたい。」

「……殺さなきゃね。」


まるで子犬を欲しがる子供のようだ。

ただし純粋さとは無縁な光が眼にギラギラしてるけど。

ふうん。珍しいこともあるものだ。気に入ったのかな。

と、いけない。時計を見れば長針が半周している。

予定に無い子狐との追いかけっこのせいで時間を食い過ぎた。もう脱出しなければ。


* * * *


「…い…!」


………………

なんだ…?誰かに肩を揺すられている。Gか?

うたた寝でもしてしまったのか、俺は。

やけに気怠く、体を動かす気が起こらない。

しかし相手は諦める気配がない。

仕方がない…起きるか。


「?」


何故だろう。力が入らない。瞼を開こうとしても同じだった。

ようやく体の異変に気付く。何故こんなに怠いのか…記憶を手繰る。


「う…」

「ジョット!?気付いたか!?」

「ぐ…」

「おい!しっかりしろ!!」

「揺らすな、酔う…」


重い頭を持ち上げる。やはり、Gだったか。

部屋に漂う嫌悪感を覚える甘い香りに思考が纏まらない。頭を振り靄を払
う。

いつも通りに事務処理をしていた。そうしたら頭痛がし始めて…

そうだ、クロウの纏う香水だかが強烈だったのを指摘して、綱吉を迎えに行こうとした辺りから記憶がない。


「おい、大丈夫か?」

「あまり…」


「よくない」と続けようとして、ふと視界に入った姿見に目を見開く。

俺と当主にしか開けられぬ筈の隠し扉が開いている。

何故扉が…!


「うぐっ…!」

「急に動くな!毒にやられてるんだ、てめぇは!」

「だがG!」

「解ってる!!だが今更じたばたしてもしょうがねぇだろ!?とにかく落ち着け!」


襲ってくる眩暈と吐き気を堪え、片腕と認めた男を見やる。

睨み合ったところで何が変わる訳でもない。


「今更、と言ったな。」

「………ああ。結界石を奪われた。クロウだ。あいつが他国の諜報員だったわけだ。」

「二年間、俺たちはまんまと騙されたわけか…。」


けれどもあの石は主無くしてはただの石くれと変わりない。

そして結界石は国を思う者にしか応えない。

奪われたところで使えなければ……


「!」


こういう時に自分の勘の良さを呪う。

揺れるヤツの目に嫌な予感に駆られた。

まだくらくらとする頭を抑え部屋を見渡す。そしてそれは焦燥に変わる。


「綱吉…そうだ、綱吉はどうした?」

「……」

「G!」


別の部屋にいるのかもしれない。

父が迎えに来たのかもしれない。

まだ騒ぎに気付かずにいるだけかもしれない。

可能性はいくらでもあるのに、ここにあの子がいないことが不安で堪らない。

Gが口を開く。ただそれだけの動作が酷くゆっくりに感じられる。

どうか、この予感が外れであって欲しい…!

だがそう願う俺の眼前に差し出されたのは見覚えのあるショートブーツ。


「これは…一体何故これが!?」

「あの通路の中ほどで脱いだらしい。隠すように揃えて置いてあった。
…多分足音を消すためだろう。大したガキだな。」

「まさか…!!」


クロウを追いかけて…!?何故そんな無茶を!!

二年間、部下だった男だ。奴の実力は分かっている。素人の敵う相手ではない!!


「落ち着け!!あいつは死んではいない。…攫われちゃ無事とも言えねえが。」

「なん、だと…?」


攫われた?何故あの子が!?

人質とは考えにくい。逃亡には足手纏いにしか…

詰め寄る俺にGは険しい表情を浮かべる。


「さっき報告が入った。南の守護が主を選んだそうだ。
………結界石はより強く国を思う者に応える。諜報員ごときを主にするわけがねぇ。」

「…………………綱吉、が?」

「恐らく、な。」


内気で人見知りで…子犬のように笑う少年の姿が脳裏に浮かぶ。

綱吉が、連れ去られた…?現実味がない。

Gに手渡されたあの子の靴。それを持つ手が震えた。


* * * *


「ん…」


寒い…

ブルリと体を震わせて目を開く。


「………………」


見覚えのない部屋。ベッドと机だけでいっぱいの小さな部屋だ。

ここはどこだろう…なんか、ゆらゆらしてる…

身を起こして部屋を見渡す。そして左足の包帯に気付く。

そうだ、俺アラウディ達から逃げ回ってて、捕まったんだった。

………ってなんで生きてるの、俺。


「…………」


両の手首を繋ぐよう、嵌められた枷。毛布で見えないけど足首にも同じ感触がある。

生きてるけど…助かった訳では、ないんだ…

ベッドから降りて木の扉なノブを回す。意外なことに鍵はかかっていなかった。

あっさりと開く扉に驚いていると、外の光の強さが目を刺す。

咄嗟に目を閉じ薄暗い室内に逃げ込む。


「…!」


徐々に慣れてきた目をもう一度外に向ける。

………ゆらゆらしてたのは気のせいじゃなかったんだ。

手すりに走り寄って身を乗り出す。一面に広がる青。生まれて初めて目にする海。

俺、今船に乗ってるんだ…!!


「こら、危ないだろ。」


海面を見つめているとぐいと体が宙に浮く。小さな子のように脇の下を掴まれて持ち上げられたのだ。

誰?

首だけ捻って後ろを見ると金髪と太陽色の目の男の人。

………あの鞭の人?暗かったし、なんか雰囲気が全然違う…


「そんなに身を乗り出したら落ちるだろ。それとも泳いで逃げる気だったのか?」

「っ!」


そんなの無理!俺泳いだことないもん。

大体こんなの手足に付けられてたらどんな泳ぎの名人でも途中で疲れちゃうよ。

ぶんぶんと必死に首を振って否定して見せると相手が「んん?」と唸った。


「……お前。もしかして」

「そう。声が出ないんだよ。今はね。」


びくりと体が反応する。

この、蜜毒が滴るような声は…!


「おわっ!?こ、こら!」


やだやだ放して放して!あの人怖いから嫌い!!!!

じたばた暴れて床に降りるとさっきまでいた部屋に向かって走り出す。


「おっと。」


――と思ったのは一瞬で次の瞬間にはアラウディにあっさり捕まっていた。

って放せ!!放せ放せーっ!!


「〜っ!!!!!!」

「手負いの子狐は活きがいいね。到着まで目を覚まさないと思っていたんだけど。」

「オレが捕まえた時は大人しかったのに…ひでぇ嫌われようだな。」

「はあ……無駄だよ、ツナヨシ。諦めるんだね。」


がっしりと顎を掴まれ船の進行方向に首を向けられる。

ずっと続く海の向こうにうっすらと見える陸地。

……見たことの無い人口の入江。俺の国じゃないことだけは確かだ。ってことは…

恐る恐る見上げると日に反射する金色の髪の二人が嗤う。


「言ったよね?次に起きたらいいところにいるって。」

「ようこそ、ツナヨシ。オレの国へ。」









続く…





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