第十一話






――数分前――





『ほらとっとと行きなよ。…保健室の鏡で会おう。』

「……はい!」


階段を駆け降りていく背中を見送る。

シャラシャラと鳴る鈴の音を聞きながら小さな窓に額を押し付けて目を閉じる。


「…ごめんね。」


守るどころかそちらに帰ることも出来ない。

それどころか君を巻き込んで…己の不甲斐なさにあきれかえるばかりだ。


「ごめん…」


もう見えなくなった綱吉。君に言っていないことがある。

彼と僕の世界が逆転して分かった。

時間が経つごとに流れ込む鬼の思念。記憶。

鈍く、…いや自身の意志に反して動きそうになる体。

真逆に薄れていく自己。



僕はやはり『恭弥』の影だった。

僕が居なくとも彼は存在できる。

だけど、逆は……無い。

あの鬼を滅すれば僕も消える。


扉から離れて階段の前に立つ。


「…出てきなよ。さっきからガチャガチャうるさい。」


右側――廊下の突き当たりにある技術室を睨みつける。

ガラリと扉を開けて姿を現したのは一人の女生徒。

虚ろな目に振り乱した髪。そして手に持つのは体に見合わぬ大きさのチェーンソー。


ギュイイィィィィ…


キロリと濁った眼がこちらを向く。半開きの口が人では有り得ない笑みを象る。

チェーン・ソーか…


「確か、そういうホラーがあったよね。」


呟きながら数珠を手に巻きつける。

女生徒の霊がけたましく笑い声をあげながら走り寄る。

地面を蹴り霊の頭を飛び越える。が、僕が着地する前にチェーン・ソーが襲いくる。


ガキィ!!


短刀を盾に回転する刃を弾き返す。

…流石に短刀、欠けたかも。

なかなか速いじゃないか。力は無いが。

連続して切りかかるチェーン・ソーをかわす。

慌てることはない。動きが大ぶりだから隙は出来やすい…

それを伺ってると霊が空振りした凶器に重心を取られる。

がら空きになった脇腹に短刀の柄を叩き込み回し蹴りをきめる。


ドゴッ…!!


やせ細った体は簡単に吹き飛び壁に打ちつけられるとそのまま床に崩れ落ちる。

…まあ、生身じゃないからすぐに復活するだろうけど。


「…やっぱり」


短刀に目を向ければ刃こぼれを起こしている。これでは使えない。

役に立たなくなったそれを放り投げてブレザーの裏から四節棍を取り出す。

これはヌンチャクと似た武器で四本の棒が鎖で連結されているものだ。

予測不能な動きで攻撃できる代わりに扱いが難しい。

いろいろ持ってきたけどやはりトンファーが使えないのはきついな…


ギュイイン!


「!」


ニィと笑う霊と目があった。

やれやれだ。これを倒さない事には先には行かせてもらえないらしい。

綱吉はもう保健室に着いたんじゃないかな?

まったく…


「あの子に怒られたら君のせいだからね。」


* * * *


「…ん…」


…真っ暗…

目を開けてぼ〜っと天井を見上げる。

どこだっけ、ここ。

周りはカーテンで仕切られてて…………………



カーテン?



「あ!」


そうだよ、保健室!雲雀さんが…

ガバリと身を起こそうとして上に何かが乗っていることに気づく。

目線を向ければ抱きつくような形で雲雀さん、いや『恭弥』がいた。

でも逃れようと身を捩ると信じられないほど簡単に『恭弥』はベッドに転がってしまう。


「…?」


そ〜っと近づいて胸に手を当ててみる。

…上下してるってことは息してる?心臓も…動いてるね…

寝たふりでは無いみたいだし…一先ず放っておこう。

カーテンを開けてベッドから降りる。

…………なんだろ。なんか体が軽い。

いい意味でじゃなくて、なんていうんだろ…

なんか、風邪引いたり酒飲んだりした時みたいなフワフワ感で心もとない感じっていうか…

ふと窓の外を見れば真っ暗だった。

日が落ちちゃったか…これで『恭弥』の…


「!!」


窓に慌てて駆け寄る。

僅かな月光に照らされて窓に写り込む保健室。

机にベッドに体重計…すべてある。なのに、俺が写ってない。

窓に触れて、目の前にいる筈の俺が写ってない!!


――君の影、借りるよ…――


「こういう、ことか……!!」


窓を殴りつける。

でも俺の力だ、バンと音をたてはするもの割れることはない。

さあ、こんなことしてる場合じゃない!

雲雀さんが危ない。

『恭弥』が何をするつもりかは分からないけど雲雀さんを消そうとしてるんだから碌なことじゃないはず!!


「っ…」


いけない、忘れてた。

これの為に保健室に来たってのに!

慌ててとって返し床に落ちていた鏡を拾い上げてポケットにしまう。

さあ、雲雀さんを探さないと…


バチィッ!!!!


「くっ!?」


飛び出そうとしたところで見えないなにかに弾き返された。

なにこれ!?

急いで扉に走り寄る。開け放たれている入り口に手を伸ばす。


パチっ!!


「つっ!」


また弾かれた。目に見えない壁があるようだ。

もしかしてこれも『恭弥』の仕業…?

俺を閉じ込めてその間に雲雀さんを…!?


バンっ!!


「くっ!!開け!!開けろよ!!」


力任せに見えない壁を殴りつける。

こんなもの…!!こうしている間に雲雀さんが…!!

雲雀さんはダメ!!雲雀さんは帰らなくちゃいけないんだ!!

だって雲雀さんが帰ってくるっておばさんは今も疑わずに待ってる!!

おじさんだって…おじさんがどんなに雲雀さんを大事に思ってるか、俺知ってる…!

もし雲雀さんがいなくなったら…


バンッ!!ダンッ!!


「開けよ…っ!!!!」


雲雀さんがいなくなったら…俺がやだ…!!

やだよ…雲雀さんがいなきゃ…!!

俺のお兄ちゃんで、俺の一番の友達で…俺の、一番…一番大切な人……!!

絶対、一緒に帰るんだ!!!!


バンッ!!


「くそ…っ!!あいつ、俺の影で何するつもりなんだ!?」


* * * *


ザラ…


以前に使った水晶の粉を巻く。

さあ、これでしばらくは死んでてよね…


「はあ…」


しつこかった…チェーン・ソー破壊してもまだ向かってくるんだから。

パンパンと手についた粉を払い四節棍をブレザーの裏に戻す。

やっぱこれ使いにくいや…違うの使おう…


「さて…と。」


大分、手間取っちゃったな。怒ってないといいんだけど。

数珠をタスキの様に肩からかけ直し階段を駆け下りる。

扉が開けっ放しの保健室に飛び込み窓を見やる。


「?」


いない…?おかしいな。

でもここにあった筈の鏡が無いってことは綱吉が持っていったのかな?

ってことはもう移動したのか…全くせっかちな子だね。

大人しく僕を待っていればいいのに…探さなくちゃいけないじゃないか。


「『恭弥』に捕まってないといいんだけど。」


バンッ!!!!


「!」


入り口に走り寄り廊下を見渡す。

今の音…隣か?


ダンッ!!


「…………」


どこから、しているんだろうか?

この音はすぐ近くで聞こえているのに出所が分からない。

やはり、隣からだろうか?


バンッ!!


警戒しながら美術室の扉を開く。人影は…無さそうだ。

だが一応、隠れている可能性も考えておかなくては。


「…綱吉?」


カタッ…


「綱吉、いるの?」


今、小さな音が聞こえた。もしかして、本当に隠れてるのかも…

室内に足を踏み入れる。

どこに何が隠れているか分かったもんじゃないから警棒を取り出しておく。

一歩一歩慎重にあたりを伺いながら進む。












「雲雀さん。」

「!」


呼ばれた方を振り向く。

でも誰も…


「違います!こっちです!」


ああ、そうか。

窓を向けば入り口に疲れたように立つ綱吉。

みるからにほっとしたように息を吐き出しずりずりと座り込む。


「間に合った…良かった…」

「何が?」

「先にあなたを見つけられて。」

「?なんでそんな疲れてるのさ。」

「話せば長くなるんですよ…」


のろのろと立ち上がる綱吉。こちらによたよたと歩み寄って来るので僕も窓に近付いてやる。


「来るの遅いです雲雀さん〜…」

「仕方ないでしょ、妨害にあったんだから。
で?なんで大人しく保健室に居なかったのさ。」

「ずっと居ますよ!」

「どうだか…で、何かあったの?」

「あったも何も!」





















「「今、起こるんだよ」」






































ドシュッ




















続く…





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