第十五話





「っ……!!」


憎々しい呪具。

何度も何度も僕の邪魔をして……まるであの男のようだ。

体に入っているとはいえ魂への影響は変わらない。

ふらつきながら、忌まわしい鈴を見下ろす。


「邪魔。」


もう二度と耳障りな音をたてないように、踵で丸い鈴を踏み潰す。何度も何度も、平らになるまで。

あの村もこんな風に完全に潰してやった。念入りに、生き残りなど存在しないように。

無償のものなどこの世にはない。

守ってやったのだ、あれは僕の領域。気に入らないのなら打ち払いまっさらに返す。

そしてそれは今も変わらない。

僕の領域に出来たのならばこの学校は僕のものだ。


「!」


音の無い『ざわめき』が聞こえる。

―――森。

森に彼らが向かってる…まずい。

鈴だったものを蹴り飛ばし、教室の窓から外へ飛び出る。

生身があるからいつものように瞬時に移動が出来ない。

早く慣れないと不便かな……

グラウンドを見れば地から生えた無数の腕がざわざわと揺れている。綱吉達の姿はない。

もう入ってしまった後なのだろう。

あの猫男……僕の気を辿って体見つける気だな……


「…………はあ〜…」


あまり、気が進まないんだけど…仕方ないね。

地から生える腕を見渡して溜め息を吐く。


「…起きなよ。」


声をかければ特に障気の濃い腕の持ち主たちがボコボコと土から這い出てくる。

白骨、腐敗、ミイラ。幻じゃない、自身の現実の体をもって。

僕の領域で死んだものは自殺、他殺、事故死も病死も関係なく僕の支配下になる。

普段は魂しか使わないけどそれだと力が上がったもう一人に消し飛ばされて終わる。

僕以外が綱吉に傷付けるの気に食わないんだけど…僕もなりふり構ってられないんだ。


「だから、仕方ないよね。」


* * * *


「…………雲雀さん。」

『なんだい?』


太い枝の上に丸くなったまま猫が返事をする。

目の前でゆらゆらしてるボバ毛の尻尾を掴みたくなるけど中身が中身だからやめとこう……


「俺ホラー嫌いじゃないですか。」

『唯一見れるホラーが『学校の怪談』だもんね。あと『バイ●ハザード』だっけ?』

「そーですね…悲鳴あげてただ逃げ回る主人公より戦う主人公の方が怖くない気がするんです。」

『ふうん。』

「でも。」


木の幹に捕まって遥か下にある地面を見下ろす。

……見えないけど、なんかたくさんいる。


「…お化けよりゾンビがいいって意味では無かったんですけど……」


ていうかお化けの方が良かった気がする……

ここに明かりがなくて良かった。

一体でも無理なのにあんなんがたくさんとか…俺失神できる自信がある。


『君が登れる木があって良かったね。』

「ホントですよ…」


ずるずると幹に背を預けて座り込む。

なんて木か知らないけど、木肌がごつごつしてて枝もたくさんあるからすごい登りやすかった……

ただ疑問なのは下のゾンビが追ってこないこと。

いや、来ない方がそりゃありがたいけど……


『これじゃどうにも動きがとれないね。
こんなに邪魔が入るってことは間違いなく当たりが近い証拠だと思うんだけど。』


さっきより光るのを抑えたキョウの体は薄ぼんやりとしている。

これでも結構目立つと思うんだけど…下からは見えてないんだろうか。

逆に猫って夜目が効くんだったよね…てことは下の状況も見えてるのかな。


『さて困った。』

「朝になったら戻ってくれませんかね…」

『朝まで『恭弥』が放っておいてくれると思う?』

「………思いません。」


むしろ本人がいない今の状況、嫌な予感しかしない。

すぐ追って来なかったし………いや追って来られても怖いけどね!

雲雀さんの体力+『恭弥』とかもう鬼に金棒というよりジェイソンにチェーンソーだし!!!!


『綱吉。』

「はい?」

『抱っこ。』


小首傾げておねだりする猫。

……………………………雲雀さん、反則です……。

いつもキョウにしてるように両手を差し出してやれば飛び込んでくる毛玉。
ああもう、可愛いなぁ…!!中身雲雀さんだけど!!!!

つい条件反射で抱き締めてすりすりと頬擦りする。

爪たてられるかと思ったけどされるがままで大人しくしてるから首の下を撫でてぽわぽわした毛に顔うずめていつもみたいなスキンシップをする。


「はあ〜…」

『……気は済んだかい、綱吉。』

「え?あ、はい。」

『よし。』


もぞもぞと動く猫を解放する。

さっきの甘えた仕草なんか忘れたかのように雲雀さんはぴしりと座ってこちらを見上げる。

…………何がしたかったんだろう。


『そういえば忙しくて忘れてたけど鏡は持ってる?』

「鏡……あ、はい!」

『出して。』


促されるままに、丸い鏡を取り出して雲雀さんに見えるように差し出す。

やっぱりだけど、キョウが覗き込むと鏡には猫ではなく雲雀さんの姿が写る。


『……上出来だよ、綱吉。四角いのもあったのに丸いのを選んだんだ。』

「なにかあるんですか?」

『円て言うのは世界共通で呪術とは切っても切り離せない形なんだ。
六芒星、桔梗紋、正多角形は全て円に収まる。
それに正確な図形を描く為にもコンパスを使うだろう?
錬金術でも円は重要だ。
「尾を噛む蛇」のマークは始まりも終わりもない形を表しているからね。
日常では指輪がいい例だ。心臓に繋がると言われる左の薬指に………』

「…………………………」

『………………綱吉、全然分かってないね。』


はい……頭ん中ぐるぐるです……

とにかく、丸がすごいことだけは分かった気がする。

だから『君に理解させようとした僕が馬鹿だった』とか言って落ち込むのやめてください。


『とにかく、目的は変わるけどこれなら役に立つ。』

「?雲雀さん、なにして…うっっ!!」


爪を出した前足を鏡に乗せる雲雀さん。

止めようとする前にキキ〜って!!!!始まったあああああ!!


「ひぃ〜!!!!」


背筋がぞわぞわする!!!!!!耳に嫌な音がああああああ!!!!!!

俺は後ろを向いて耳をしっかり塞ぐ。

黒板に爪立てる音も嫌いだけど鏡も最悪だあああああ!!!!!!

嫌がらせ!?嫌がらせですか雲雀さん!!!!

せめて始めるまえに言って欲しかった!!!!


『………ちょっと、綱吉。綱吉ってば。聞いてた、僕の話。』

「………へあ?」


耳も目もしっかり閉じてうずくまってたら背中をぽふぽふ叩かれた。

首だけ後ろに向けるとヒマラヤンが俺の背中に猫パンチしてる…

お、終わった……?

そろそろと向き直ると雲雀さんは鏡をたしたしと叩いた。

見れば表面に八角形の傷がついている。


『それ、持ってて。説明は抜かすけど八角形は運気を呼び込んで邪気を跳ね返す形なんだ。
あの鈴ほどの効果は無いけどそれなりには役立つ筈さ。』

「はあ……分かりました。」


言われた通りに鏡を受け取る。

……けど鏡なんてどうやって使うんだろう……


『さて。じゃあ綱吉あとはよろしく。』

「はい。………って!?」


反射的に返事をしてからなにかおかしな事に気付く。

『あとは』ってなんだ!?

でもそれを聞く前に今の今まで目の前にいたヒマラヤンが姿を消す。


「雲雀さん!?」


慌てて下を見れば光を発する猫がたったか走っていく姿。

そしてぞろぞろとその後を追っかけていくゾンビ御一行。

???なに?雲雀さん、突然なにを始めたの!?

俺がぐるぐる悩んでいると更に追い討ちをかける猫の叫び声が聞こえてくる。


『そろそろあいつ来るからそこで大人しくしてて!!!!』

「は!?」


なんですって!?

そう問う前にすたこらと走り去り見えなくなる猫とゾンビ達。

ちょっと!!!!不穏な捨て台詞残して置いてかないでよ〜!!!!















続く…





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