第十八話 「………ん……」 ふわふわしたものが顔を擽る。 目を開くとキョロリと動く二つの光があった。 「!!」 「にゃああん」 「……へ?」 『恭弥』の配下かと思った光はふわふわしたものの目だった。 とても馴染みのある手触り。 体を起こしてふわふわを抱き上げる。 見下ろせば腕の中でゴロゴロと喉を鳴らすヒマラヤン。 「……雲雀さん?」 「にゃあん」 「じゃない、キョウ……?」 撫でろとばかりにあぐらをかいた膝の上にお腹を見せて横になるキョウ。 雲雀さんならなにがなんでも絶っっっっっっ対、やらない体勢だ。『恭弥』もやらない。 ってこてはやっぱこれはキョウで……あれ?じゃ雲雀さんは?というかここどこだ。 「ええと……」 頭の整理が追いつかない。 手だけはいつもの癖でキョウを撫でてやってるけど他は混乱状態だ。 周りは真っ暗で何もない。上も下も全部が真っ黒だ。 真っ黒だから当然、光もない。 でも、光もないのに不思議と俺自身とキョウの姿はよく見えた。 現実には有り得ないこの状況…… 「………もしかして、鏡の中、とか?………………あ、キョウ!!!!」 一頻り撫でられて気が済んだのか、キョウがひょいと膝から降りて一目散に駆けていく。 猫とはいえ見知った連れが居なくなるのは心細過ぎる!! 現状整理はひとまず置いといて、暗闇を駆けるヒマラヤンを追いかける。 「待って!キョウ!!」 * * * * 『?』 なんだろう……綱吉に呼ばれたような気が…… 足を止めて後ろを振り返る。 けどどれだけ待っても視界いっぱいを埋め尽くす障気しか見えない。 綱吉の足跡を追って到達した洞窟は狭くて一本しか道が無いから他に隠れる場所も見当たらない。 ……気のせいか? あいつの障気のせいで感覚がおかしくなってるのかも。 『………』 また走りながら振り返ったついでに目に入った今の『体』の事を考える。 毛並みがすっかり汚れてボロボロだったな……僕が無茶したせいなんだけど。 キョウの毛並みは綱吉のおばさんの自慢だから……元に戻せるかな。 風呂入れたらなんとかならないかなぁ…… 『ん?』 黒く陰る障気の中でも霊気の増した猫の目には通常通りの景色が見える。 その目に何か…… 『……!』 あれは……! 今の体が出せる限りのスピードで「それ」に駆け寄る。 中身が無くとも障気を弾くだけの霊気が取り巻く。 見慣れた制服、離れて半日しか過ぎてないのに懐かしくすら感じる。 うつ伏せで倒れている「僕」の体。 『なんで、こんなところに……!』 『恭弥』は、綱吉はいないのか……!? 辺りに目を光らせても何も気配を感じない。 ……足跡は、入ったものしか無かった。ということはもっと奥にいるのか…… 動かない僕の体の気を探ってみても何かが潜んでいる感じはしない。 『……………』 ひとまず、返ってきた体に戻るとしようか。 * * * * 「はっ……はぁっ……」 「にゃあん」 膝に手を突き荒い呼吸を繰り返す。 ゆらゆらと尻尾を振りながら此方を見ているキョウ。 きちんとお座りして待っているヒマラヤンを恨めしげに睨む。 「あのなぁ……っ!遊んでるんじゃないんだぞ!」 「にゃあ」 追いつけない速さで走ってくからもう無理と立ち止まるとトコトコと戻ってくる。 抱き上げようとするとまたピュッと走り出すんだよ! 何回も同じことやってたからもう走れないよ……バカキョウ!! どかりと座り込んで呼吸が鎮まるのを待つ。 「にゃああん」 「もー……なんだよ、」 手が届くか届かないかというところまで移動してきたキョウが甘えたような声を出す。 今はお前と遊んでる場合じゃないんだよ…… 相変わらず周りの景色は真っ暗なまま変わらないし…… すりすりと手触りのいい毛並みがじゃれついてくるので仕方なく見下ろせば伺うようにこちらを見るキョウ。 ……怒ってるわけじゃないんだけど。 目で訴えてくる姿が可愛いからついまた撫でてしまう。 「にゃああ」 「ああ、よしよし。 ……よく考えたらお前も巻き込まれた方だもんなぁ……ごめんな。」 『恭弥』に乗っ取られて解放されたら雲雀さんだもんなぁ…… 帰ったらマグロの刺身くらいあげないとな…… それにしても本当に不運なヤツだよ。 うちに居着いたが為に……… 「……………………」 猫を撫でる手が止まる。 ……そういえばキョウって、いつからうちに居たんだっけ? もっと撫でろと擦りつく猫。 その毛並みにそって手を動かす。 気持ちよさそうに目を閉じるヒマラヤン。 昔から変わらない、そう「変わらない姿」。 大人になる一歩手前の、子猫のままのキョウ。 また、撫でる手が止まる。 キョウは呑気に伸びをして立ち上がった。 「にゃああん」 甘えたような声。 でもまん丸い瞳は確かな意志をもって俺を見上げていた。 * * * * 「……ごめんね。」 くたりとしたままの猫の体を洞窟内の窪みに横たえる。 長いこと使いすぎたせいでキョウの意識が戻ってこない。 でもこの酷い障気の中では意識があった方が辛かっただろうし、このまま眠っててもらおう。 あとでちゃんと連れて帰ってあげるから、それまでちょっと我慢して欲しい。 猫の体から霊気ごと元の体に戻れた僕はキョウの体を隠すと、地面に残る綱吉ではない「誰か」の足跡を辿り走り出す。 綱吉の足跡は何故か僕が倒れていた辺りで途切れていた。 そしてそこからは別の足跡が続いている。 ……その足跡のおおよその予測はついているんだけど…… 「……ゾンビでないことだけは祈ろう……」 同じ顔の腐乱死体とか勘弁して欲しい。 いかな僕でも受け付けられないものは存在する。 本当は先に潰してしまいたかったんだけど、仕方がない。 「?」 走るうちに徐々に障気が薄れていく。 そしてほんのりと差し込む月明かり。出口が近いらしい。 まさか反対側にも出入り口があるとは驚いた。 「っ……はっ……!!」 洞窟を抜けた先。初めて踏み込み領域。 同じ様な、森が続いているのかと思っていた。 未開の地なのは分かっていた。けれど。 荒い呼吸を整えて額の汗を拭う。 「………これは……」 土が剥き出しになった地。ひび割れて水分を長い期間受けていない大地。 枯れ果ててどのくらいになるのか。元は立派だったはずの大木たち。 本は家屋だったのか。すっかり朽ち果てた木片があちらこちらに散らばる。 家財のなれの果て、元の柄も分からぬ布地の残骸、そしてそれらに紛れて転がる白い…… 校庭くらいの広さの開けた、いや朽ちた大地。 だがその周りは通常の森が生い茂る。 ……なんだこの、異様な光景……!! 「我ながら、まだこんなに影響があるとは思わなかったよ。」 「!?」 禍々しいまでの気を発する地に目を奪われていると、頭上から声が降る。 見上げれば生命の途絶えた松の木に黒い人影があった。 「やあ。」 「………うん。」 猫のような身軽さで目の前に降り立つ「鬼」。 その姿を上から下まで見てくすりと笑ってやる。 「なんだ、意外に見れる格好だね。」 「急拵えにしてはなかなかじゃない?」 ―――確かにね。 ぱっと見はいつもの写し身と変わらないように見える。 違うものは学ランじゃなくて鉄紺の単衣を半身だけ着てることか。 けど、顔の半分は長い前髪にうまい具合に隠れて見えない。 首には酷い傷が横断している。 唯一露出している右手は紫に変色しているし、単衣に隠れた左手は有無すら見えない。 下半身は完全に服に隠されているから足もどうなのか…… 「見れはするけど、大分ボロボロだね。」 「これくらいのハンデは必要だろう?」 単衣の中から奴が取り出したのは普段僕が使うのと同じ打撃具。 ……面白いじゃないか。 「鬼ごっこは終わりにしよう。そろそろ飽きたんだ。」 「同感だね。」 服の中から馴染んだ武器を取り出す。 やっぱりこれが一番いい。 「鬼ごっこを終わらせる方法、知ってるかい?」 「当然じゃないか。」 ニィと笑うヤツに同じ笑いを返す。 そう。なら話は早いね。 続く… |