第二話






雲雀の家は昔から霊力の強い人間が多いのだそうだ。

彼等は陰陽師、霊媒師といったものにはならないけれど趣味の範囲で憑き物落としやら妖怪退治やらをしていた。

今から遠い昔、恭弥という雲雀家の少年がふらりとこの村にやってきた。

その頃、この村には悪霊や悪鬼が住み着いていて人は安心して暮らす事が出来なかった。

彼はそれらを倒し、英雄として扱われたという。

恭弥は占いや予知も得意で神の子と崇められていた。

しかし村に不治の伝染病が広がるとそれが一変する。

誰かが「あの男のせいではないか」といいだしたのが始まりだった。

元々人間は余所者や周りと違う者に対し畏れを抱くものだ。

その疑惑はあっという間に広がった。

彼らは恭弥を引きずり出し山奥で残忍な方法で殺害した。

死体は人の形を留めていなかったと言う。


そうして数年が経つ。

人々は伝染病の脅威も去り、雲雀恭弥という人間がいたことすら忘れて平穏に暮らしていた。

だがある日、一人の男が村外れで死んでいるのが見つかった。

背中に包丁が刺さった状態で。

つぎの日にはまた別の男。腹に杭が。

そして次にはまた別の男。首に斧。

10日経ち、やっと村人は気付く。

殺された人間は皆、恭弥殺害に関わっていた者達で、凶器も全て彼ら自身があの日手にしていたものなのだと。

これは恭弥の復讐だ。

彼らは怯え数々の霊能力者や巫女に助けを求めた。

しかし神の子と呼ばれた恭弥の力は凄まじく、百年以上、彼らは苦しめられることとなる。

やがて村は人がいなくなり、彼の復讐もやんだ。


しかし。


増幅された怨念はそんな事では収まらなかった。

時代は変わり、山も開拓され並盛町が出来る。

森のあった場所に学校が立つ。

人も集まり、昔ここに村があったことも誰も知らない。


だから、誰も気付かなかった。


学校が立つその場所が、渦巻く呪いの心臓部であることに。



* * * *


俺が二人の雲雀さんに会ったのは幼稚園の時だった。


父さんの仕事の都合で俺達は母さんの実家に近いこの並盛に越してきた。

そうして母さんの親友、雲雀さんのお母さんと偶然会い、雲雀家との交流が始まったのだ。

でも始めの半年、俺は一度も雲雀さんに会うことはなかった。

小さい頃、雲雀さんは体が凄い弱くて入院しっぱなしだったから家にいることの方が少なかったのだ。

初めて会った時も全然目を合わせてくれなかった。

雲雀さんは全然しゃべらなくてなんだかこの世の全てを諦めたような、そんな雰囲気を醸し出していた。


そんなある日、俺は雲雀さんのおばさんについてお見舞いに行ったことがあった。


「ちょっとおばさん先生とお話あるから二人ともいい子にしててね。」


と言っておばさんがいなくなった後俺は途方にくれた。

雲雀さんは相変わらずだんまりで俺はどうしたらいいか分からず椅子に座ってただ静かにしていた。

と、何かが動いた気がして窓を見る。

窓の向こうからじっと室内を見ている黒い服の綺麗な男の人。

その目には何の感情も感じられない。

その人がじぃっと雲雀さんを見つめている。

それがなんだか悲しそうに俺には見えて。

そんなとこで見てないで中に入ってくればいいのにと思ったんだ。

俺は窓辺に走りよるとカラリとガラス戸を開ける。


「?」


あれ?誰もいない。

パタパタ中に戻ると、やっぱり黒い人はいる。

でも外に出るといなくなっちゃう。

あれ?


「…何がしたいんだ?」


俺がずっとグルグルしてたから雲雀さんは我慢出来なかったみたいでイライラとそう尋ねて来た。


「お兄ちゃん、あの人ずっとこっち見てるよ。入れてあげなくていいの?」

「!!」


雲雀さんが目を見開く。

俺は訳が分からなくて窓に目を移すと目を細めて俺を見る黒い人と視線がかち合った。

どっと汗が吹き出る。

俺はとにかく怖くなってその場に尻餅をついて大声で泣いた。



後で聞いた、「雲雀恭弥」の話。

雲雀さんの家は並盛で「恭弥」を見張る為にいるのだと。

中学校に彼を封じた鏡があり、それを守る役目を負っているのだと。

雲雀さんは霊力が特に強いせいで「恭弥」に器にしようと赤子の頃から狙われていたのだそうだ。

体が弱かったのもそのせい。

鏡の世界を自在に行き来できる「恭弥」は雲雀さんの影となりずっと側にいて自身が殺された時の悪夢を見せ続けていたのだ。

だから雲雀さんは自分が長く生きられないものと思い人と関わるのを嫌った。


「困った…まさかツナくんが見鬼だったとは…」


雲雀さんから話を聞いた雲雀のおじさんは本当に困った顔で俺を抱き上げた。

見鬼は幽霊とか妖怪とか見える人の事で人外のものに狙われやすいのだそうだ。

祓う力があればいいけど無いと厄介なのだそうだ。

因みに後でこれも聞いたけど母さんの家系に見鬼が多いのだそうだ。

道理で婆ちゃんが御守りとか魔除けとかに詳しかったんだ…

俺が「恭弥」に会うまで何とも無かったのも婆ちゃんがいろいろ魔除けしてくれてたのが効いていたらしい。

俺が病院で「恭弥」に会った次の日、雲雀さんはあっさりと回復してその日に退院した。


「あいつもその子に気付いたよ。」

「だよな〜…お前から離れたのはいいんだけどツナくんが狙われるとは思わなかった…」


もう俺を一人にすると何が起こるか分からないとおじさんと雲雀さんはずっと俺についてくれている。

確かにあれから鏡の側にいるとゾクゾクして落ち着かない。

俺は鏡にまたあの黒い人を見た気がして雲雀さんにしがみついた。


「う〜ん…おじさんがずっと着いてるわけにも…」

「いいよ、父さん。心配ない。これ、僕が守ってあげる。」

「本当か!?」

「うん。でもその変わり。」


にこ〜っと笑った雲雀さんが俺のほっぺたを掴んでムニっと引っ張る。


「君、僕のオモチャね!」








続く…





←back■next→