第三話






「さあて、あれだけ言ってんのに御守り無くした理由を聞こうか?」

「ひはいはん、いらいれう。」


ムニ〜っと頬を引っ張られて俺はじたじたと手を振り回した。

わざとじゃないんですぅ〜!!

学校、遅刻しかけて近道したとき紐切っちゃったみたいで!!


「君がいないと気付いた時どんだけ肝が冷えたと思っているのさ?

しかも鏡に引き込まれただ?君、死にたいの?」

「ういまへん…」


リアル学校の怪談の後、俺は雲雀さんの家で正座させられていた。

今回ばかりは駄目かと雲雀さんも思っていたようで怒気がいつもの比じゃない…

今回はいろいろ悪条件が重なっていて俺もまさかあんな目にあうとは…

と思っていたらベチン、と頬を両手で思い切り叩かれた。痛い〜…


「ドジな君の為に御守りを作り直してあげたよ…明日からはこれをつけて学校に行くこと。」

「…ひゃい…」

「あと2時間正座。」

「ひゃい〜…」


* * * *


…なんて、このお子様が耐えきれるわけないんだ。

僕は畳の上で丸くなって眠る茶色の子猫の頬をぷにぷにとつついた。

僕が学校に行くまでの数時間、この子はあれ相手に逃げ回っていたのだから疲れきっているはず。

ま、仕方ないね。

この子は家柄なのか厄介な体質の持ち主だ。

霊力は大したことはないのだが魂と言うのだろうか、それが放つ力がとても強い。

それが見鬼の元となって人外のものを引きつけるのだが自身で力を引き出せない綱吉は一人で対処する事が出来ない。

人外の小さなアヤカシにくっつかれて小さい時はいつも泣いていた。

それだけでも面倒なのにこの子は肉体ごと霊レベルが高いく、『雲雀恭弥』しか行き来出来ない鏡の世界に体ごと行くことができる。

僕ですら幽体離脱しなきゃ入れないってのに。

お陰で何度あいつに拐われたことか…

くせっ毛を緩く撫でてやっていると部屋の隅の鏡台に黒い影が差す。

見れば、じぃっとこちらを見る学ランのもうひとりの僕。

僕は立ち上がると鏡に蓋をした。

これは綱吉と僕しか知らないが僕は写真でしか自身を見ることができない。

鏡は常にあの男が写りこむので僕は自分の顔を見れないのだ。

だから鏡は嫌いだ。

でも僕と綱吉を繋げたのも窓に写り込んだあの男なのだから少し感謝してやってもいい。

綱吉は相変わらずすよすよと寝息をたてている。

その腕には細い銀輪。

中に数本僕の髪を入れてある新しい『守り』。

これなら無くさない筈。


「綱吉…無事で良かった…」


君がいなくなったら…僕は。


* * * *


「やば!!遅刻!!」


う〜、正座の途中で寝ちゃったよ…

起きたらいなかったけど雲雀さん許してくれたのかなぁ?

俺はトーストをくわえて家を飛び出した。

肩にトンと何かが乗ってきた。いつもの事なので俺は気にせず走る。


『寝坊かい?ドジだね君は』

「半分はあなたのせいです…」

『朝ご飯はちゃんと食べないと…僕が殺す前に死なれちゃ困る。』


偉そうに人の肩でそういう小柄なヒマラヤン。

俺はトーストを飲み込むと猫を横目で見た。


「俺まだ死ぬ気はありませんから。あと恭弥さん、昨日御守りの紐切ったでしょう。」

『君なかなか鏡に近寄ってくれないからさあ。機会はやっぱり自分で作らないと。』


恭弥さんは学校から出ることは出来ないので自分の欠片を飛ばして外の世界を探っている。

その欠片の一つが雲雀さんの影、もう一つがこの猫だ。

この猫、何時の間にかうちに居着いていてすっかりペットになっている。

俺は正体知ってるけど両親は知らないから「キョウ」と呼んで可愛がっている。

呑気なもんだ…

雲雀さんは即座に気付いて俺の部屋に結界を張ってくれた。

俺と添い寝してるキョウを見てブチ切れたあの人はホント怖かった…


『早くこっちに来ればいいのに。綱吉欲しい。』

「痛いのは嫌です。死ぬのも。」

『なんで?一瞬だよ?それとも…僕が嫌いなの?』


そんな悲しい顔しないで欲しい。

嫌いだったらもっと楽ですよ…


「嫌いとは言ってません。死にたくないんです。」


ピョコンと尻尾が立った。分かりやすい…

校門に着くとキョウは上機嫌で帰っていった。

いつもキョウは学校まで付いてくる。

どうやら他の悪いものから守ろうとしてくれてるみたい。

外じゃ優しいのになんで学校だとあんなに怖いんだろ。

俺は本鈴の音に追い立てられながら校庭を走った。


* * * *


薄暗い、誰もいない校舎。

――つまらない。

その時、心地良い気配がした。来た!!

目を閉じるともう一つの、あちらの世界の校舎が見える。

廊下を走る綱吉が見えた。


「あはは…また遅刻?ホントダメな子だね…」


綱吉を追って窓を移動する。

あちらには僕は見えていないけれど、構わない。

もうすぐ、綱吉もこちらの人間にするんだから。

綱吉がいれば寂しくないし、もう他のヤツを殺して遊ぶ必要もなくなる。

ずっと二人でいればいい。

僕を唯一見てくれた君がいれば後は何もいらない。

君が大きくなるまで僕は待った。もういいはず。

この村の為に僕はいろいろしてあげた。

見返りを求めても許されるはず。


「早くおいで、綱吉。」








続く…





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