第四話 「君また遅刻したね…僕が起こしに行った方がいいのかな。」 真剣な顔でいう雲雀さんに俺は手と首をふって拒否を示す。 だってこの人の起こし方偶に永眠すんじゃないかって思うもん!! 鼻と口塞いでみたり、「5秒以内に起きないと咬み殺す」とか、腹の上に瓦重ねていって何枚まで耐えられるかとか! やめてくれって頼んでも「君の悲鳴面白いんだもん」ですまされるし!! 「結構です!!寝覚めはいいかもしれませんが朝から花畑を見るのは勘弁です!!」 「そうかい?ああ、そういえば君昨日、正座中に寝たよね。罰として今から応接室掃除ね。」 「ええ!!」 昨日の今日だから学校いたくないです!! そう訴えても「僕いるし平気平気」と返されてしまった。 確かにそうですけどぉ〜… ちょいちょいと掃除ロッカーを指さされ俺はしぶしぶ柄の長いコロコロとハタキを取り出す。 チラッと見ると机に向かって雲雀さんは電卓を叩いている。 やるしかないのかぁ… 窓を開け放ちパタパタとハタキをかけ始める。 「君、昨日なんであいつに引き込まれたわけ?鏡に近寄った?」 書類から顔を上げずに雲雀さんがそう尋ねてきた。 手は相変わらず高速で電卓を叩いている。 …器用だなぁ。 「実はよく分からないんです。」 「分からない?」 「はい。」 校舎東の二階と一階を繋ぐ階段の踊場にある大きな鏡。 それが俺の通れる唯一の扉だ。 その鏡が恭弥の封じられた呪具なので一番空間を歪ませ易いらしい。 どんな強力な御守りを持っていてもあの鏡の前では効果がないから、絶対に近づくなと入学当時から耳にタコができるほど聞かされてきた。 俺も自殺願望者じゃないし、一人の時は必ずあの鏡を避けて生活していた。 ところが。 「昨日、俺居残りだったじゃないですか。 帰るとき友達がトイレに行って、それを流し台の前で待ってたら一瞬辺りが暗くなって…気付いたら」 「鏡の中だった?」 こくりと頷く。 雲雀さんはペンを置いた。曲げた人差し指を唇に押し当て俯く。 ものを考えるときのこの人の癖だ。 「…最近、なんだか力を増してる気がするんだ…あいつ。」 「分かるんですか?」 「見て。」 雲雀さんが机に手をかざす。 始め、それが何なんだろうと思っていたけれど… 「…おかしいだろう?」 影が、無い。 そうだ。さっきから雲雀さんは窓を背にしてるのに、部屋の電気点けてないのに書類に影が落ちてない。 逆光なのに顔が陰になってない。 「学校にいる間だけなんだけど…最近やけに体が軽いと思ったらこれだよ。 影が無いから鏡の前に立っても何も写らない。」 「なんでそんな…」 「さあ。僕もだからなんだと思っていたんだけど。」 雲雀さんの背にある窓ガラス。部屋全体を写し出すそれに目を向ける。 ハタキを手にする俺はそこにいるのに、彼の背は写し出されない。 すう、と背筋を冷たいものが走る。 本当はこの部屋に俺一人しかいないんじゃないか、そんな恐怖が湧き上がる。 俺は翳されていた手を両手で強く掴んだ。 大丈夫だ、ここにいる。 「…ごめん、怖がらせたかった訳じゃない。」 「雲雀さん、消えませんよね?昔雲雀さんはあの人に体狙われてたって…」 「今は平気だよ。あの時とは違う。ただ…『恭弥』は鬼だから執念深い。 未だに僕の影を乗っ取ったまま返さないだろう?それに引きずられて影響は出る。」 ぽんぽんと頭を撫でられた。 昔から二人だけの時にしてくれる仕草。 …ちょっと落ち着いた。 「綱吉。これからは絶対に一人になってはいけない。例え一瞬でも。 君は昨日流し台の鏡から引きずり込まれたのかもしれないし、水場の不安定な気に呑み込まれたのかもしれない。 理由が分からないなら…そうやって気をつけるしかない。」 「はい。」 「だから今日から一緒に帰ろう。分かったね。」 「はい。」 「ってことで僕の仕事終わるまで掃除よろしく。」 「はい、って!」 そこに戻るの!? 今の流れでそこに戻るの!? 「この計算終わるまでに床終わらせないと明日ピンハ着て窓掃除させるよ。」 「嫌だ!」 「時間内に終わったら明日僕がメイド服着て君起こしてあげるよ。」 「それご褒美ですか!?遠慮します!!」 「わざわざ早起きして君が喜ぶことなんかするわけ無いだろ。君の嫌がりようがいいんだ。」 「やっぱ嫌がらせか!!」 そりゃ雲雀さん、俺のことおもちゃと言って憚らないけどさ… もっとこう、歪んでない愛情をもって接してはくれないだろうか… 「何を言ってるんだい、僕は君の事を実の弟以上に可愛いと思っているよ。」 「雲雀さん、一人っ子…」 「踏みつけて蹴飛ばしたいくらい可愛い。」 「おかしい!!おかしいよ!!可愛いと蹴飛ばすは繋がりないよね!踏みつけるって愛情表現!?」 「蹴ってコロコロ転がるくらいに可愛いって意味。」 どんなだ!! 続く… |