第五話






「!!」


この、感覚…昨日と同じ…

俺は目の前のブレザーにしがみつく。


「雲雀さ…来た…『恭弥』…」


カタカタ震える俺の手を握って雲雀さんが廊下の先を睨み据える。

カツンカツンと響く靴音。確かにそちらから音はするのに誰も…


「!!」


違う、いた!!

窓ガラスに学ランの人物が写り込む。

ゆったりと笑みを浮かべてこちらに歩み寄る。

なんで…現実にはいないはずなのに…!!

このプレッシャーは…


『迎えに来たよ、綱吉。さあ、昨日の続きをしよう?』

「僕は無視?ホントにムカつく鬼だね。」


雲雀さんが隠していた鈴のついた数珠を取り出す。

シャラシャラとそれを鳴らせば『恭弥』がたじろいだように足を止める。


「僕がなんの仕込みもしていないとでも?」

『まさか。そこまで君を舐めてはいないよ。』

「どうだかね…」


シャランと音をさせながら雲雀さんが一歩踏み出せば『恭弥』が退く。

あの銀の鈴は『恭弥』殺害に使われた凶器から作られているのだそうだ。

だからその音を『恭弥』は嫌う。

雲雀さんも本能的に嫌悪感が湧くらしくて普段は絶対に触らない。俺も嫌いだ。

でもそうは言ってられない事態になっているのも事実。


『…嫌なものを持ち出してきたね…』

「いい加減僕の影返してくれる?それと何度も言ってるだろ。これは僕のおもちゃだ。手を出すな。」

『違う、僕のだ。君こそいい加減返してもらうよ。』


首がヒヤリとした。恐怖に体が強張る。

これ、まさか…

振り返ると窓ガラスから生える無数の白い手。幼い子供の手だ。

それが俺を捕らえようと蠢く。

あまりの気味の悪さに叫ぼうとしたが声にならずひゅっと喉がおかしな音を立てた。


「…ぁりさ…ばりさん、雲雀さん…!!」


必死に雲雀さんにしがみつく。

お守りのお陰で俺に手は直接触れられないみたいだけど伸ばされてくる手にいい気持ちはしない。


「うざい!!」


雲雀さんが何かを白い手たちにぶつけた。

キラキラとしたものが散る。水晶の粉だ。

白い手がぶわりと蒸気のような靄になり消える。

雲雀さんは鋭い眼光を前方に向ける。

俺には窓ガラスに写った姿しか見えないけど…そこに『恭弥』がいるのだろうか。


「趣味悪いよ。」

『ほんの挨拶じゃない。』


シャラン…


『…耳障りだな、それやめてよ。』

「あなたが居なくなったら止めてあげる。」


シャラン、シャラン…シャラン…


鈴を雲雀さんがやむことなく鳴らせば『恭弥』の表情が歪む。

彼はぐらりと傾ぐ体を支え、雲雀さんを睨みつける。


『…分かったよ。今日は諦めてあげる。』

「とっとと消えろ、悪鬼。」

『可愛くない子孫だね…』


カツカツと足音を立てて『恭弥』が横を通り過ぎる。

姿は見えないけど、そこにいるのは分かる。

今まで鏡に引き込まれない限り感じなかったプレッシャー。

それがすぐ隣にいる。


カツン


え?

ふわりと暖かいものに包まれる感触。

窓ガラスを見れば『恭弥』に抱き締められていた。


「会いに行くから…待ってて。」

「!」


頭に響く声じゃない、現実の肉声。

突然腕を捕まれて引っ張られた。気付けば雲雀さんの腕の中。

雲雀さんが凄い形相で『恭弥』がいるあたりを睨む。


「失せろ。」


くすくすと笑いながらプレッシャーが消えた。

雲雀さんの腕の締め付けが強まった。


* * * *


月が今日は明るい。

一人の学校もなかなかいいよ…他の人間などいても煩わしいだけだ。

でもこの世界にもうすぐあの子がやって来る。

そしたら、ここじゃなくてもっとあの子に相応しいところに行こう。

ここは正直飽きた。


「くくっ…」


もう一人の僕も異変に気付いている。

元々あれは僕の器になる為の存在だったのだ。

あの子に会って、自意識が確立したようだけど不完全なのには変わりない。

僕に力が流れ込めばあちらは力を失う。

本当は乗っ取ってやっても良かった。

でも器が欲しかったのはつまらなかったから。

現実の世界でまた人を苦しめて遊ぶのが目的だった。

今はあの子を見つけた。あれがあればそんな遊びはいらない。

限りのある生は終わればまたここに閉じ込められるだけ。

あの子と過ごしても死んでしまえばそれまでだ。


逆にすれば永遠だ。


僕ではなくあの子がこちらに来ればいい。

もう一人が生きる理由を無くせばどうなるか分からないが、それもどうでもいいことだ。

目を閉じれば必死にあの子を抱きしめるもう一人が見える。

きょとんとした顔の綱吉。でもぽんぽんと背中を叩いてもう一人を落ち着かせようとしている。

今のうちにせいぜい甘えるがいい。

その手で触れられなくなる日はそう遠くはない。








続く…





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