第六話






玄関の扉を開ける。

そうすると絶対にいるんだよね…


「にゃああん」

「おかえりなさい、ツッ君。」

「………ただいま。」

「キョウちゃんの感はバッチリね。絶対ツナの帰る時間外さないんだから。」


ホントにね。

俺が家に上がると鞄に飛び乗るキョウ。

そのまま二階に上がる。


「お風呂沸かしてあるから先に入っちゃってね!」

「分かった!」


階下に叫んで自室に向かう。

俺の部屋に入る寸前にキョウが鞄から飛び降りた。

結界が張ってあるから入れないのだ。

俺が着替えを取り出す間にキョウは部屋の前できちんと座って待っている。


「…まさか風呂まで着いてくる気じゃないよね…」

「にゃあ。」

「猫のフリしてもダメですよ、入れませんから。」

『僕は同性の裸を見る趣味は無いよ。それよりこれ、お札剥がして。一緒に寝たい。』

「だ、だめです。」


小首傾げて可愛い…でも駄目。

猫のキョウは何の危険性もないの知ってるけど雲雀さんが怖い…

あの人気まぐれに俺起こしに来るから見つかったら…

イジメられる。絶対イジメる。


「絶対ダメ。ダメったらダメです。」


たしたしと尾が揺れる。

猫の表情ってイマイチ分かんない…


『…じゃあいいや。』


俺が部屋から出るとトコトコと後ろをついて来た。

…諦めが良すぎるのがちょっと…

まあ、キョウじゃ何も出来ないし。

洗面所に入って着替えを置く。

もう一度扉を開くとキョウを放り出す。


『チッ』


…油断の隙も無いんだから。


* * * *


…月が綺麗。

横になった状態で窓の外を眺める。

あいつもこれを見ているのだろうか。


「………ふん。」


寝返りを打って月に背を向ける。

月が綺麗だと思うのはあいつが好きだから。

一人でいるのが好きなのはあいつが人を憎んでいるから。

僕の感情も好みも全てあいつを写したものなのだろう。

僕の意志の筈なのに定められた全て。

だが腹も立たない。

そう決められているならそうなのだろう。

覆す気も起きない。


けれど綱吉は違う。

綱吉は僕が気に入ったんだ。僕のおもちゃだ。

あれで遊ぶと凄く楽しい。

あれじゃないとつまらない。

ちゃんと守ってあげるし泣かせたりしない。

そんなことしてあげるのはあの子だけ。

だというのに。

初めて手に入れた『僕の』ものなのになんであいつまで欲しがるんだ。


「……………」


目を閉じる。

無性に、綱吉に触れたくなった。


* * * *


「ふえ…?」


重い…すっごく重い…

…なんか乗ってる?


「んん…」

「起きた?」

「ひっ、んぐ…!」

「しー…」


雲雀さん…いつも気紛れだけど夜まで…

心臓悪いよ、金縛りかと思った…


「なんで…というかどこから。」

「窓開いてた。不用心だね。」

「………」


鍵取り替えよう。二つのヤツに。

どうやって開けてるんだこの人…


「今日はなんでまた…」

「なんか暖かいの抱いて寝たかったから。」


俺は抱き枕ではない。


「それと…寂しかったから…」

「!」

「…綱吉、顔赤いよ。」

「ひ、雲雀さんのせいです!!」


寂しいって!寂しいって何!?

さらっとなに恥ずかしい事言ってるの!

くすくす笑いながら雲雀さんが俺に腕を回す。苦しいくらいに抱きつかれて頬摺りされた。

偶にこうやって甘えて来るんだよなぁ…今日は何時もよりスキンシップ過多だけど。


「すっごくいいね、これ。小さくて柔らかいし、本当に暖かい。」

「いっつも言ってますよね…でも俺も大人になったら大きくなりますし筋張って…」

「ならないよ。」


雲雀さんを見上げる。

目を閉じて相変わらずお気に入りの人形にするように頬摺りをしている。


「綱吉はならない。」

「…それは俺が伸びないとでも?」

「その通り。」

「……絶対追い抜かす…」


ぼそりと呟いたら吹かれた。

分かんないでしょう!?俺祖先にヨーロッパの血入ってるんだから!!

もしかすると伸びないこともないかも知れないじゃない!!


「雲雀さんこそまだそんな大きくないし柔らかいじゃないですか。」

「うん、そうかもしれないね。」

「なんで『かも』なんですか…」


ブチブチと文句を言っていたらポンポンと背中を叩かれた。


「さ、寝るよ。子供は寝る時間だ。明日は起こしてあげるから。」

「自分が起こしたくせに…」


あ〜…でも今日は応接室の掃除で疲れたし…

瞼重い…


* * * *


「おやすみ。綱吉。」


小さな体を抱きしめる。

やっぱりいい。

君がいるととても安心する。

右腕を持ち上げ銀の腕輪に触れる。


「安心して眠って。大丈夫だよ、全てから君を守って上げる。

君を傷つける者、恐れるもの、君を醜くする「時」からも。」


腕輪を抜き取り握り潰す。

暖かな体温。

この熱を失うのは惜しいけれど…この愛らしい姿が残るならばそれでいい。


「大人になんてさせないよ…あれは醜い。君は僕と何時までも子供でいなきゃ…」


僕を殺した「大人」共。あいつらは汚い。

すがりついて助けを乞い、神だ恩人だといいながらあっさりと手のひらを返す。

あの時の情景を全て覚えている。

奴らの形相を、振り上げられた凶器を。

復讐に現れた僕に許しを乞う姿。

醜くて仕方がない。

君はあんな化け物にはさせない。

あちらの世界で大事に、大事にしてあげる。

ずっと寂しかったんだよ、僕は。

君に会うまでこんな感情は知らなかった。

今初めて触れた肌にその思いは一層強まった。


「君は僕のものだもの。もう返してもらわないと。」


綱吉の右腕にあいつの護符そっくりな腕輪を嵌める。

これで大丈夫…


「明日、迎えに行くからね…」








続く…





←back■next→