第七話






「んむ…」


重いよう…苦しいし。

目を開けるとのし掛かるように俺を抱き締めあげる雲雀さん。

マジで苦しいです…


「ひば…ひばりさ…おきて、起きてください…」

「ん…」


背骨がギシギシ言ってる…

体勢が変わっただけで起きる気配がない。

今度は自由になる頭で軽く頭突きもしてみる。


「ひ〜ば〜り〜さ〜ん!!起きて!!離してください、そろそろ限界です!!」

「んん…つなよし…?」

「ひゃ…!」


耳の後ろでそんな声ださないで!!ゾクゾクするから!

ホント寝汚いな、この人!!全然起きないし。

毎朝どうやって起きてるんだろ。


「もうちょっと…まだいいだろ…」

「耳…!耳は止めて!!も、ホントいい加減に!起きてくださいよおぉ!!!!」






『あら、おはよう。恭弥くん。』

『おはようございます。』

『昨日はお泊まり会だったの?言ってくれればお布団出したのに。』

『いえ、綱吉が一緒に寝たいと。』


言ってない。


『あらあら。ツッ君たら。いつまでも恭弥くんに甘えてちゃ駄目よ。』

『構わないですよ。綱吉は弟のようなものですから。………まだ。』



以上が朝パジャマ姿の雲雀さんを見た母さんと雲雀さんの会話。

いつどこから入って来たのかとか最早聞きもしない。日常茶飯事だから。

そして何が「まだ」なのかは知りたくない…

俺は学校へと向かう道を歩きながら隣の雲雀さんを見上げる。

…また欠伸してるし…


「雲雀さん、夜中窓から入るのやめてくださいよ…ホントに二重鍵のに変えますよ、窓。」

「それなんだけどさぁ。…………僕昨日どうやって君の部屋入ったんだっけ?」

「何いっ…」


いや…そういえば…

いつも雲雀さんが侵入した後は窓がガタガタになるのに、今朝はなんともなかった。


「…それはこっちが聞きたいです。」

「寝ぼけてたからなぁ…覚えてないんだよね。

君に夜這いをかけたのは確かなんだけど。」

「…抱き枕にされただけですっ!!語弊のある言い方しないで!!」

「そうだね…せめて15になるまでは耐えるべきか…」


とんでもねぇ!!

二重鍵の二重窓に変えて貰おう。うん、そうしよう…

一人で頷いていると雲雀さんに右腕を捕まれた。腕輪があることを確認してる。

いつもは腕輪が手首から抜けないのを確認すると離してくれるのに今日は眉を跳ね上げ何度も腕輪を撫でている。


「…雲雀さん?」

「……………」


カパリと腕輪の装飾を開く。中に雲雀さんの髪が数本入っている。

雲雀さんはその髪を見ると短く息を吐き出した。


「気のせいか。」

「へ?」

「なんか護符の気が変わってるように見えたんだけど…そんな訳ないね。」

「はぁ…」


気の抜けた返事をするとキッと鋭い目で見据えられる。


「いいかい、昼間でも気を抜かないこと。絶対一人になってはいけないよ。

本当は学校を休んでもらいたいけど…君の家も安全とはいえないからね…」

「は、はい!」


ちら、と雲雀さんが視線を向けた先には小さなヒマラヤン。

屋根づたいに付いてきてたんだ…


「…………」

「雲雀さん。」

「行こう。遅れる…」


* * * *


視界が切り替わる。

猫の目線からいつもの応接室へ。


「……気付かなかったようだね。」


それだけが心配だったんだけど。

…まあ、当たり前か。

「あれ」ももう一人の髪に変わりはない。

ただ僕の力が籠めてあるだけだ。

腕を翳せば窓に校内の様子が写り込む。廊下をあれと話しながら歩く綱吉。

以前はその場所に行かなくてはあちら側の事が分からなかった。

だが今はここから全てが見渡せる。

ここまで力が増したのもあれのお陰だ。


「…………」


どうしよう。

いつ迎えに行こうかな…今すぐは駄目かな?

いや、放課後まで待とう。最後だから。

どうやって会いに行こう。

驚かせたいな…怖いのは最後にするから。

でもあんまりイジメると嫌われるしね。

痛くないように殺さないと綱吉が可哀想だし…


「どうしよう…放課後まで待てないかも…」


生まれてきて初めてかもしれない。こんなにワクワクするのは。

まだ時計は「8」を指してる。

今日ほど時の流れがもどかしい事は無い…!


* * * *


「…………」

「どした?ツナ。」

「ううん、何でもない。」


なんか雲雀さんが気にするから俺まで腕輪が気になっちゃって。

くりくりと暇さえあれば回して確認してしまう。


「…でよ。」

「それはやりすぎだろ!なあ、ツナ。」

「え?」

「お〜い、聞いてなかったのかよ。俺のとっときの話〜。」

「ごめん…」


なんか今日、朝から落ち着かないんだよな…雲雀さんのせいかと思ってたけど、違う感じ…

俺は首を振って陰気な気分を払うと机に身を乗り出した。

気にするだけ無駄だ。今度は話に加わろう…


「んでさ、こいつ『(A)と(B)に塩酸を加えると(C)を発す』ってテストでなんて答えたと思う?」

「え、何?何やったの?」

「ぎゃ〜、やめて〜!バラさないで〜!!」

「キモっ!声高っ!!」

「『(おお)と(かげ)に塩酸を加えると(奇声)を発す』。ヤバくね?天才的だろ、イッソ。」

「ぶーっ!!マジですか!?」

「おおマジメですよ。しかも理科の坂下が青ペンで『俺的に100万点』って書いてたんだぜ!?」

「あっはははは!!凄過ぎ!!」


バシバシ机叩いて爆笑してたら誰かの呼び声。

立ち上がって辺りを見ると入り口に雲雀さんが立っていた。

目が合うと手招きされる。


「雲雀さん。」

「ちゃんと言い付けは守ってるみたいだね。」


今日は休み時間になる度に雲雀さんは俺の様子を見に来てた。

なんか朝のがまだ引っかかってるみたい。


「雲雀さん、今日も委員会ですか?」

「いいや、今日はすぐに帰ろう。なんか嫌な予感がするんだ…」

「………影、どうですか?」

「今日はなんとも無いね。ほら、あるだろ?」


足元を指さされ見下ろすと確かに雲雀さんの影があった。

でもなんだか浮かない顔してる…


「…雲雀さん?」

「何か落ち着かない…おかしいんだ…」


ネクタイを少し緩めて雲雀さんが呻く。


「…思い出せないんだ、どうしても。」

「?」

「僕が寝汚いのは知ってるだろ?寝起きのことは覚えてない事が多い。

でも改めて考えてみるとやっぱり変なんだ。

僕は昨日いつ君の部屋に行った?布団から出た覚えもないのに。」


…そうだ。

俺朝は弱いけどいつも怖い目にあってきたから夜中はちょっとした事でも目が覚める。

地震はもちろん、窓が開けば外の空気が触れたその瞬間にいつも目が覚めてた。

なのに昨日は雲雀さんが布団にのし掛かるまで目が覚めなかった。

目線を雲雀さんから廊下に移す。

窓に写る雲雀さんの背中。ブレザーじゃない、黒い学ランが風も無いのに靡いている。


『会いに行くから…待ってて。』


昨日、あの人にそう言われたのを思い出した。

…まさかね。そんなはず、無いよね…

俺の視線に気付いたのか学ランの背中が振り返った。

うっすらと嗤う口元。

首筋にひやりとしたものを落とされたような寒気。

俺は雲雀さんの体にしがみついた。


「綱吉?」


違う。そんな訳無い。

昨日一緒に寝たのは雲雀さんだ。そう、そうだよ。いつもの事じゃないか。

起きなかったのは疲れてたから。そうに決まってる。

雲雀さん、よく寝ぼけて物壊したりして覚えてなかったりするし。

俺は必死で自分にそう言い聞かせた。

そうしなくては不安で仕方なかったから。


「…もしかすると僕の体をあいつが」

「違います!そ、そんな訳無いじゃないですか。『恭弥』は学校から出れないんですから!昨日雲雀さん寝ぼけてたしっ…」

「綱吉…」


『恭弥』がクスクス笑っている。

昼間から現れることなんて無かったのに…

雲雀さんの制服を握る手に力が籠もる。

俺が背後をじっと見ているのに気付いたのだろう。

雲雀さんは俺の肩を掴み安心させるように柔らかな表情を浮かべる。


「…そうだね。気のせいだ、きっと。」

「雲雀さん…」

「綱吉、顔色が良くないね。今日はやっぱり帰った方がいい。父さんに迎えにきて貰おう。」


両手で頬を包むようにして顔を上向かせられた。


「そのまま僕の家に行くんだ。自分の家には行かないで。僕か…父さんがいいと言うまで出ては行けない。いいね。」

「…雲雀さんは、どうするんですか。」

「僕?やっぱり委員会の仕事してから帰るよ。かなり遅くなると思うけど大丈夫。」


肩を竦めて笑う雲雀さん。

…この笑い方は嘘をつくときの顔だ。


「分かったね?」

「………はい。」


嘘だと分かってるけど、雲雀さんの有無を言わさない口調に俺は頷くしかなかった。








続く…





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