第二十話





武具を相手に振り下ろす。

僕の一撃は相手の肩を直撃し、鈍い音と感触が振動で伝わる。


「――っ!!」


しかし、やったと思う間もなく飛来する仕込み鉤を屈んで避ける。

身を屈めた体勢を利用してもう一人に渾身の一撃を加える。

避けられるかと思ったそれは確かに相手の腰に決まり、何か嫌な音がまた伝わる。

一瞬よろめいたように見えた。

けれど『恭弥』はまったく意に介さない様子でトンファーを突き出してくる。


「……はっ……」


奴の攻撃を同じくトンファーで防ぐ。

さっきから骨が折れる感触はあるのに、『恭弥』は薄ら笑いを浮かべたままだ。

痛覚がないのは間違いないだろう。

人ではないのは重々承知してたけど、ちょっと狡くない?


「ねぇ。」

「……なに。」


拮抗する攻防の最中だというのに、『恭弥』は普通に話かけてくる。

この余裕綽々な感じが腹立たしい。


「鬼ごっこの終わらせ方だったっけ?」

「何の話。」

「君が言ったんじゃない、さっき。」

「……ああ。」


本当に何の話かと思ったけど、さっきのあれか。

なんで今そんなことを聞くんだか。世間話でもするつもりかい?

隠してる腕は本当に使えないらしく、『恭弥』は片手で応戦している。

両手の僕と互角ってどういうことだ、面白くない。


「君はどうやって終わらせるのかなって。」

「……随分余裕だね。」

「いや?実はそうでもないよ。」


本っっ当に世間話みたいな軽い口調。

トンファーをくるりと回し相手の顎下を狙う。

それを『恭弥』は仰け反って避ける。

……さすがに顔は避ける………


「!」

「危ないな。これ以上崩れたら誰か分からなくなるじゃないか。」


一瞬。

『恭弥』が顔を上げた一瞬。

長い前髪が持ち上がった瞬間、奴の隠れていた顔が見えた。


「………!!」








―――『死体は人の形を留めていなかったと言う。』―――









無意識に、口を抑える。

本当に無意識にだ。

今までいろんなものを『見て』きた。

作り物の映画やゲームなんか比ではないくらいに。

幼少時に幾度も見た『恭弥』に降りた凶行も目に焼き付いていた。

けれど、それは奴自身の目線だった。

だから『恭弥』の体がどんな状態だったかまでは知らなかった。




まさか、あんなに―――。





* * * *



「……これ、もしかして……」


『恭弥』が人だった時の……?

鏡の中で空を見上げる黒衣の人。

着物じゃなかったら、雲雀さんなのか『恭弥』なのか全然分からない。それくらいに『普通』の人だった。

冷たい鏡に手を触れる。

吐く息が白いから、多分冬なんだろう。

今見たお婆さんとのやりとりで分かる。

きっと一人暮らしのお婆さんを心配してたんだよね。

ぶっきらぼうだけど、暖かくて……人と一線を置いてるのに、繋がりを大事にしてる。

本当に、同じだ。


「?」


また、鏡が水面のように揺れ出した。

広がる波紋で向こうの景色が見えなくなる。

じっとそれを見ていると、波紋の中心からひょこりとヒマラヤンが顔を出した。

…………あれ、なんかくわえてる?


「キョウ?お前……」


キョウは鏡から出ると散歩から帰っただけといった風にいつも通り俺の膝に乗り上がった。

そして俺を見上げたキョウがくわえていたもの。


「……これは……!」


剥げてしまった金銀の装飾。

黒くこびりついた血の汚れ。

割れて半分だけになってしまった鏡面。

見る影もないけれど、僅かにある花の模様で分かる。

今、鏡で見たばかりの手鏡だ……!!


「にゃああん」

「キョウ……」


どうしてキョウが?とか、なんで俺に?とかいろいろ聞きたいことはあった。

あったんだけど………





『君が、持っていて』





そう、キョウの瞳が言っている。

懇願するような、祈るような、深い色の瞳で。


「……………」


手の中の鏡を見る。

ひび割れた鏡に俺の顔がいくつも映る。

その縁をなぞると、こびりついた血がぼろ、と落ちた。

……この血は、彼のものなのかな。

「あの時」も、この鏡をずっと持っていたのかな。

お婆さんとの約束を、あの人は最後まで守ろうとしてたのかな……


「………っ」


ぱた、と手に水滴が落ちる。

ぱたぱたと落ちるそれは割れた鏡にも落ちて表面を濡らす。


「……な〜」

「っく……う……ううっ…」


伺うような鳴き声。

でもごめんね、今は答えられないや。

いろいろ。

そう、いろいろ思い知ってしまった。


「う…ひっく…」



――『ほら、立って。泣いてないで。』――



「………っ」



―――あの人が『死んだ』と聞いた時、泣いてくれた人はいたんだろうか。



誰も、『恭弥』が生きてることには気付かなかった。

雲雀さん以外、誰も。

それは死んだかどうかすら、誰も確かめなかったということ。

『恭弥』はなんで誰にも言わなかったんだろう。

弱みになるから?

ううん、きっと違う。



きっと、知っても誰も喜ばないから―――



「な〜、な〜う」

「うん、うん分かってる。」


急かすように鳴くキョウを抱き上げる。

……行かなくちゃいけない。

でも少しだけ、自分勝手な理由だけど、もう少しだけあの人の為に……




* * * *


一瞬だけどひきつったように顔を強ばらせた相手から視線を逸らす。


―――しまった。見られたか……


前髪を軽く直して顔の半分を隠す。

力を蓄えてはいたけれど流石に完全には『殻』を修復できなかった。

そもそも活動が不可能なくらいにこの体が痛んでいたから別の次元にいたんだから。

鬼としての力だけならば、見て呉れに拘らなければ強力な器。

けれど今まではそんなものなくても大したことのない雑魚ばかりだった。

だから使わなかった。それだけだ。


「…………」


横目でもう一人を見やる。


―――見て呉れなんてどうでもいい。

そう、ずっと思っていた。

けれどこれと綱吉にだけはそのままの『殻』を見られたくない。

意地というか見栄というか……僕もまだまだ人間臭いとこあるんだ。


「顔色悪いよ、君。」

「………冷えてきたからね。風邪かな?」


空っ惚けてそう言うもう一人。

……まあ確かに寒くはなってきてるんだろう。

さっきまで感じていた気温はすっかり秋のものだった。

この体じゃもうその感覚はない。痛覚もない。


「風邪か……そういえば引いたことないな。体験してもいいかな、一度くらいなら。」

「やだよ。入院騒ぎになったらどうしてくれるの。」


相手が踏み込む。

懐に入ろうとするのを体を捩って避け、拐――彼と同じ武器――の先端から出した鎖を鞭のように振るう。


「心配しなくていいよ。入院ってのもしたことないから体験したいし。」

「遠足前の小学生みたいな顔しないでくれる、あげないし。」


鎖は飛んで避けた彼の代わりに木の幹に巻きつく。

もう一人と違い一本しか拐を持てない僕の動きが止まる。

その好機を相手が逃す訳がない。


「よっと。」


なんて、いく訳ないじゃないか。

くいと鎖を引けばあっさり根元から抜ける枯れ木。

それを相手に向かい放り投げる。

流石にこれは読めなかったらしいもう一人が目を見開く。


「!」


ちょっと「やったかな」とか思ったんだけど。

ざくざくって音がしたと思ったら二本の拐から垂らした鎖を風車のように回すもう一人。

枯れ木は真っ二つに折れてしまっていた。


「………わお。」

「ちょっとびっくりしたじゃないか……」


それはこっちのセリフだよ……












続く…





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