第三話






綱吉君がキャビネットの下から出てこなくなってしまった。

伏せてのぞき込むとうるうるした目でうずくまるハムスター。

僕と目が合うとビクリと震えて後ろを向いてしまった。

今は明るい茶色の毛玉が見えるだけだ。

あ〜あ、ぴるぴる震えちゃってまあ…


「綱吉く〜ん。出ておいで。

大丈夫ですよ、僕は普段は雑食ですから。

食べたりしませんよ。」

「ふえ…うええ〜…」


…駄目だ。怖がっちゃって僕の話聞いてない。


「ぐすっ…うえ、ひっく…獄寺く、えっ、ふえ〜…」


う〜ん、そこまで怯えるとは思ってなかったんですよね。

軽い冗談…いえ、本当に美味しかったんですが。

雲雀がいじめるからから…全く。

まあお腹がすいたら出てくるとは思うんですが。

…ここ、僕は入れなくても猫は通れるんですよね…

ほっておいて雲雀が綱吉君に気付いたら厄介だ…

仕方ない。


* * * *


俺このままここで死ぬんだ。

どうせ出ても天敵がいるだけだもん…

俺はボロボロ泣きながら丸まって自分の人生を振り返る。

店で面倒見てくれた山本って人優しかった…

獄寺くん短い間だったけど可愛がってくれた…

お隣のケージにいたバジルくん元気かな…

そんなこと考えてぐすぐすしてたらわふっと大きな手に鷲掴まれた。

ふえっ!?

びっくりしてる間に明るい所に連れ出されてしまった。

何?なんで?これ人の手…もしかして、獄寺くん!?


「はい数時間振り、綱吉君。

全く…奥にいるから引き出すの大変だったじゃないですか。」


……………誰?

俺を両手の平に乗せてくどくどと文句をいう人間。

見たことない人。誰?

俺は丸くなったままじいっとその人を見上げる。

そしたら親指でお腹ウリウリされた。じたばたしてたら今度は頬摺り。

何すんだ。


「クフ、本当に可愛い…獄寺の気持ちが判らないでもない。」


至近距離で見て気付いた。

この人目が赤と青だ。あとこの匂い…もしかして。


「骸、さん?」

「はい。」

「…人間?」

「いいえ、狼ですよ。正体はね。」

「?」

「僕も獄寺隼人と同じくアヤカシなもので。

ただ普段は楽なんで犬のふりしてるんです。夜は大抵人身に変化しますけど。」

「……食べない?」

「食べませんて。

僕は今は人と同じものしか摂取しないんです。

血の滴る肉とか見ても食べたいとは思いませんよ。」


こて、と俺はそこに尻餅をつく。

安心したら気が抜けた…

骸さんはそんな俺を指先でワシワシなでると肩に乗せる。


「大体僕がそんな危険なら獄寺が君を託すはずないでしょう。」

「だ、だって美味しいって言うんだもん!」

「本能ですから。食べる気ならがっぷり始めにいってますよ…

君小さいからあんまり獲物としては興味ないです。安心なさい。」


よかった。

安心してたらカラリと窓が開いた。

…そうだ…俺の本当の天敵は別にいたんだった…

雲雀さん帰ってきた…あううっ、あの人獄寺くんがペットじゃないから家にあんまり来ないって言ってたけど!!

入り浸りじゃないかっ!!

俺は身を固くして骸さんにぴっとりくっついた。



* * * *


「ふあ…」

「貴方、人間の時くらい玄関から入って来たらどうですか…」


うるさい男だ。

どうしようと僕の勝手だろうに。

のびしたら隠していた耳と尾が飛び出た。

いいや、この方が楽だし。

まだなんか言ってる狼を無視しようとしてヤツの肩に目を止める。

ん…。

骸の肩の上でハムスターが目をまん丸くして僕を見てる。


「…雲雀さん?」


チキチキ鳴いて首を傾げてる…可愛い。

猫の時は美味しそうにしか見えなかったのに。

今も美味しそうに感じるけどそれよりも可愛いという気持ちの方が強い。


「これ可愛い。」

「おや、君もそう思いますか?」

「ほわほわしてるし。」


指で首の下をうりうりとしてやると目を閉じてころんと転がった。

両手で持ち上げるとまだちょっとピルピルしてる。怖いみたい。

ふと僕はあることを思いついた。


「綱吉。」

「は、はい!」


チチっと鳴いてピンと背筋を伸ばす。

うん、いいね。可愛い。気に入った。


「雲雀…まさか貴方…」

「そのまさか。」


パチンと指を鳴らす。

ぽしゅんという音をたててハムスターが消える。


「ふえ?」


代わりに現れた床に座り込む人間の少年。

ハムスターの時と変わらず柔らかい茶色の髪と琥珀色の目。


「うん、我ながらいいね。」

「貴方ね…」


地を這うような骸の声を無視して綱吉を抱き上げ立たせる。

もちろん、服なんて着てないからタオルケットを掛けてやる。

綱吉は何が起こったのか分からずまだ目をぱちくりさせている。


「あれ…?」


ペタペタと自分の顔や体を触る。綱吉はピタリと動きを止めた。


「に、人間になってる…?」

「うん、人間だね。相変わらず小動物っぽいけど。」


小さいままだと遊べないんだもん。

可愛いけど殺しちゃうかもしんないし。

人間にしとけば少しは頑丈だろう。

こてんと首を傾げる姿はハムスターの時と同じで可愛らしい。


「アヤカシはこんなこともできるんですか?」

「ちょっと僕は違うけどね。」


不穏なものを感じて顔をあげると骸が綱吉を凝視している。

ペロリと舌なめずりしているのが見えた。

目が妖しく光る。

…………………あいつ人食いだったっけ?


「骸さん、俺どんなですか?」

「可愛いですよ?」

「…俺オスなんで、それ嬉しくないです。」


綱吉が振り向くといつもの胡散臭い笑顔に戻る。

でもやっぱ目がおかしい…

よく分かんないけど危ないから昼間はハムスターに戻すか…








続く…





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