第一話









スニーカーに足をつっ込みかかとを踏み潰さないようにして立ち上がる。


「いってきます。」

「はい、いってらっしゃい。気をつけてね。」


母さんに見送られて玄関を出る。

今日も生温い気温…気分が滅入るよ…

トボトボと重い足を動かして通学路を進む。


「痛て…」


後頭部が痛む…リボーンにガツンとやられたあとだ。

どうやら俺は1日学校をサボってしまったらしい。

でも昨日のあれはどこからが夢だったんだろ…

朝起きて、制服に着替えた。桜が部屋に飛び散っていて…とここまでは記憶通りだったらしい。

母さんが掃除した花びらがゴミ箱に入っていたから。

でも、その後俺は普通に登校時間に家を出ていた。二度寝なんかしてなかったそうだ。


「………はぁ。」


鞄を見やる。

中には弁当と教科書と…あの黒塗りの小刀が入っている。

なんとなく、家に置いておけなくて持ってきてしまった。

血は、勿論拭ってある。

…あれは誰の血だったんだろ…俺が、やったのかな…


『まあこの血の付き方、君も返り血を浴びてないようですしちょこっと斬れただけです、きっと。
殺人にはなってない筈ですよ……………多分。』


骸はああ言ってたけど…

つまりあいつは俺がなんかやったと思ってるわけか…なんかムカつく…

起こしてくれたのは感謝してるけど。

もし見ず知らずの人に見つかってたらと思うと…うう…

佐保神社が骸の散歩コースで良かった…


「10代目〜!!」

「!」


獄寺くん…朝から元気だなぁ…

挨拶を返そうと後ろを振り返り、彼の姿を見て俺は顔が強張るのが分かった。





獄寺くんの右の二の腕に、包帯が巻かれていたのだ。


「10代目、おはようございます!」

「獄寺くん…それ…」

「へ?…あ。」


指摘すると慌てて捲れていた半袖を引っ張っり降ろした。

そうすると包帯がギリギリ隠れる。

この慌て様………もしかして、この傷…


「それ、もしかして俺がやっ」

「ち、違いますよ!?これは決して喧嘩してついた傷とかじゃありませんから!
俺は10代目のお言いつけを破ったりはしてません!」


両肩を掴んで必死に弁明を始める獄寺くん。がたがた揺らされるから頭が…


「これはですね!え〜っと…そう!昨日窓ガラスで切ったんですよ。一枚割っちまいまして。」

「窓?なんで。」

「あの…ええと、つまり雲雀とやり合いまして。うっかり…んでその破片で切ったんです!」

「……喧嘩してるじゃん。」

「は!」


語るに落ちてるよ…

呆れていると獄寺くんがペコペコと謝り出す。

成長しないなぁ…でもこれが獄寺くんだしね。


「な〜にやってんだっ。」

「!」

「わ!」


のしりとした重みと首に回された腕。

気配無く忍び寄ってくるから毎回驚かされるよなぁ…


「やまも……!?」


首に回された腕を外そうとしてぎょっとした。




山本の左手にも、包帯が巻いてあった。


「てめぇ!馴れ馴れしく触んじゃねぇよ!」

「ん?ツナだけにやんと怒鳴るから仲間に入れてやってんじゃねーか。」

「誰がんなこと頼むか!!」

「素直じゃねーなぁ……ん?どうした、ツナ。」

「山本。この手…」

「ああ、それな!」


にこにこしたまま山本が手を引き抜く。

気のせいかも知れないけどちょっと強引だったような…?


「昨日、夕飯作ってたら手が滑ったんだ。んでざっくり。」

「すっぱりだろ。」

「ああ、そうそうすっぱり。」

「だ、大丈夫なの?」

「あ〜…しばらく野球は休みだけどな。大したことはねぇし。ひらじゃなくて切ったの甲だしな。」


甲?

俺、料理しないけど…手の甲って切るようなことあるのかな?

なんか釈然としないけど、モヤモヤしてる俺を余所に獄寺くんと山本はいつもの喧嘩(?)を始めている。


「ざっくりやった野郎は入院しやがれ!そして10代目の前から消えろ。」

「間違えただけじゃねーか。そうカリカリすんなよ。なっ!」

「っ…!!傷叩くんじゃねえ!!!!」

「あ?こっちだったか?悪いな!隠れてて分かんなかったぜ!」

「ワザとか、わざとだろてめぇ…!」

「お、花火。」

「ふ………朝から打ち上げてやろうか、この唐変木がぁぁ!!!!」

「ストーップ!!喧嘩するなって言ってるだろ!!」


学習しようよ、獄寺くん!!

羽交い締め…は体格上出来ないから組み付いて止める。

朝からダイナマイトは近所迷惑過ぎるよ!


「もう、君は傷治るまで暴れない!山本も煽らない!」

「はい…」

「煽ってるつもりは無いんだけどなぁ……あ、そうだ。ツナ、今日プールあんの知ってたっけ?」

「え。」


しまった。昨日学校サボったから…水着なんて持ってきてないよ!!

もう学校は見えてる。今からじゃ取りに行っても間に合わない。


「…は〜…しょうがないや水着忘れたら校庭何周だっけ…」

「俺の貸すぜ?」

「水着デカいよ…だいたい山本」

「俺は見学だって。」


山本がヒラヒラと手を振ってみせる。

そっか。怪我してたら見学…ってことは獄寺くんもか。


「10代目。なら俺のを」

「いいって。っていうか名札でバレるし。4週だっけ…大人しく走」

「君も見学。」

「!」


声の方を向くと門柱に寄りかかっている雲雀さんと目があった。

………ヤバ。昨日の今日だから鉢合わないように早く家出たのに!


「お、おはようございます、雲雀さん…」

「うん。」


…………………………あれ?

いつもと変わんない?

雲雀さんはトンファーを出すどころかポフポフと俺の頭を撫でている。

……………サボったの、怒ってない?


「顔色が良くない。こんな日にプールに入るならまだしも走るなんてもってのほかだよ。」

「はぁ…でも俺、全然どこも」

「そうしてください!10代目。雲雀の野郎に賛同するのはムカつきますが。」

「こんな炎天下中走んのヤだろ、ツナ。一緒に見学すりゃいいじゃん。」

「う、ん?」


二人に詰め寄られて頷く。

確かに、本音言うなら走らずに済みたいし…


「!」


ひらりひらりと目の前を飛ぶ白い花びら。

両手で挟み捕まえる。開いてみれば間違いなく桜の花びらだ。

なんで、ここに…?


「?10代目?」

「ツナ?どした?」


呼びかける二人の声より校内から風に乗って流れてくる花びらに意識が向いてしまう。

まさか…あれは、夢だったんじゃ…?

ふらふらと何かに誘われるように校門をくぐる。


「……!!」


白。紅がかった白が視界に広がる。

夢のままの光景。

校庭を囲うように植えられた桜が狂い咲いている。

生温い風に乗って花びらを次々と散らしながら。


「これ…」

「突然咲き出したんだよ。昨日、急に…ね。
どうやらこの怪現象、並盛町の中だけで起こっているらしい。……沢田?」


胸を押さえる。

痛い。胸が痛い。でも心臓じゃなくて…

頭がこんがらがる。

どこからが夢?どこからが現実?


「ツナ?」

「…ごめん、やっぱちょっとだるいみたい…先に教室行ってるね。」


二人の返事を聞かずに走り出す。

視界に入る不自然な桜が気持ち悪くて、怖い。


何か、変だ。

桜だけじゃなくて…何かが昨日からおかしい。


昇降口について、やっと視界から桜が消える。

ほう、と息を吐き出して靴をはきかえる。

上履きを取り出したところでポン、と肩を叩かれた。

振り返れば同じクラスの奴らだった。


「はよ、ツナ。」

「あ…おはよ。」

「お〜、沢田。今日は来たのかよ。」

「昨日はズル休みか〜?」

「あははは…」


まあ、似たようなもんだよなぁ…

クラスメートにニヤニヤと昨日の事を聞かれるのを適当に流す。

いい奴らだけどこういう時なぁ…


「お前今日は担任にお小言食らうぜ〜。廊下立たされたり…」

「げ…」

「んないじめんなって。獄寺に噛みつかれんぞ。」

「うわ!ごめんなさい、沢田様〜!」

「うざっ。」

「ぎゃはは、ツナ酷ぇ!」


馬鹿笑いしながらほっとする。

あ〜、なんだやっぱりいつも通り…


「……………」


そういえば。

ずっと感じていたおかしな感じ。

今、分かった。


俺が無断で休んだことをクラスメートは知っていた。



山本はともかく…なんで普段あんなにうるさい獄寺くんが何も聞いてこなかったんだろう…?



* * * *


走り去る10代目の背中を見送る。

いつもならすぐに後を追うんだけどな…

彼の人の姿が見えなくなってから風紀野郎に向き直る。

雲雀はこの暑い日差しの中、学ランを羽織っていた。


「…で、どうだったの。」

「何も覚えていらっしゃらないようだな。」


包帯を見たときの反応は気になったけれど…怪我の理由は納得されていたようだった。

…まあその方が都合がいいかもしれないが。


「でもなぁ…なんか疑ってたように思えんだよな。」

「10代目は勘が鋭いからな。」


雲雀が脇腹を押さえる。

10代目よりこいつの方がよっぽど顔色が悪いんだがな…


「あの子から目を離さないでよ。」

「てめぇに言われるまでもねぇよ。」

「だな。」

「分かってるならいい。」


話は済んだとばかりに雲雀が背を向ける。

俺らもすぐに昇降口に向かう。

10代目から目を離すわけにはいかないからな。



















時季外れの桜が校庭に降り積もる。

その風の音に紛れて



「『逃がさない』」



という言葉を聞いた気がした。










続く…





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