第二話









投げ出していた手に置かれたもの。

黒塗りに桜の絵が描かれた脇差し。

それを見て俺は飛び起きた。


「これ…」

「あげる。そういう約束だったでしょう?」

「でもこれは!」

「いいの。もう、必要ないから。」


そう言って笑う人。

嘘。だってこれはあなたの宝物じゃないか…

そうやって俺を元気づける為にこの人は全てを差し出してしまうんだから…

俯いて刀を見つめているとポン、と頭を撫でられた。


「違う。宝物はね、ここにある。」

「え…」

「この手になくても、離れていても。君が幸せならそれでいい。
私のたった一つの宝物。君が笑っているのが私の幸せだから。」

「あ………」


優しい笑顔。

涙が出て止まらない。

俺も同じだって伝えたいのに、涙のせいで声が出ない。


「泣かないで。笑って?ねぇ…―――」












* * * *


「10代目?」

「!」


………あれ?

俺今寝てた?もしかして。


「大丈夫ですか?」

「う、うん。ちょっとボーっとしてただけだから。」


軽く頭を振る。

視界には夕暮れの通学路。うん、現実だ。

って歩きながらうたた寝してたのか、俺…


「10代目、やっぱり明日は休まれた方が…」

「どこも悪くないのに?熱も無かったし、大丈夫だよ。」


獄寺くんも山本も朝からそれの繰り返し。

顔色が悪いとかなんとか言って…でも他の連中は「いつもののほほん顔」だって言ってたし。

ホント、変なの。


「じゃあね、獄寺くん。」

「はい。明日お迎えに来るまで待っていてくださいね。」

「うん。」


う〜ん、過保護だなぁ…平気だって言ってるのに。

門を開けて中に入る。チラリと後ろを向けばまだ獄寺くんはそこにいた。

…俺が家に入るまで待ってくれてるんだろうけど…なんだか見張られてるみたいだ。


「じゃあ。」

「はい。では失礼します。」


扉を閉める前に小さく手を振る。

去っていく背中を細く開けた隙間から見送って扉を閉める。


「はあ…」

「おかえりなさい。」

「ただい」


反射的に返そうとしてはたと気づく。

待て待て。

なんで男の声がするんだ、この家で。

靴を脱ぐために下に向けていた顔をゆっくりと上げる。

目に入ったのは人の反応を楽しむようににやにやと笑う顔。


「ただいまはちゃんと言わないと、つっくん。」

「つっくん言うな!つかなんでいんだ、お前!!」

「今日からお世話になります。」


ぺこりと頭を行儀よく下げる相手――骸に俺はぽかんとした顔を晒してしまった。


* * * *


視界がぼやける。目を酷使し過ぎたか…

目頭をもみほぐしながら書類から顔を上げる。

窓の外には夕暮れの校庭に不自然な桜。

ずくりと痛む脇腹を抑え立ち上がる。

窓を開ければ風と共に花びらが吹き込む。


「………」


一枚、花びらを拾い上げる。

桜は昨日から積もるほど散っているのになくなる素振りを見せない。

…やはり、ここ最近見ている夢に関係しているのか…?

内容はいつも違うのに必ず満開の桜が出てきていた。

そしてもう一つ……


『桜は好きですか?』


夢の終わりに聞こえる声。

振り返ったところでいつも目が覚める。

相手の姿は見えないがあの声は知っている。


「っ…」


…かすり傷なのに…今日は傷がよく痛む。

窓を閉め室内に向き直る。

机の上には残り半分を切った書類の山。

とっととを終わらせてしまおう…そうして狩りにでも出ればこの気分も少しは晴れるだろう…


しかし机に到達する前に僕の予定は崩れ去ってしまう。


バン!


「恭弥〜。邪魔するぜ!」

「……ちっ。」


扉を乱暴に開けて入ってきたのは僕の師を自称する金髪の異人とその付き人。

…本当に邪魔なんだけど。


「なんだよ、その反応は…久しぶりに会うんだから嬉しそうにしろよ。」

「エイプリルフールにならやってあげるよ。」


相手するのが面倒くさい…

早く出ていけと舌打ちをしてもどこ吹く風で跳ね馬は窓の外を見ている。


「そういや外凄いことになってるな。お前がやらせたのか?」

「……まあね。」


造花か何かだと思っているんだろう。

説明しようがないし、する気も無い。だから適当に頷いておく。

それよりなんで日本にいるのか、跳ね馬男。


「勿論、お前に逢いに」

「うざっ。」

「来るわけねぇだろ。日本に用があったんだ。
だから可愛い弟分と…ついでに可愛くねー弟子の顔見ていこうかと。」

「じゃあもう見たでしょ。出てけ。」


傷が疼く。

僕は今あなたの相手をしている気分じゃないんだ。

そう態度で示してみても相手はヘラリと笑ったまま出ていく素振りを見せない。

……もういい。

無視だ、無視。飽きたら出てくだろう。


「待て、恭弥。」

「…なに。」


侵入者らに背を向けると二の腕を捕まれた。

…気安く触らないでよ。

振り払おうとすると肩にかけていた学ランを取られた。


「返せ!」

「暴れるなっての!」


トンファーを振り上げるもムカつく武器で受け止められた。

限界だ。もう無理。

部屋から、いやこの世から排除してくれる…!

けれど僕の怒りを余所に跳ね馬は「やっぱりな…」と溜め息をつく。


「不自然に腹庇ってるからおかしいと思ったぜ…お前その傷どうした?」


気付いたか…目敏い男だ。

学ランを奪い返し包帯の透けるシャツを隠すように羽織る。


「あなたには関係無い。」

「関係無いってな…そんな顔色で意地張るんじゃねぇよ。大体俺はお前の」

「勝手にあなたが名乗っているだけだ。僕は認めてな…」


何気なく見た窓。

暗くなりかけたガラスは鏡のように室内を写し込む。

僕、跳ね馬、その部下。

そして……扉の隙間から顔を半分出して笑っている――


「!?」


入り口を振り向く。――いない。


「おわっ!?」

「どうした!?」


侵入者らを押しやり応接室から飛び出す。

しかし暗くなりかけた廊下は静まり返り人がいた形跡は無い。


「…………」


また痛み出した傷を抑える。

昨日といい、今といい…一体何なのだろう?


* * * *


「出られない!?」

「声が大きい。」

「あ、ごめん…」


窘められて口を塞ぐ。

でもこの時間のファーストフード店は学校帰りの学生で溢れているから賑やかだから誰も聞いてないと思うけど。


「じゃあお前、昨日あれからどうしてたんだよ。」

「千種たちといろいろ試してました。
その結果出られないのは僕だけだと判明しましたよ…
千種と犬は普通に並盛町に出入り出来たのに僕だけは出られない。黒曜町だけでなく街の方面でも確かめましたがやはりダメでした。」


骸は他人事の様に淡々とした口調でアイスティーの氷をストローでつつき回している。

冷静過ぎるぞ、お前…!もっと慌てろよ!


「そう言われましてもねぇ…命が狙われているわけでもありませんし。出られないだけですから。」

「普通は慌てるぞ…出られない時点で。」

「宿は確保しましたし問題ないです。」

「宿かよ、うちは…このややこしい時期に並盛まで呑気に散歩なんかしてるからこうなるんだぞ…」


黒曜で大人しくしてるの条件で水牢出された癖に自覚が足りないんじゃないか、こいつ。

…まあなんか和むというか…丸くなったよな、骸も。

しみじみとしながらストローを吸い上げる。強めの炭酸が舌の上で弾ける。

まさかこうやってファーストフード店で向き合ってドリンクを啜る日が来るとはなぁ…


「それ、嘘です。」

「…は?」

「佐保神社が散歩コースと言うのは嘘です。」

「はあ?」

「僕が君を見つけたのは偶々ではありません。まあ、実は半信半疑だったのですが…」

「何が…」

「ぎゃはははは!!」

「でさ〜。」


骸が言い澱むから問いただそうとしたら、俺の後ろの席にいる女子高生の笑い声で遮られた。

どっから出てるんだろうね、あの甲高い声…

呆れながら正面に向き直るとぐしゃりと紙コップを握り潰して無表情で額に青筋を浮かべている骸が。


「…骸?」

「気が散りますね。ああいう喧しい生き物がたむろする所は。場所を変えませんか?」

「う〜ん…でも喫茶とかは高いし…」

「君の家でいいですが。駄目な理由でも?」

「うちにも負けず劣らずカマビスしい生き物がいるけど…」

「なら君の部屋にすればいい。鍵は付いていないのですか?」


付いてることには付いている。でもな…

そもそもなんで俺たちが外で話してるかと言えばリボーンに追い出されたからだ。

これから優雅な昼寝タイムだから出ていけときた。

…あそこは俺の部屋の筈…なんで居候に追い出されてるんだ、俺…

そう告げると骸は物凄く可哀想なものに対する目で俺を見て溜め息をついた。


「弱いですね、君。いっそ哀れにすら感じます。」

「うっさいぞ…でも流石にリボーンも看病疲れしてるだろうし寝れるときに寝といた方がいいと思うし…」

「?誰か病人でもいるのですか?」

「うん。ここんとこ気温の変化が激しかっただろ?それでビアンキが倒れちゃって。」


夏風邪というか夏バテというか…

3日くらい前に突然倒れてそれからずっと眠ったままのようだ。

弱った姿はリボーンにしか見せないって言い張ってたから実際には見てないけど。

最近はリボーンも眠そうにしてたし…


「…………………」

「どうかしたか?骸。」

「毒サソリ…と言うと獄寺の姉でしたよね。」

「うん。」

「…アルコバレーノと話がしたい。君の家に戻りましょう。」


骸は俺の腕を掴んで立たせるとぐいぐいと引っ張っていく。

…突然どうしたんだろ?


「骸?」

「クロームもです。」

「何が?」

「三日前から昏睡状態。偶然かもしれませんがクロームもそうなんです。」

「え…」


偶然…?

俺が驚いて足を止めると骸が真剣な顔で振り返る。


「…昏睡状態になる数日前からあの子はおかしな夢を見ていたらしい。」

「ゆめ…?」

「長い階段の神社。満開の桜。
そしてその木の下で立ち尽くす人物。手には血塗れた刃物。
その人物が振り返ろうとした瞬間に目が覚める、と言っていましたね。
まさか正夢だとは思わなかった。」

「…………」


まさゆめ。

声に出さずに唇だけで象る。

起きないビアンキ。

予知夢を見るクローム。

おかしくなったのは昨日よりもっと前…?

おかしくなったのは桜のせい?


『君は桜は好きかい?』


夢で問われた言葉が蘇る。

ぼんやりと『気味が悪い』と今なら答えたな…と骸に引きずられながら笑ってしまった。












続く…





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