第三話









「っ!?」


カッと見開いた目に移る見慣れた天井。

確かめるように肩の傷に触れる。力を入れれば走る痛み。


「は…っ」


現実だ…間違いない…

まだ大丈夫だ…まだ戻ってこれる…

ベッドから身を起こしキッチンへ向かう。

冷蔵庫から買い置きの缶コーヒーを取り出す。

あの夢から、桜から逃れられないなら…眠らなければいい。


「ぜってぇ寝ねー…」


* * * *


「リボーン?おい!なあリボーンってば!!」


遅かったか…

無礼を承知で入った毒サソリの部屋で眠ったままの彼女の隣に倒れているアルコバレーノを発見した。

そんな予感はしていたが…アルコバレーノまで昏睡状態になるとは…


「リボーン!!冗談だろ!?なあ!」

「落ち着きなさい、沢田綱吉。ただ眠っているだけの筈ですから。」

「でも…」

「クロームは対話はできませんでしたが夢は正常でした。同じ症状ならば問題は無いはずです。」

「そんなのどうやって…」

「僕が確かめますよ。」


不安になるのは分かる。

千種と犬も何度もクロームの部屋を覗きに行っていましたし。

毒サソリとアルコバレーノの額に手を当て瞼を閉じる。

僕の予想が確かなら…二人とも同じ夢を見ているはず…

体が浮く感覚。何かから抜け出たような開放感の後に、温い大気に包まれた不快感がやってくる。

人の夢に潜るときはいつもこうだ。

しばらくして裸足の足の裏に土の感触。目を開ければ予想通りの風景。


ザアアアァァァァァ…


一面の桜、桜、桜。

やはりクロームと同じだ…どこまでも広がる花霞。

夜闇に浮かび上がる薄紅の花々。

美しいのにどこか不吉な…













「桜は好きですか?」













「!」


背後で聞こえる声。これは…

振り返るとだれもいない。

こんなことは、あの子の夢では起こらなかったのに…

声の主を探して辺りを見渡す。…やはり誰もいない。


「!!」


一歩足を踏み出したところで顔の両脇から伸びてきた手に視界を塞がれた。

くすくすと笑う声がすぐ後ろからしている。


「見ぃ〜つけた…」


ひんやりと人では有り得ない体温に嫌悪感が募る。

その手を叩き落とそうとするもぴったりとくっついて離れない。


「くっ…!!」


腕をつかみ引き離そうとしてもびくりともしない。

肌が粟立つ。このっ…!!


「ろ…くろ、骸っ!!」

「っ…!」


夢の接続が切れる。

唐突に切り替わった視界に瞬きを繰り返す。


「骸!!」

「…ボンゴ…レ?」


慌てた声を出す少年。

何をそんなに…

ふとを振り上げたままの腕が目に入る。辿っていくと…三又の短剣が。


「…何故にこんな物騒なものを僕は持っているんでしょうか。」

「骸?ふ、普通に戻った?」

「正気かと聞かれれば正気ですが。」


剣を消すとボンゴレはようやく安心したらしい。

全身の息を吐き出して体の力を抜いた。


「何が起こったんですか?」

「分かんないよ!いきなりお前が掴みかかってきて…」

「それでこんな体勢に。」

「そーだよ!いい加減退け!!」


じたばたと僕の下で暴れる沢田綱吉。随分と活きがいい。

馬乗り状態のままでそんなことを考えていたら彼はくるりとうつ伏せになり自力脱出を試み始めた。

…そんな嫌がらなくてもいいじゃないですか。


「ああもう!いきなり倒れるから心配したんだぞ!だってのにいきなり怒鳴るし刺そうとするし!」

「僕が、ですか?」

「他に誰がいるんだよ!」


…僕が、他人の夢に引きずられた?

そんな馬鹿な…アルコバレーノであろうとたかが人間に僕が夢で負けるはずが…


「おい!」

「はい?」

「だから、二人は大丈夫だったのか?夢、覗いたんだろ?」

「ああ、クロームと同じ状態で…」


いや、違う。

同じではなかった。

桜に囲まれていたのは同じだ。けれどその後……


「ん?」

「なんだよ。」

「……………………………………思い出せません。」

「は?」

「何かあったんですが思い出せません。」

「はあ!?」


そんな責めた目で見ないでくださいよ…

僕だって不測の事態だ。たかが人の夢に記憶を消されるなど。


「リボーン達に何か…」

「そういうのでは無かったと思うのですが…と失礼。」


学ランのポケットから震える携帯を取り出す。

…着信?犬か。こんな時に…


「はい。」

『む、むむ骸さぁん!』

「どうかしましたか?」

『ど、どうしよう、俺どうしたらいいれすか!?』

「?」


なんでしょうか。

普段から落ち着きの無い犬ですが…


「まず落ち着いて要点を話しなさい。」

『骸さんの、命令通り髑髏交代で看てたんれす。
そしたら柿ピーが眠ってて、れも起こすと怖いからほっといたんれす。
そしたらずっと寝てて、いい加減起こそうとしたろに叩いても反応しねーんれす!
息してんれす。心臓も動いてます。でも目開けないんれす!』

「…………………」


千種が…?

クロームに毒サソリ、千種…やはり、偶然では無いのだろうか…

まだ電話の向こうで慌てている犬に千種とクロームを連れて来るように指示をして通話を切る。

犬だけでは不安ですし、自分の仮説を立証するためにもそれがいい。

もし僕の思った通りなら…犬もいずれは。


「どうしたんだよ?」

「千種も昏睡状態になったそうです。」

「え…っ!?」

「一体どうなっているんですかね…こう次から次へと…」


不快だ。

何者の思惑かは知らないが…この六道骸を翻弄するとは…実に不快だ。


「骸?」

「少し出てきます。」


じっとしていても事態は好転しないだろう。

まずはクローム達の夢にある場、例の神社から調べるとしよう。


* * * *







「本当に!?本当ですか!?」

「僕の言うことが信じられないの。」



首を横に振って否を示す。

だって、だってずっとそうだったらいいなって…

どうしよう…スッゴく嬉しい!


「何笑ってるの、さっきまでピーピー泣いてた癖に。」

「だって、だって!」

「ちゃんと帰ってくるよ。少しの間だけじゃないか。」

「…はい!」


ぽふぽふと撫でてくれる手が気持ちいい。

我慢できなくて飛びつくとクスクスと降る笑い声。


「いくつになっても甘えん坊だね、君は。」

「兄様に、だけだもん。」


大好きなあなただから。

どうしよう、幸せだ…すごい、幸せ。

早く、早くあの人にも話してあげたいな。


「ね。約束だよ。僕が帰ってきたら、君を本当の弟にするよ。

僕は君がいい。他の人間は嫌だから。」

「はい…はい!!」


少し意地悪な、でも優しい笑顔。

俺だけが知ってる表情。


大好きなあなたとずっといられるならそれ以上の幸せなんて無いって、思ってたんだ。









* * * *

扉を開けると規則正しい呼吸音が聞こえてきた。

中を覗けばベッドの上で子犬のように丸くなって寝ている少年。


「なんだ、寝てんのか。」


せっかく顔見に来たのになぁ…

いや顔は見れたけどどうせなら起きて笑う顔が見たかったな。

恭弥んとこ先に行くんじゃなかったぜ。

くうくうと眠り続ける子どもの顔を覗き込んでそう愚痴ると部下たちに笑われた。


「フラフラ寄り道して浮気してるからだぜ。」

「そうそう。ボスの目的は坊主より飯だろ?」

「お前らなぁ…」


そういう目でオレを見てたのかよ…

しっしと手で追い払うと「ごゆっくり〜」と態とらしい礼をして部屋を出て行った。

ったくよ…


「……き…」


なんだ?

ツナを見れば小さく唇が動いている。

寝言か?どんな夢見てんだかな…

むくむくと湧いてきた悪戯心。寝言を後でからかってやろうとツナの口元に耳を寄せる。


「…そ…き…」

「…………」

「………んぅっ…」

「!」


…やべ、ゾクッときた…

突然色っぽい声出すなよツナ…なんか息使いも婀娜っぽいぞ…

耳にかかる息に慌てて身を起こそうとすると引き止められる。

首にかかる腕。ツナを見れば目を開けてくすくすと笑っている。

…起きてたな、ツナ…からかうつもりが一杯食わされた…


「ふふっ」

「ツナ…最近リボーンに感化されてきただろ…」


ぶらんと首にぶら下がる子どもの背をぽんぽんとたたく。

よっぽど悪戯が成功したのが嬉しかったのかツナはくすくすと笑い続けている。


「でぃーの、さん。」

「ツナ、こら重いっつの。」


子犬にじゃれつかれているみてぇだ。

ほんっとに可愛いなぁ…あっちとは大違いだぜ…

弟ってのはこんな感じなのか?なんだかくすぐったい…

笑いながらふと上げた目線にキラリとしたものが写る。

窓ガラスに写ったツナの手に銀色の刃。それが振りかぶる――


「!!」


無理矢理細い腕を引き剥がし押さえつける。

相手はツナだとか、考えるより先に体が護身の為に動いていた。

その手から凶器を奪おうとして我に返る。


ツナの両の手には何も握られてはいなかった。



「…でぃーの、さん?」


仰向けに抑えつけられきょとんとした顔のツナ。

いつも通り、何もおかしい所は無い。

……見間違えか?


「…勘弁してくれよ…」

「?」


ツナの上に突っ伏す。

疲れてんのか?オレ…恭弥や他の人間を見間違えるならまだしも寄りによってツナに刺されるわけないだろ…

ぽんぽんと叩かれる背中。顔を上げれば可愛い弟分の心配げな顔。


「なんでもねぇよ。そんな捨て犬みたいな顔すんなって。」

「疲れて、ますか?」

「かもな…このまま寝かしてくれ。」

「重いです。」


ぐりぐりと顎に頭をすり付けると「ふぎゃ!」という悲鳴があがる。


「でぃーのさん、おっきい我が儘な犬みたい!」

「ほ〜う。」

「きゃふ!くすぐったい〜!!」


きゃっきゃっとはしゃぐツナを捕まえていつものじゃれあいを始める。

その頃にはオレはすっかりとさっきの不穏な出来事など忘れていたのだ。



























この時、床に落ちていた抜き身の刃に気付いていたなら。

並盛町の変異に気付いていれば…



そう、オレ達は後に後悔することになる。












続く…





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