第四話









「――相応しいのは見つけている。」


誰かの話し声で目が覚めた。

視界一杯に広がる藍の空と花霞。

……オレ、また神社で寝ちゃったのかな?


「大丈夫。あとは時間の問題だから。少しかかるけれど」


起き上がると体の上に降り積もっていた花びらがパラパラと落ちる。

…どんだけ寝てたんだろ、俺。

頭ボーっとするし…体痛いし。

頭を振ってもまだクラクラする…額に手を当てようとしてギョッとする。

また右手にあの小刀があった。

でも…今度は血は付いてない。


「いや、あれは駄目。確かに同調は出来るけれど――」


…さっきから、何をしゃべってるんだろ…どっかで聞いた声なんだよな。

知り合いかな?でも違ったらな…

取り敢えず手に持っていた小刀をその場に置く。

…鞘が無い刃物なんか持ってたら絶対誤解されるし。

そろりと木の幹から声のする方角を覗き見る。

境内の一番奥に植えられた一番大きな桜の木。

その下に赤い派手な着物を羽織った人物。花の重みでしなる枝が邪魔をして顔は見えない。


「あの男しかいない。いい時期に接触してくれたものだね。」


…木の上にもう一人いるのかな?上に向かって語りかけている。

花がすごくて全然姿が見えないけど…


パキッ…


「!」


覗き見るのに夢中で足元が疎かになっていた。

枝か何か踏んだ!静かだったからあっちにも…

目線を上げれば明らかに赤い着物の人物がこちらを向いている。

何をしていたわけでもないけれど、なんだか見ちゃいけなかった気がして慌てて鳥居に向かって走る。


「待って!」


後少しで階段に着く、というところで呼び止められた。

怒られるかな…とビクビクしながら振り返る。


「!」


目の前に赤い着物。あんなに距離あったのに!

俺が驚いていると右手を掴まれ手の上に何かを乗せられる。


「忘れ物だよ。」

「あ…」


桜の小刀。鞘にちゃんと収まってる…さっきまで見当たらなかったのに。

でもこれ、俺のじゃないし…

そう言おうとして相手を見上げる。


「!」


* * * *


「ぷはっ!!!!」

「1分。意外と保ちましたね。」


な、なんだぁ!?

ぜぇぜぇと口で息をしながら目を瞬かせる。

俺の鼻を摘んで腕時計を確認する骸。何が起きたのか合点がいった。


「お前なぁ!!普通に起こせないのかよ!」

「あまりに気持ち良さげに寝ていたので起こすのが忍びなくて…」

「死ぬよ!呼吸器官塞がれたら死ぬ!殺す気か!?」


骸の胸倉を掴んで揺さぶる。永眠したらどうしてくれる!

けれど憤る俺を相手に骸は至極真面目な顔をしている。


「叩いても起きなくなる、そう犬が寝入る前に言っていたものでね。だが君は間にあったようだ。」

「え…?」


独り言のように呟きながら骸が床に座り込む。

ぐしゃぐしゃと髪をかきむしる姿は苛立たしげだ。


「骸…?」

「犬も昏睡状態です…今は空き家に三人を寝かしていますが…くそっ…」

「………」


こんな余裕のない骸、初めてだ。

でも当たり前だよな…家族に何かあったら誰でもそうなるよな。

しかも自分は身動きが取れないんだから…

かける言葉が見つからない。頭を抱えている骸の隣に座る。


「なんでもいい…何か、覚えていませんか…?」


ぽつりとうずくまったまま骸が呟いた。

それが縋るように聞こえて、俺は記憶を手繰り寄せる。


「…俺、夢で神社にいたよ。桜が満開の。
骸に見つかった時みたいにまたあの刀持って倒れてた。」

「…やはりあの神社に何かあるようですね。」

「うん。そう思う。それと、そこで誰かに会った。」

「!」

「顔は覚えてないんだけど…赤い着物羽織ってて…知ってる人だったような気がする…」


声も…今は思い出せないけど聞いたことがあった気がする。

とても優しかった…掴まれた手も暖かくて…


「…綱吉くん」


俺がぼんやりとその感覚を思い出しているととんとんと肩をつつかれた。


「なに。」


無言で骸が指したベッドの下を覗くと抜き身の短刀が…ってぇ!?

これ鞄の中に入れっぱなしにしてたのに!!


「危ないじゃないですか。君の家には幼児がいるというのに。」

「ご、ごめん…」


ってやったの俺じゃないけど…

心の中でそう反論しながら鞘を探す。ベッドと壁の間にそれは落ちていた。

まったく…ランボの仕業かな?危ないなぁ…後で叱っておかないと。

きっちりと鞘に刀身を収める。また遊び道具にされたら危ないよな…鍵のかかる引き出しにでもしまっておこう…


「!」


引き出しにかけた手を横から伸びてきた腕に掴まれた。

顔を上げれば…無表情で俺を見下ろす黒衣の風紀委員長がいた。


「ひ、雲雀さん…?」


また窓から来たんだ…

玄関からとはもう言わないからノックぐらいして欲しいなぁ…


「…これ、どこで手に入れたの?」

「!」

「この脇差はまさか君のものなのかい?」

「…」

「答えなよ、小動物。」


問いつめるような声に冷や汗が浮かぶ。

だってなんて説明すればいいんだ!正直に?いやいや、だって俺記憶無い!

嘘つくにしても俺じゃすぐばれちゃう気がするし…!

ぐるぐる考えながら顔をあげれば雲雀さんの怜悧な瞳に射抜かれる。


……どーしよ〜……









「僕が拾ったのですよ。」


助け舟が思わぬところから…振り返れば骸がじっとこちらを見ている。

「話を合わせろ」と言いたいようだ。

雲雀さんは俺の腕を掴んだまま怪訝そうな顔で骸を見やる。


「…君が?」

「ええ。」

「そう。で?どこで拾ったの?」

「佐保神社でです。散歩コースなもので。」

「ふ〜ん…」


ニコニコと笑ったままの骸と無表情の雲雀さん。

心なしか空気が肌に痛い…


「並盛まで散歩に来るなんて、僕に対する挑戦かい?」

「とんでもない!季節外れの桜が美しくてつい。他意はありません。」

「…じゃ、なんで沢田の家に君がいるの?」

「知りませんでしたか?僕ら仲がいいんですよ。ねえ、綱吉くん?」

「ふぇ!?は…はい…」


にょきりと脇の下から伸びた腕にがっしりと胴体を捕らえられて体を引き寄せられる。

びっくりして上擦った声しか出なかったけど骸は機嫌良さげな顔で俺に頬摺りしてきた。

そ…そこまでやんなくていいんじゃないかな…?

部屋の温度が確実に下がってるし!!

そろりと見上げればギラリと雲雀さんの視線が…怖いよ〜!


「沢田と君が仲良し?へぇ…初耳だなぁ。一緒にいるところなんか見たこと無いのに。」












「私は君と違って、今だけのお飾りの守護者ではないのでね、裏切り者。」









「!」


骸を見上げれば一瞬、笑みの無い恐ろしげな顔が。

でも瞬きの間に、またいつもの顔に戻る。


「秘密の仲良しなもので。ね?綱吉くん?」

「…え!?あ、う、うん。」


……見間違え…?雲雀さんも骸も全然変わんない…

でも、今骸が…

なんでそれを?どうして雲雀さんが形式だけの守護者だって知ってるんだ…?

まだリボーンにも言ってないのに…


と、一人物思いに沈んでいたら腕を掴まれて強引に引き倒される。

ふぇ?なんだ!?

驚いているとズリズリと体を雲雀さん側に引きずられた。


「ひ、雲雀さん!?」

「茶番はもういい。大人しく来てもらうよ、沢田綱吉。
その脇差しのことも含めて君には聞きたいことがある。」

「お、俺はなにも…」

「君の昨日の行動も知りたいんだよ…沢田。」

「!」


床に引き倒された事で雲雀さんを見上げる形になる。

学ランに隠されてたYシャツが見えて、そこに赤い…血!?

白に滲む血を見つめていると、雲雀さんの腕をつかむ力が強くなった。


「…心当たりがあるみたいだね?この傷に。」

「え…」

「訳の分からないことを…手荒な真似をしないで貰えますか。」

「ふん、白を切るのも今のウチさ。」


バタンッ!!


「「「!」」」


扉を荒々しく開閉する音と、誰かの話し声。怒鳴ってるみたいだけど…?

騒がしい音に俺と骸は顔を見合わせて階段に向かった。雲雀さんも黙ってついて来る。

また厄介事かな…母さんたちが買い出しで居なくて良かった…

音のする玄関を階段の上から覗く。


「!ディーノさん!?」

「お〜…ツナ、って恭弥もいんのか。」

「悪いな、ボンゴレぼうず。少し邪魔するぜ。」


玄関にはこめかみから流れる血を抑えるディーノさんと部下らしき黒服の人を支えるロマーリオさんがいた。

ディーノさんは手に携帯を持っていて、さっきから怒鳴ってたのはこれにだったみたいだ。

只ならぬ様子に俺は急いで階段を駆け降りる。


「鍵開いてたから…勝手に、悪い。」

「そんなことより、どうしたんですか!?」

「ちょっとドジっただけだ。気にするな。」


よく見ればディーノさんの体にはあちこちすっぱり切れている傷があった。

ディーノさんは普段から転んだりで生傷が耐えないけど、これはそんな傷じゃない!


「…ん?だから、車が回せねぇってどう…あ?入れない?なら、違う道を…」

「ロマーリオさん、一体何が…」


また電話に向かい話し始めたディーノさんの代わりにロマーリオさんに向き直る。

玄関に黒服の人を寝かすとトントンと腰を叩き、ロマーリオさんは眼鏡を抑えた。


「あ〜…ちょっとした襲撃を受けてな。いつものことだ、気にすんな。」

「でも、その人…」

「ん?いやいや違う!こいつは何でか寝こけちまってな。全然起きねぇからここまで引きずってきたんだ。」


怪我が無いことを示すように万歳をさせるロマーリオさん。

安心させようとしてるんだろうけど、無傷で眠り続けるなんて、まるで…

骸を振り返ると、心得た表情で頷く。

「失礼。」と骸は瞼を閉じている人の額に手を翳す。


「…………」

「どう?」

「やはり、同じですね。桜の夢です。」

「桜…?」


階段の上で呟く雲雀さんを見上げる。

…なんか、顔色が…


「ちっ…ダメか…!」


苛立たしげに電話を放るディーノさん。

どかりと玄関口に座りガシガシと頭を掻き毟る。


「ボス。やっぱり…」

「ああ。全部の道がやられてる…通れないらしい。」

「…ディーノさん?」

「はあ〜…どうやら、敵さんに居場所嗅ぎつかれたらしくてな…
道塞がれたうえに乗ってた車一台潰されちまったんだ…」

「道をって?」

「突然でかい木が倒れてきてな。外にいる連中とも連絡してるんだが他の道も使えないらしい。
ここに閉じ込められちまったみてーだな。」

「結構な樹齢の桜の木だったのに…勿体ねぇ。」


煙草をくわえロマーリオさんが残念そうに呟く。

また、桜…

骸だけじゃなくディーノさんまで閉じ込められるなんて…


これはもう、偶然なんかじゃない。

「俺」の関係者だから巻き込まれてるんだ…!!











続く…





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