第五話









背中を流れる冷たい汗。

逃げられないように顔の両側につかれた手。

眼前には冷笑を浮かべる肉食獣。でも目が全然笑ってなひ…


「さあて…知っていることを洗いざらい吐いて貰おうか、沢田…」

「は…はい…で、でも俺大したことは…」

「口答え す る の か い ?」


明後日の方向を向いて目をさまよわせていると顎をつかまれて正面を向かされる。

はうう!怖いぃ〜!!

背中はもうぴったりと壁くっついてるから逃げ場は無い。

さっき助けてくれた骸も、今はいない。

神社に行くと言って出て行ってしまったからだ。

雲雀さんがいるから、ちょっと心配してくれてたんだけど…俺が大丈夫って言ったから…

でも前言撤回、骸助けて、すげぇ怖い!!


「まず、あの脇差しについて聞こうか。どこで手に入れたの?」

「さ、さっき骸が言った通りです…」

「…………」


スウッと黒い目が細くなる。

もうやだ!超怖ぇ!!でも骸にそう言えって言われてるし!


「ふうん?じゃあなんでそれを君が管理してるのかな?ねぇ…沢田綱吉。」

「えと…あ、ぶ、物騒だから…デス。骸が持ってると…」

「…なる程?君はトモダチ思いだねぇ。」


いい子いい子と頭を撫でられる。

声と仕草だけは優しいけど、目が笑ってないから怖さが倍増しただけ…

「一思いに殺してくれ」ってこういう心境なのかもしれない…

ビクビクしていると雲雀さんは俺の顔の脇についていた腕を崩し、壁に肘をついた。

それによって更にお互いの顔が近付く。

し、心臓の音が聞こえてるんじゃないだろーか…

慌てて下を向くと、耳元で雲雀さんの声がした。


「桜の夢がどうのとあの男と話していたね。」

「は、はい…」

「君も、見るのかい?桜を夢に。」

「……………はい。」

「どんな夢だい?」

「……」


桜と赤い着物。あの短刀に…それから…

夢は確かに見ているけれど、起きると途端に薄らぐ記憶。

…あれは、昏睡状態になる前に見る夢なんだろうか…


「…覚えていません。ただ桜があったことだけは確かなんです。」

「そう。…それは本当のようだね。」


…分かっちゃいたけどやっぱさっきのは納得してないデスよね。


「さて、質問を変えようか。沢田。」

「ど、どうぞ…」

「君、昨日は授業をサボって何をしていたんだい?」

「!」

「正直に言いなよ…家にいた、なんてことは無いよね?君が家を出たことは母親に確認しているんだ。」

「…………」


雲雀さんて言えば校門前で張ってて遅刻者を咬み殺してる図しか浮かばないのに…わざわざ俺の所在を確認してたのか。

でも、何時もは問答無用な筈。なんのために……


「さあ、綱吉。まさか言えないの?」

「それ…はですね…」


記憶が無い、なんて言ったところで信じて貰えるとは思えなひ…

俺がもごもごと言いよどんでいると雲雀さんは苛立ったように舌打ちして、肩に掛かる学ランを払い落とした。

そしてYシャツのボタンを外し、前を開いて上半身を晒す。


「!」


腹に巻かれた包帯。脇腹に血が滲んでいる。

やっぱり、怪我してたんだ…!!


「昨日」

「?」

「襲われた時に負った傷だ。」

「!」

「遅刻者を待ち伏せていたら君といつもいる二人が来た。彼らは君がまだ教室に来ていないと騒いでいたよ。
あんまり五月蝿いんで黙らせようとした。
そしたら――…。」




* * * *


「さく、ら…?」


手のひらに乗る時期外れ過ぎる花に語尾が疑問形になる。

一体、どこから…


「だから!てめぇは付いてくんな!俺がお迎えに行く!」

「あんな〜、お前はどうでもいいけどツナになんかあったら大変だろ。」

「てめぇなんざ居なくても俺一人で充分」

「あ、雲雀。」

「無視すんじゃねえええぇぇ!!」

「うるさいぜ、獄寺。」

「…………………」


ぐしゃり、と手の中の淡い花びらを握りつぶす。

朝から…群れるな、腰巾着どもが。

ずるりと引き出したトンファー。素振れば僕の機嫌とは裏腹にこちらは絶好調だ。

まずは野球部を殴ろう。うん、思い切り殴ろう。


「………?」


思ったことは即実行。

相手もそれなりに出来る生き物だ。反発してくるのを予測していた。

けれど彼らの視線は揃って僕を素通りして…後ろになにか…?


ザアアァァ…


振り向こうとした正にその時、突風が吹いた。

保護の為に目を瞑ると頬に砂粒が当たる。

グランドの砂埃…そろそろ土を変えるか…














「桜は好きですか?」















「!」


風が止み、開いた視界に飛び込む赤い蝶。

いや、違う…蝶の模様の着物。

赤い打掛を頭から被った人物が、僕と二人の間に立っていた。


「…誰だい?」


部外者…ではない。

打掛の下から僅かに覗く服は本校の制服。

しかしこの異質な気配…僕が知る限りこんな生徒は存在しない。

彼――と勝手に僕は判断した――は僕の方を向くと着物から見える口元だけでうっすらと微笑み、また同じ質問を繰り返す。


「桜は好きですか?」

「…嫌いではないね。」


トンファーを構え身を低くする。

ただならぬ気配を彼らも感じたらしく、各々の武器を構えている。


「今でも?」

「?」

「今でも好きですか?桜。」

「ちょっと、どこ行く気?」


スタスタと二人の間を抜け校舎へ向かう人物。

なんなの?『今でも』って…まるで僕が例の奇病にかかっていたのを知っているかのような…まあ、もう治っているけど。

そんなことよりあの声…


「…なあ、あれってさ。」

「ああ。」


二人も気付いたらしい。

馴染みのある声だ。気づかない方がおかしいか。

打掛の人物は校舎近くの花壇の前で立ち止まった。

一際大きな桜の木が植えてある場所だ。


「君…」

「残念ですね。」

「?」

「あなたが桜を好いていても。」


くるりと彼が振り向く。

その手には抜き身の刃が握られていた。


「桜はあなたが嫌いらしい。」

「雲雀、避けろ!!」


赤い打掛が翻る。

刃を手にした人物がこちらに突っ込んで来るのは見えていた。山本武の声も聞こえている。

が、何故か体が動かない。


「雲雀!!」


あと少しという所で横合いに突き飛ばされた。

急所を狙っていた刃が反れて脇腹を切り裂く。


「ぐっ…!!」


痛みと衝撃で金縛りが解ける。

なんなんだ!?


「もうやめろって!」


ぶつかり合う金属音。

山本が刀で短刀を受け止め、必死に相手に語り掛ける。


「お前らしくない…!」

「そうですよ!なんでこんなこと…!」

「邪魔、しないで。」


打掛の人物が無造作に腕を横に振る。

すると何かに弾かれたかのように山本の体が浮き、校舎に叩きつけられた。

獄寺も数歩後ろに下がったがその場になんとか踏みとどまる。

だがなんらかのダメージは受けたらしく膝を突き微動だにしない。

謎の人物はゆっくりと振り返るとまた、薄気味の悪い笑みを浮かべる。


「外してごめんなさい。痛かったでしょう?」


血塗れた短刀から僕の血が滴る。

外してごめんって…今度は殺す気かい?上等だね。

傷の痛みを闘志に変え武器を構える。

生死にかかわるものじゃない。彼を咬み殺してからゆっくり手当てでもするさ。


ガシャン!!!!


「!!」


鳴り響く音に空間の緊張が切れる

音の出どころには割れた窓ガラス…まさか。


「君たち…」

「悪ぃ。」

「緊急事態だ。弁償なら後でしてやらぁ。」


少しは悪びれろ。

窓ガラスが割れた音に校舎内が少し騒がしくなる。ホームルームの時間だから存外に音が響いたらしい。

誰か覗きにくるのも時間の問題だろう。

案の定、バタバタと駆けてくる複数の足音。


「…残念…あとちょっとだったのに…」


カチリと短刀を鞘に収め打掛の人物がそうひとりごちる。

彼は来たときと同じようにスタスタと校門に向かっていく。


「待てと…」


ザアアァァ…


また、突風。

打掛を掴もうと伸ばした手を翳し、舞う砂と桜の花びらから目を守る。











「今度は逃がさない。」










「…?」


耳元でした声に僅かに目を開く。

が、もう校庭には僕ら三人以外の姿は見あたらなかった。



* * * *


「…………」

「その後も探させたんだけどね。あんな目立つ格好をしていたのに手がかりも全く無かったんだよ。」

「山本と、獄寺くんの怪我って…」

「窓ガラスを割った時に負ったようだね。」


…あの脇差についてたのは、雲雀さんの血ってこと…?

でもなんでそんな刀を俺が…

ぐるぐる自分の思考の海に沈んでいると、雲雀さんの瞳が細くなる。


「さあ。いつまで白を切るつもりだい。」

「し…しらって…俺はホントに何も」

「あの打掛…君だろ?」



「………え?」




な、なんでそうなるの!?

確かに俺は脇差持ってたけど!昨日のことだって…覚えてないけど、雲雀さんを襲う理由なんか…


「声も背格好も君とそっくりだった。けど本人に確認するまでは何もいうなと彼らは言った。
でもね。狙われたのは僕だ。不安要素をそのままにはしておけない。
幸い物的証拠もある。あとは君の自白だけだよ、沢田綱吉…」

「そ、そんなこと言われましても……!」


ツーッと頬をなぞりあげる冷たい感触。これ絶対トンファーだ…!!

いやああああああ!!俺じゃない!俺じゃないよぅ…!

助けて骸ぉ〜!!!!












続く…





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