第六話









「そのへんで止めとけ、恭弥。」


正に天の助け…!!

苦笑しながら入ってきた兄弟子の姿に目が潤む。


「ディーノさああん…!!」

「可哀想にな、ツナ…こんな野生児に苛められて。」

「…人聞き悪いこと言わないでくれる。」


直ぐにでもそっちに逃げていきたいんだけど雲雀さんにがっちりと喉を抑えられていてそれも叶わない。

ふえええ…たーすーけーてー!!!!


「この子には容疑があるんだ。そう簡単に逃がすわけないでしょ。」

「どんな容疑だよ…」

「僕を襲撃した容疑と桜の異変の元凶容疑だよ。だいたいおかしなことあるとこの子のせいだろ。」

「「…………」」


直接は俺のせいじゃないけど否定もできない。

ディーノさんも同じらしく頬を掻いて誤魔化している


「さあ、キリキリ吐いて貰おうか…」

「んぐ…くるし!ちょ、雲雀さん!苦しいですって!」

「そーだぞ。ほら、もうやめろっての。」


トンファーが外れ呼吸が楽になる。

俺はその場にへたり込むと軽く咳き込んだ。

あ〜…助かった…


「ありがとうございます、ディ…」


お礼を言おうと上げた目線の先。

雲雀さんの腕を背中越しに両方とも掴んで止めるディーノさん。

ピタリと俺の耳から音が途絶える。

あれ…?変、だな。なんか…

かくかくと腕が震えている。いや震えてるんじゃなくて…?


「あ…れ…?」


足も、変だ。

二人は俺の異変に気付いた様子は無い。

雲雀さんは何かディーノさんに言ってて。

ディーノさんは笑って――――優しい顔してる。










ズクンッ…











「!?」


心臓を貫く痛み。

また…っ!!

!?「また」って?なんで…!

俺、どこも悪いとこなんて…


「っ…は…っ…」


















「ごめんね。」 「帰ってきたって!!」 「駄目…」 「君は桜が好きかい?」 「次はオレのところに」 「これが枯れたら」 「君を裏切る気は無かった。」 「必ず。約束だ。」 「はあっ…!!はっ…!!」 「大事な君を死なせた」 「私の宝物」 「傲ってたんだ、僕は。」 「そんな、こと…!!」 「君は心臓が悪いんだ…気をつけるべきだった。」 「あの体の弱さでは」 「悪いな。あいつはオレが」 「また裏切るの?また置いてくの?」 「ならばその通りにしてくれる」 「失うなんて、考えたこともなかった…!」 「償え。解放を望むなど」 「神社の大きな桜。」 「帰ってきたよ」 「だからこの木は今年も咲き誇る…」 「あれは嫌いです。あれは根元に貴方がいるから。」 「今度こそ」 「僕は僕だよ、変な子だね、君は。」 「もうやめてください」 「俺は憎いです。」
















頭を巡る無数の声。

なにこれっ…!!なにこれ!!

痛い…痛い…っ!!






「助けて…っ…」








* * * *


「!」


…気のせいか…

誰かに呼ばれたような気がして振り向いたのですが…こんな時間ですしね。

上りかけの階段に足をかけ境内を目指す。

綱吉くんを見つけた時には気付きませんでしたが…やはりここは何かがおかしい。

夜闇に浮かび上がる桜。まるでライトアップされているかのようにくっきりと花弁の一枚一枚が見える。

境内に近づけば近づくほど張りつめていく空気…比例して消えていく町の音。

今まで何度かこの町には足を踏み入れていた。しかしこんな神社があったことさえ気付いてはいなかった。

何故突然町を飲み込む怪異を引き起こしたのか…


「…おや。」


鳥居を潜れば空気の変化がはっきりと分かる。

外より和らいだ気…取り敢えず僕は歓迎されているようですね。参道を進み奥を目指す。


「…………」


改めて見るとこの神社…少し変わっていますね。

何故か入り口に狛犬が二対ある。手前にある方が新しく、獅子狛犬という一番メジャーなタイプで入り口の方を向いている。

その少し奥に大分形の崩れている狼タイプの古い狛犬があり、こちらは奥の方を向いている。

…狛犬とは境内を守る為にあると聞きますが…この狛犬は何故本殿を向いているのか。

また正面を向く一対とは違いこちらは牙を向くことなくどこか物悲しい顔をしている。

………単に崩れてそう見えるだけかもしれませんが。

そしてもうひとつおかしいのがこの参道。

僕は神社や寺の参道と言うものは真っ直ぐ、というイメージがあったのですが…

この神社の参道はぐにゃぐにゃと折れ曲がりS字を描くようになっている。

桜の木を避ける為か…?しかしそれなら何故参道となるべき通り道に木など…


「!」


視界を横切る赤。ひらりと大きな蝶が舞い飛ぶ。

…やっとお出ましですか…

誘われるがまま蝶を追う。

赤く輝く鱗粉を撒き散らす蝶。一体何が目的なのか…

拝殿を通り過ぎ本殿へ。ひらりひらりとつかず離れず飛び回るアヤカシ。


「………」


本殿の入り口に続く短い階段。

そこに蝶と同色の固まりがあった。

玉砂利を踏みしめゆっくりとそれに近づく。


「…僕を呼んだのはお前か。」


固まりと思ったものは赤い蝶柄の着物。

なにかがそれにくるまっている。

が、僕の呼び掛けにも応えずそれは岩のように動かない。

赤い蝶だけがひらりひらりと飛び回る。


「…………」

「…………」


埒があかない。

僕は苛立った気分のまま乱暴に着物を掴むとそれを強引に奪い取った。















キイィ…ィィン…















* * * *


「いつまで掴んでるの気色悪い!離せ!!馬!!」

「離したら暴れんだろ…ってお前出血!」

「心配しなくても血の気引いてるから大丈夫だよ!」

「そんなに嫌がるかお前…仮にも師匠だぞオレは…」

「う…っ!!」

「なんだ!?」

「鳥肌が…」

「おぉい!!」


そんっっなに嫌か、オレに触られんの!?

ってマジで鳥肌立ててるぞこいつ…流石のオレも落ち込むぞ…?

コロネロやシャマルが羨ましくなるな…山本とはいわないがせめて獄寺レベルくらいには師匠を敬えよ…


「って暴れんな!!分かった、分かったから!!ツナ!救急箱持ってきてくれ!」

「…………………」

「……ツナ?」


返事のないツナに視線を向けると、胸を抑えて座り込んだまま微動だにしない。

…なんだ?まさか恭弥のせいで!?


「あだっ!!」

「まだ何もしてないよ!失礼な!」

「まだ何も言ってねぇだろ!!」


頭突きは止めろ、石頭!!

ってんなことよりツナ…


「大丈夫…救急箱ですね?取ってきます…」

「あ、ああ。」


ゆらりと立ち上がるツナの顔色は青く胸を抑えたままだ。

本当に大丈夫なのか…?


「いい加減に…」

「ん?」

「離せ気色悪い!!!!」

「どわっ!!」


凄まじい殺気に飛び退く。着ていたシャツの破片がヒラヒラと…

鉤つきトンファーとかお前は俺を殺す気か…!


「殺す気だ。」

「こういう時だけ意思疎通バッチリだなお前…ってんな息切らして無茶すんな!ここ座れ!!傷みてやる。」

「No,grazie.」

「お〜ま〜え〜な〜…」


両腕をクロスして「バリア」のポーズ。泣くぞ!!そろそろまじで泣くぞ、オレ!!

こうなったら意地でも治療してくれる!


「でぃーのさん。」

「お、ツナ丁度いいところに…」


暴れる野生児に応戦しようと鞭を取り出したところでツナが戻ってきた。

救急箱をテーブルに置いて俺達を怪訝な顔で見る。


「武器なんか出して…なにしてたんですか?」

「いや…じゃじゃ馬がちょっとな…」

「?」


小鳥のように首を傾げる子供。まだ幼げな仕草が可愛らしい。

…おかしいなぁ…一つぐらいしか違わない筈なんだがなぁ…どうしてこうも違うのか。


「雲雀さん、血が…」

「傷が開いたんだろ…暴れるからだぜ。ほれ、素直に見せろ。」

「…ちっ!」


恭弥は乱暴に包帯をはぎ取るとぶっすりとした顔でツナのベッドに座る。

そんな人生最大の屈辱と言わんばかりな顔すんなよ…

手早くガーゼを交換し包帯を巻きつける。

元々病院で治療は受けてたみてぇだな、安心したぜ。

面積は広いがさほど深い傷でもねぇし…


「…大丈夫ですか?」

「ん?ああ、大したことはねぇよ。二階の窓から侵入とかしないで普通に暮らしてりゃまずは開かない傷だぜ。」

「…ディーノさんは?」

「ん?」

「怪我はどうですか?あんまり酷いならうちに…」


怪我…?

ああ、額や腕に巻かれた包帯を指しているのか。

これはロマーリオの言う男の治療とやらで包帯は大ざっぱに巻かれてるだけであまり意味はない。


「仰々しくなってっけどどれも掠り傷だ。
だから気にすんなって!迎えが来たらすぐ出てくからよ。」

「そうですか。」

















チャキン















「跳ね馬!」


ゾワリと総毛立つ感覚に体を捻る。床を転がり跳ね起き身構える。


「!!」


オレの視界に飛び込んできたのは床に突き立てられた短刀とそれを握りしめる…


「ツ…ナ…?」


ゆらりと立ち上がる少年。

その姿形は間違いなく見慣れた弟分のもの。

けれどつう、と一条の涙を流す瞳は闇に夜桜を溶かし込んだ不可思議な色。







こいつ……だれだ…?













続く…





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