第七話









深く刺さった刃をフローリングから引き抜く。

綱吉がキロリとあの子では有り得ない憎らしげな目をこちらに向ける。


「『逃 が さ な い』」

「「!」」


この声…!打掛の声だ!

あの時は沢田綱吉の声だとばかり思っていたが今さっきまで聞いていたからその違いが分かる。


これは、成人した女の声…!



「…おい、恭弥…」

「知らない。」

「まだなんも言ってねぇだろ。」

「話なら後にしてくれるっ!」


細い体がゆらりと揺れる。次の瞬間には綱吉が弾丸のように突っ込んできた。

跳ね馬とは反対の方向に飛び退く。これ、昨日より速い…!


「ツナ、止めろ!」

「?」


来るかと身構えていたけれど、綱吉は僕ではなく跳ね馬に標的を絞り、刃をふるう。

切りかかってくる綱吉に対し、跳ね馬は鞭は出すものの防戦の一方で反撃する気はさらさら無いようだった。


「ツナ!!おい!?」

「『お前がいなければ。お前が来なければ。』」

「っ!?」

「『返せ!!私の…!』」

「くっ…」

「『忌まわしいのはお前だ』」


何を言ってるんだ?

跳ね馬も当惑の表情を浮かべている。心当たりは無いらしい。

……悩むのは後にするか。

綱吉は標的に意識を集中するあまり後ろががら空きだ。

足音をさせずに背後にぴたりとつく。


「そこまでだ、沢田。」

「『くっ!?』」


刀を持つ手を掴み背に捻りあげる。骨が軋むまで力を込めれば手から凶器が落ちた。

それと同時にかくりと人形の糸が切れたかのように崩れ落ちる体。

咄嗟に抱き留め上向ける。…意識はない。


「な、なんだったんだ…!?」

「さあね。僕も昨日襲われたんだけど…理由はさっぱり。」

「は!?」

「それについて問い詰めてたところをあなたに邪魔されたんだよ…」


抱き止めていた体をベッドに横たえる。

…顔色は悪いけど、特に問題は無さそうだ。

床に転がる脇差。取り敢えず元凶な気がするこれは僕が没収しておこうか…


「今の…ツナじゃなかったよな?」


それは僕が一番聞きたいことだ。

手にある短刀を見つめる。

柄に描かれる桜。

あの憎悪に満ちた顔。

綱吉の異常は狂い咲くあの桜たちと関係しているのか。


* * * *


自分の肩を掴み、振り向く相手。

記憶の中の子供らしさを削ぎ落とし、成人となったその姿。


「かはっ…」


見開かれた目。

握った柄をより深く突き込む。
ずっと。

ずっと忘れていた形に口元が歪む。


「ぐっ…」


黒い瞳に自身が写り込む。

今、自分は笑っている…?

そう、笑っているんだ。やっと願いが叶ったんだから当然だよね。

ああでもまだこれじゃ弱い。

もっと。もっと。


「ぐあっ…!!」


一度引き抜けばびしゃりと噴き出す赤。

綺麗…なんて綺麗なんだろう…!!

もっと綺麗にしなきゃ。

何度も何度も同じ動作を繰り返す。


「……………」


纏う着物が赤く染まる。顔も髪も手も真っ赤。

やっと、動きが止まった。

ひたりと胸に耳を当てる。もう生命の声は聞こえない。

桜の木の根元。お気に入りの場所にぐったりと凭れる漆黒。

これで。

これでいい。


「ふ…くく…」


長かった…どれだけこの時を待っただろう。

形見となってしまった桜の脇差。

丁寧に丁寧に血を拭い鞘に収める。




これで…やっと二人きり。

あの日の約束の通りに。




これでもうこの命に未練はない。

願いは成就させた。これ以上の望みなど。

けれどこれは終わりではない。

ここから始まる。


















私の…














* * * *

絶句するしかない、とはこういうことだろうか。


「あ、おかえり。」

「なにしてんですか…」

「見て分かるでしょ。」

「…………自称秩序が幼気な少年を手錠プレイで手込めにしようとしている?」

「なんでそうなる。」


そうとしか見えないからですよ。

うつ伏せなので顔は見えないがピクリとも動かない綱吉くん…おそらく意識はない。

脱げかけた服、馬乗りの雲雀、ベッドの上、後ろ手に填められた手錠…

これだけの要素が揃って他の見解が出来るなら逆に教えて欲しい。

僕が疑いの目を注ぐ間も綱吉くんの足の拘束を続ける雲雀。

……………やはり、ここは止めるべきか。


「綱吉くんのトラウマになるまえに…」

「何勝手に想像膨らましてるの。武器はしまえ、武器は。」


冗談ですよ。

ここで何があったかは入れ違いになったキャバッローネから聞いている。

槍を消しベッドに歩み寄る。綱吉くんの頬に手を当て探る。

……『中』には誰もいないようですね…


「中?」

「彼には霊力の痕跡があります。誰かが今の今まで乗っ取っていたのでしょう。」

「そんな話を僕が信じると思うわけ、と言いたい所だけどね…」


雲雀が短刀を取り出す。

…前から気になっていたがどこから武器を出しているのだろう…謎だ。


「さっき跳ね馬がこの子パジャマに着替えさせようとしたらまた暴れ出してね。
返せ返せって…多分これの事だと思うんだけど。埒あかないから」


…殴ったんですね。

綱吉くんの後頭部に大きなたんこぶが。可哀想に。

でもその衝撃でその『誰か』が抜け落ちたのだろう。


「君。やっぱり嘘ついてたね。」

「おや。」

「なにが秘密の仲良しだい。」


ギロリと睨まれる。

根に持ちますね…知ってましたが。


「本当のことをしゃべってもらおうか。嫌だというなら…」

「言いませんよ。どちらにしろ君には協力して貰わなくてはならないようだ。」

「?」


訝しげな視線を寄越す雲雀。

頭の整理を兼ねて、僕は今自分が見てきたことを話し始めた。


* * * *


「……あ〜……眠ぃ……」


ぶらぶらと歩きながら公園に視線を向ける。

散ることなく咲き誇る桜。月明かりにぼんやりと浮かぶ姿。

こう桜だらけだと現実なのか夢なのかわかんねぇな…

マンションに居ると眠っちまう。コーヒーももう効かねぇし…

意味もなく外に出てみたが…ねっとりとした夜風。あまり心地良くはない。

一人でいても寝ちまいそうだ…でもこんな時間じゃあな…

山本なら物好きに付き合いそうだがあいつ頼んのは嫌だ。

かといって10代目にはご迷惑かけられねぇ


「獄寺?」

「?」


地面見てたから気付かなかった。

顔をあげれば今会いたくない人間ワースト5に入る野郎が…っていうかなんで日本にいやがる、こいつ。


「やっぱ獄寺じゃねえか。久しぶりだな!」

「…なんか用かよ。」


馴れ馴れしく手なんか振ってんじゃねぇよ。あ〜…最悪だ…

個人的にはムカつくが相手はボンゴレの同盟ファミリーのボス。

無視だけはしないでおいてやる。


「ん?なんかお前顔色悪いな。具合悪いのか?」

「うるせー。っていうかお前こそ傷だらけじゃねぇかよ…」

「いや。これはロマーリオが男の治療だって…」


ああ…あのおっさんか…俺もやられたな、そういや。

ふと見れば跳ね馬の手には近所のコンビニの袋がある。

……こいつが泊まるホテル、こっちと逆方向だったよな?

なんでこんな遠いとこにまで来てやがんだ?


「夏とはいえ風邪には気を付けろよ?毒サソリとリボーンもダウンしちまってるし…」

「!?あ、姉貴が!?」


嘘だろ!?

産まれてこの方親父が寝込んだ姿は見たことあっても姉貴が病に伏してるとこなんか見たことねぇぞ!?

なんかの間違いなんじゃねぇのか…!?


「骸の話だと寝込んだまま起きねぇらしい。」

「……ってなんでそこに骸が出て来やがる…」


今聞きたくねぇ名前ワースト3に入るぞ…

今俺、眉間の皺がより深くなってるだろうな。

あんま凶悪なツラしてると10代目が怯えられる。平常心。平常心だ、俺…


「あいつも並盛彷徨いてんのか。まったく」

「いや、骸ならツナんちに」

「なにィ!!!?」


なんだと、あの危険物とうとうそんな図々しい手を…!?

こうしてられるか!!お助けに行かねば!!


「10代目があぶねぇ!!」

「なんでだよ。あいつら仲いいんだろ?」

「んな見え透いた嘘に騙されてんじゃねぇよ!!」

「いや、危ねぇのは分かってるぜ?だからロマーリオ達残してきたし…それに恭弥もいるし」

「な ん だ と ! !雲雀も居やがるのかよ!?」


なにのほほんとしてやがる…!!

逆だ!!10代目の危機度が上がるわ、その取り合わせ…!!

さっきまで纏わりついていた眠気が一気に吹き飛ぶ。

迷惑とかそんな生温いこと言ってる場合じゃねぇ!

全速力で走り出す。

向かうは10代目のお宅。

あいつら…10代目に何かしてやがったら生かしちゃおかねぇ…!!













続く…





←back■next→