第八話 「…ん…」 ぼんやりと目を開ける。 …良かった、俺の部屋だ… なんか、ものすごく悲しい夢を見てた気がする… 「?」 起きようとしたら、なんだろ。体がうまく動かない。 …………ま、いいや。まだ眠い… 重い瞼を閉じるとひんやりした手が頬に触れた。 気持ちいい…誰…? ――まだ寝てなさい。疲れたでしょう?―― こくりと頷くと大きな手は頭を撫でてくれる。 これ、好き…もっとやって。 手に擦りよるとクスクスと笑う気配。 ――しょうがない子…好きなだけ撫でてあげる。―― うん。もっと… ふう、と意識が沈んでいく。 今度はいい夢だといいな… * * * * 「!」 赤い着物の下にいた人物。 一瞬、彼と見間違えた。髪の感じが似ていたせいか… 僕が驚いていると彼の人はクスクスと笑いながら立ち上がる。 …向こう側が透けて見えるものを人というのはどうかとも思いますが…まあスルーしていただきたい。 赤い蝶がふわりと相手の肩に留まる。 なかなか整った顔をしている…自前かは分かりませんが。袴を穿いて男の格好をしているが骨格からして女のようだ。 彼女がすいと手を伸ばす。着物を指して…返せと言うことか。 どうしようか逡巡し、素直に差し出す。 …彼女があのアルコバレーノの夢にいた人物なのだろうか。 声を聞けば分かると思うのですが…。少し試してみますか。 「…あなたは誰ですか?」 『……………』 彼女が着物を羽織ると描かれた蝶が次から次へと空を舞い始めた。 僕の問いに彼女はニィと笑み本殿の裏手を指差す。 赤い蝶――よく見たら蝶ではなく蝶の形の光だった――が示された方向に飛んでいく。 その先にあるのは…一際おおきな桜の木。 あそこに何があるというのだろう。もう一度問おうと視線を戻す。 「!」 いつの間に移動したのか。 目の前には赤い蝶を纏う佳人。彼女は僕という障害物が無いかのようにスルスルと進んでいく。 そして僕の体を通り抜け反対側に… 「…?」 ―――――いない。 直ぐに振り向いたのだが蝶だけであの男装の人物はどこにも見当たらない。 「……………」 まさに狐につままれた気分だ。 赤い蝶だけがひらひらと何事も無かったかのように舞い飛ぶ。 …よくはわかりませんが、もしや化かされた?この僕が? 「………」 取り敢えず、あの桜でも調べてみますか。 彼女が幽霊なのか狐狸の類なのかは知りませんがなんの意味もなく現れたわけではないでしょう。 * * * * 「とでも取り繕っておかないと格好つかないもんね。」 「黙らっしゃい。」 いい気味だよ。 術士のプライドなんか知ったこっちゃないし。 腰掛けていた綱吉の部屋の窓枠に足もかける。 しかし、佐保神社ねぇ…並盛神社と違ってかなり寂れているイメージがあるけど。 大きさは同じくらいだけどあそこが賑わうのは正月と桜の季節くらい。 「佐保」と言うだけあって桜の木が大量に植わってるからね。 「佐保、ですか?」 「佐保は春の季語でもあるし…同名の女神が司るのも春とされる。 日本で春といえば桜だし、佐保姫自身も桜色の着物を纏っているとされているしね。」 「…同じ佐保姫でも大分違うようですね。」 確かに。 こっちの佐保は桜の化身というのはいいとしても春の女神といった風情ではない。 「それで?その桜、どうだったんだい?なにか手掛かりが?」 「その前に聞きたいんですが。」 「なに。」 変なことじゃなきゃ答えてあげる。 君をこの町から追い出す為にも協力するしかないみたいだし。 「神社とは神を祀る場所と聞いていますが…神ではなく人も祀ったりするのですか?」 「ああ。よくあるね。有名な学門の神になってる人とかいるし。 恨みつらみをもって死んだ奴らは都祟るから神として封じてしまえという思考だよ。」 怨霊の神格化はよくある話だ。 ある小説で読んだ説によると怨霊が祀られている神社の参道は曲がっているらしい。 霊は昔から真っ直ぐにしか進めないと言われている。だから参道を曲げる事で神社から怨霊が出れなく 「!」 そうだ。 佐保神社の参道は曲がっていた。 それも、余所では見ないほど不自然にぐねぐねと。 …佐保に祀られているのは、怨霊…? 「あの神社は並盛神社と違い神聖さとは違う力で満ちている気がするんです。 そしてその力の強い場所を辿ると例の桜の木に当たる。 ……ベタですが根元に死体の埋まった桜にね。」 「僕じゃないよ。」 「分かってますよ!!」 意味ありげな顔でこっち見るから疑ってるのかと。 僕がそんなことするわけがない。 埋めるなら並盛じゃないとこに埋める。汚いし。 「最近のじゃないですよ。もう既に土に還っていましたし。 大分昔のもので…大人と子供が一体づつ… 残念ながら位置が深いのと原形が全く無いことで死因や性別までは分からないのですがそこから渦巻くように霊気が並盛中に溢れ出していました。」 窓の外を見やる。 ここからは見えないけど…満開に狂い咲いているであろう桜たち。 夏の夜闇に白く浮かび上がる妖しい花霞。 これが、怨霊の仕業…その死体のどちらかが怨霊の正体なのか? 依然僕と跳ね馬が襲われた理由も分からないし… 「…その死体が他殺として。僕とあの人が犯人に似てるとか…?」 「とてもしっくりいきますが…それだと僕がこの町に閉じ込められているのも無関係な人間が眠りについている理由もわからない。」 「君も共犯とか。」 「…嫌な発想しますね。まあ、あり得なくはないですが僕は君らと違い危害を加えられたことはありません。 むしろあちらから接触しようとしている気がしますし。」 …そう単純にはいかないか。 まあいい。ヒントは得た。あの神社について調べてみよう。 綱吉が跳ね馬に言っていた言葉も気になるし… 視線をベッドへ向ける。綱吉は瞼を閉じたままぴくりともしない。 「…何してるの。」 「この子猫毛ですねぇ。」 床に座る骸はわしゃわしゃと綱吉の髪に触れしみじみと呟く。 見てると触りたくなるんだよねぇ、あの毛。 「ところで。この手錠いい加減外した方がいいんじゃないですか。」 「なんで。」 また暴れたりしたら危ないじゃないか。 炎を灯したこの子自身なら大歓迎なんだけどあの幽霊金縛りするし。 「中にはもう誰もいないと言ったでしょう。起きたらあらぬ誤解を招くのでは?」 「でもまた乗り移るかもしれないじゃないか。」 「それなら大丈夫です。」 「?」 自信満々に言う骸。 何を根拠に…それ系のことはまったく詳しくないけどさ。 確証無く君の言葉を信用しろっていうの? 無理だね。 ベッドに乗り上げ綱吉の顔を覗き込む。 大体この子全然起きそうに無いし…まだ大丈夫でしょう。 「ほら。よく寝てるし。」 「確かによく寝ますね…頬抓られても起きないとは。ってやめなさい。」 綱吉のよく伸びる頬をムニムニやっていたら手を叩かれた。 骸は子猫を隠す親猫のように綱吉に覆い被さっている。…過保護な。 「仲良しというより子離れできない父親かなんかに見えるよ、君。」 「父…せめて兄にしてくださいよ…僕は君と違って常識はわきまえてますから。」 ――君と違って、今だけのお飾りの守護者ではないのでね。―― ふと、似て異なる発言を思い出した。 そういえば聞きそびれていたけどそれを何故彼が知っているのだろうか。 跳ね馬と綱吉にしかまだ話していない筈なのだけど… どこから取り出したのかヘアピンで手錠の鍵をいじりだした骸に疑問をぶつける。 「は?そんなこと、言いましたか…っと。変だな…この手錠…」 「それピッキング不可能だから。覚えてない?君がさっき神社行く前に言ってたのに。」 「いいえ…まったく。本当に僕が言いました?」 再度問うても骸は眉間に皺を寄せるばかり。 とぼけてるの?彼なら有り得ないことはないけれど。 手錠をこじ開けようとする骸を見やる。 …なんというか…誤魔化している感じはないんだけど。 でもなぁ…術士だしなぁ… 「…雲雀。なんですかこの改造手錠。全然開かないんですけど。」 「だろうね。平たく言えばそれ僕の意志で作ってるようなものだから僕が開けようと思うかそれとも…」 「ん?って更に強固になってるのはそのせいか!」 「うん。」 「開けろ。」 「やだ。」 「なぜ。」 「君の言うことじゃ信用できないし。沢田の目が覚めていつも通りの反応したら外してあげる。」 「……そうですか。では勝手にしてください。」 骸は呆れたように肩を竦めると立ち上がった。 もちろん勝手にするさ。 枕側の床に膝をつき綱吉の顔を覗き込む。 相変わらず起きる気配はない。…強く殴り過ぎたかな。 背後で「何かあったら呼んでください」とだけいい骸がノブを回す音。 ガチャ… 「「っ!」」 息はしてるよね? 顔を近づければ頬に感じる息吹き。大丈夫大丈夫、殺してない。 「…雲雀。」 「ん?」 「まずいかも。」 なにがさ。 振りかえろとする前に感じた空気の揺れと特殊な空気を切る音。 咄嗟に綱吉を抱えて飛び退く。 ビシッ!! 僕がいた場所に鞭の先が叩きつけられる。危ないなぁ… 「きょう、やあぁ……!!」 地を這うような声にそちらを向けば全身から怒りのオーラを放出させる跳ね馬。 …なに怒ってんのこの人。 「お前…気絶してんのをいいことに…!!まだ幼気なツナになんてことを!!見損なったぞ!!」 「わ〜!!あんたが暴れてどうすんだよ、ボス!!」 ……骸と同じこと言ってる。なんでそうなるのさ。 跳ね馬の部下が必死にあの人を止めようとしてるけど…体格的に無理っぽい。 「ええい!止めるなロマーリオ!」 何言おうと無駄だね。やる気満々だもん、あの人。 「骸。」 「なんです、どわっ!?」 綱吉を骸に放り投げてトンファーを構える。 いつものらりくらりとしている跳ね馬が誤解とはいえ本気で怒ってるんだ。 こっちも楽しませてもらわないとね! 続く… |