第九話 居候の身としてまずは綱吉くんの安全第一。 怒号と激しい破壊音を後に階段へ向かう。 あとはキャバッローネの部下に頑張ってもらおうか。 僕としては雲雀本人よりマフィアのボスが一人消えてくれた方が喜ばしいけれど余所のお宅を壊す行為に一応罪悪はある。 「おい!跳ね馬なんの騒ぎ…」 「おや。」 階段の真下に飛び込んできた銀髪。 彼は目を見開き僕と気絶したままの綱吉くんを交互に見る。 ……ヤバい展開になりそうな予感が。 「骸…てめぇ…」 案の定、獄寺は目を眇め眉間に深い皺を寄せ険しい顔つきでこちらに上がってくる。 完全に誤解してますよね?僕じゃないですって。これは雲雀の趣味です。 ああ…このタイプの説得は骨が折れる… 「てめぇ、どこでそれを手に入れた!!」 「は?」 胸倉を掴まれ上段から腰をかがめるきつい体勢のまま間の抜けた声を出す。 いくら綱吉くんが小柄と言えどこれは危ないんじゃ… 「とぼけんな!てめぇが肩に掛けてるそれだ!」 「肩…?」 雲雀と違い肩に学ランを掛ける趣味はない。夏であろうと僕は制服にはしっかりと袖を通している。 肩に掛けている?何も掛けてはいない。 彼が言っている意味がさっぱり分からない。 「………まさか、見えてねぇのか?」 僕の当惑を表情から読みとったのか、胸倉を掴む手が緩んだ。 無理な体勢を解除され腰をのばす。 「見えてない?さっきから君の言っていることは…」 「赤い着物。」 「!」 「お前の肩に真っ赤な着物が掛かってる。それから周りを赤い蝶が飛び回ってやがる。」 「な…!?」 一般人に見え僕が見えない? そんなはず、と言い掛け獄寺の瞳に映り込む自身に驚愕する。 背後を浮遊する蝶。神社にいたあの蝶だ。 ―――…しまった。 「…なるほど…依り代にされたわけですか。」 「よりしろだ?」 道理で、歓迎されていたわけだ。 自分だけでは怨霊は神社から出られない。 しかし祀られるレベルの怨霊がそう簡単にただの人間には乗り移れない。 僕ならばそれが可能だ。器としての許容量は通常の数十倍はある。だからこの眼の移植に成功したのだから。 そう、これならば僕がこの町に閉じ込められたことの説明もつく。ずっと佐保神社に行くように仕向けられていたわけだ。 しかし…ならなぜあの時、綱吉くんを発見したときに来なかったのだろう。 「…おい、骸。」 「はい?」 黙って自分の思考の海に沈んでいたら不機嫌な声が聞こえた。 顔をあげれば獄寺の視線は僕を通り越した二階を見上げている。 ドゴッ! 現実に戻ったことでまた聞こえ始める破壊音。 ……忘れてた。 ガタン!ドン!ガシャーン!! 「…………」 「上、なにしてんだあいつら。それとなんで10代目にそんなものがかかってる。雲雀の仕業か?ってかそもそもてめぇが何故ここにいる。」 「…………」 なにから説明したものか… * * * * あと、少し。 高い高い階段を休みながら昇っていく。 「っ…」 ドクドクいう心臓。 慌てて胸に手を当ててほう、と息をつく。 大丈夫、あれじゃない。 上を見上げればまだ二十段以上ある階段。 この階段を一気に駆け上がれたらすぐにでもあの人に会えるのに。 同年代の連中はこのくらいの階段なら二段飛ばしで上がっていけるんだろうなぁ…いいなぁ… 額に吹き出す汗を拭いまだ距離のある赤い鳥居を見上げる。 「!」 最上段にしゃがみ込んでこちらを見下ろす人。 …さ、さっきまでいなかったのに! 「ほら、頑張れ。あと少し。」 「え、ええ!?まだ時間じゃ…」 「君の考えることなんかお見通しだよ。先に来て驚かそうって魂胆だったんでしょ。」 「う〜…」 「甘いよ。」 …読まれてた。恥ずかしい… 頬に熱が集まる。この人には本当に敵わないや… あと、数段。必死に足を動かしてそこまでいく。 普通だったら一瞬の距離。それがもどかしい。 「わっ!」 下ばかり見てたらにょきりと伸びた腕に体を抱えられた。 そうして最上段に下ろされる。 「はい、到着。」 「びっくりするじゃないですか!」 「はいはい。」 ぽふぽふと頭を撫でられる。 も〜…子ども扱いして! むくれて見せるけど、本当は頭撫でられるの好き。 見上げると、あの人が小さく笑う。 俺だけが知ってる優しい笑い方。この笑顔も、好き。 「兄さま!」 「!」 どすりと勢いをつけて抱きつく。 頭上できっと仕方ないな、って顔してるんだろうな。 どの表情も、手も、髪も。 全部。 全部大好き。 * * 「…うん、好きだったよ…本当に。」 ずず… 土の山を手で崩し、穴へと落とす。 幸せだった記憶。この世でなにより愛していたヒト。 それが穴の底に横たわっている。 この桜の木の下で一緒に過ごした日々が逆廻りで脳内を駆け巡る。 彼の笑顔が好きだった。けれどそれは自分だけのものではなかった。 目から溢れるものと土をはらはらと降らせていくうちに、その青白い顔もやがては見えなくなる。 山がなくなり穴が消えるまで同じ作業を繰り返す。 本当は埋めたくなんかない。側にずっと居て欲しい。どんな姿になっても構わない。 けれど…きっと彼はこの桜の下に居たがるはず。 「大好き…だったもの。ね…?」 淡い花を咲かす昔馴染みにそう囁けば同意するように揺れる木。 全てが終わったら、この身もここに埋めて貰おう。この花の一部になれるのならば悪くない。 誰にも知られぬささやかな葬儀を終えて、脱ぎ捨てた打掛を拾い上げる。 華やか過ぎて似合わないと一度も袖を通さなかった紅の衣。 ――着て、見せてあげれば良かった。 衣を羽織りもう一度翁の桜を見上げる。 全部、自分を置いていってしまう。また、残ったのは自分だけ。 けれど。 もうそれも終わり。 袷から黒い短刀を取り出す。 だって、思い出したのだから。 産まれた時に受けた託宣の意味を。 今まで否定し続けた呪い。 それが父母を奪い兄弟を奪った。 人として得る暖かさは遠く、愛した者の最期をこの手で… 幼い頃からこの存在が災いをもたらすといわれていた。 何も奪わぬ自分から、なぜ全てを奪う。 なぜ罪がないのに罰せられなくてはならない。 罰をかすあの者たちはのうのうと変わらず暮らしているのに。 この身が災厄になるというならば。 「その通りにしてくれる――――!」 * * * * 「…ん…」 「10代目?」 ぼんやりと目を開けられた10代目。 ってやべ! 慌てて部屋の惨状を隠そうと枕元にしゃがみ込む。 雲雀と跳ね馬の野郎…散々暴れたあと窓ガラス割って外行きやがったらしい。 「に…」 「じゅーだいめ。」 まだ半分意識は夢の中のようだ。 なんか、もぞもぞして…手錠は外したがもしかすると腕が痺れてうまく動かせねぇのかも。 「ごくでらく…?」 「はい。」 しぱしぱとまばたきを繰り返しようやく俺に焦点があったようだ。 10代目はころんとうつ伏せになってまだ眠たそうにしている。 まあ…無理もねぇよな…10代目は日付変更前には間違いなくお休みになられてるはず。 「まだ大丈夫ですよ。夜なんで眠られてても。」 「ん…いい。起きる…」 すう、と寝入りそうになる瞼を無理矢理開けているのが分かる。 俺がいるせいなんだろうな…だがここ片付けねぇと。 骸の幻術ありゃなんとかなるだろうが万が一10代目がお怪我をなさったら大変だ。 「まだ寝てなさい。」 「!」 後ろから伸びた手が10代目に触れる。 振り返れば骸が立っていた。相変わらず着物も蝶もくっついたままだ。 気配がないから驚いた………って。 ――――なんか今…? 「な、なんだお前かよ…雲雀たちは」 「疲れたでしょう?ゆっくりおやすみ。」 唇に人差し指を当て静かにというジェスチャー。慌てて口を噤む。 脇にのけば骸がそこにかがみ込む。 瞼を閉じた10代目の頭を撫でる手。慈しみに満ちた眼差し。そして柔らかい声。 ……なんか、変じゃねぇか? こいつが仲間とも俺らとも違う対応を10代目にしていたのは知っている。 けど…こんな愛おしさただ漏れの顔、仲間にもしてなかっただろ! なんでこんなに態度変わってんだ。この数時間で何があったのかも問い詰めねぇとな… 「んに…」 「ふふ。」 寝ぼけた10代目が骸の手に頬を擦りつける。人懐っこい子猫のような仕草に奴の頬が緩む。 …………なぜこいつにそんな甘えてるんですか、10代目…! 「ん〜…」 「ふふふ。しょうがない子…好きなだけ撫でてあげる。」 「…?」 あれ…? 不確かなむずがゆさが違和感に取って代わる。 態度のギャップかと思ってたが…今ので気付いた。 笑い方、話し方どれを取ってもおかしいが、決定的におかしなもの。 間違いない。これは骸の声じゃねぇ。 見れば奴の周りを飛び回る蝶の数も増えている。 「…お前。」 10代目が寝入ったのを確認すると、骸がユラリと立ち上がる。 俺を無視してそのまま部屋を出て行こうとする背に構わず言葉を続ける。 「前に会ったな。学校で。」 「………怪我は?」 「は?」 骸が首だけをこちらに向ける。 瞳に浮かぶ六の字はなく闇夜に桜を溶かしたような色彩に覆われている。 「切っただろ、肩。平気?」 「あ、ああ。これくらい別に。」 「そう、良かった。」 「…………」 思ってもなかった相手の言葉に思考が停止する。 な、 なんだこいつ?襲ってきておいて… ぐるぐる悩んでいると、用は済んだとばかりに部屋を出ようとする骸。 「ま、待て!」 まだ混乱していた俺は何を考えるでもなく相手を呼び止めた。 そこで相手が振り向くとは思っていなかった俺は、更に慌てた。 そして実に間抜けな質問をしてしまった。 「お前……名前は?」 「…………………桜」 「サクライの佐保だよ。ゴクデラくん。」 続く… |