第十話









「ちょっと待った。」


昨日と同じファーストフード店の同じ席。

違うのは時間が朝であることと対面に座る人物。

僕が待ったをかけると相手は不機嫌そうにストローをくわえる。


「あんだよ。」

「君も桜の夢を見ているのですか。」

「だからそう言ってるだろ。変な神社みたいなとこで…――」


やはり。獄寺もか。

クロームと毒サソリが倒れ、昏睡状態の者たちに触れて分かった共通点。

それは霊媒体質であること。

昏睡状態になったのはおそらくあの怨霊が自分の器を探していた為だろう。

許容量オーバーが原因なのではないかと思う。それと霊力、霊感といったものの強さも影響し時間差があるのだろう。

クロームはそれらがずば抜けて高い。毒サソリもしかり。

逆に獄寺は霊媒としてはクローム以上の媒介ではあるのだが霊力や霊感は人並み以下だ。憑依した時に確認している。


「――…で穴を掘って…って聞いてんのかてめぇ。」

「!あ、考え事してました。」

「おい!」


いつにも増して不機嫌ですねぇ…まあ、寝不足なようですから無理もない。

目の下に黒い隈が出ている。目も充血してますし。


「っとによ…自分で聞いといて。」

「早朝に呼び出したのは君でしょう。…寝てないんですか、昨日。」

「うたた寝ぐらいだな。深く寝入りそうになるとヤバい気がして飛び起きてたからな。」


ほう。勘は鋭いようだ。

昏睡状態にならないのは霊知の低さだけでなく彼の気力も関係しているのかもしれない。


「と、こんな時間か。」


時間?

携帯の時間表示を見ればまだ7時前。


「君なにか部活にでも」

「ちげーよ。図書室に行くんだよ…調べたいことがあんだ。
譲りたくはねぇが10代目のお迎えは山本に頼んだから問題はねぇし…どうせお前もいんだろ。」

「まあ、そのつもりですが…何を調べるのですか?」


トレイのゴミをゴミ箱に乱暴に放り入れる獄寺。

彼が綱吉くんより優先することなど有りはしない。

ということは今起きていること関連でしょうが。


「昨夜お前の体乗っ取ってた幽霊が「サクライの佐保」とか名乗っててな。それ調べてーんだ。
10代目から妙なのが離れたのはいいが姉貴やリボーンさんはまだ眠ったままだしな…なにか手掛かりになればいいんだが。」

「…そうですか。」


サクライ…サクライ?

どこかで聞いたような…最近のことだったような気がするんですが。

…………どこでだったか。


「まあ、よくある名前ではありますが…」

「なにぶつくさ言ってやがる。」

「いえ。なんでも。さてでは僕は綱吉くんの家に戻りますよ。」

「ああ。」

「獄寺。」

「あ?」

「…まだ、憑いてますか?」


僕が問うと獄寺が目を細めこちらを見る。

自分では何も感じないのだが…どうにも信じられない。

黙っているとニヤリと笑い獄寺は鞄を担いだ。


「どうだかな。ま、憑依される側の気分ての体験しとくのも悪くねぇだろ。」


してやったりと言わんばかりの足取りで店を出て行く獄寺。

…………君も根に持つタイプか。


* * * *


最後の一段を上がり、息をつく。

まだ肌寒さすら感じていたのに…ここまで上がるのに体内の熱も上がってしまった。

けれどそこに広がる素晴らしい光景に下品にも口笛を吹いてしまった。


「ほ〜…」


こりゃ、隠れた名所だなぁ…あいつが教えたがらないわけだ。

花の雲に花の雨。春の日差しにここまで似合う風景はないだろう。

おかしな形の門――確か、トリィと言った――を潜り奥へ進む。

どのサクラも素晴らしいがあの一際大きな木の美しさが一番目を惹く。

枝ぶりといい、幹のうねりといい…


「まるでサクラの女王だなぁ…」

「女王じゃないよ、翁だよ。」

「!」


誰もいないと思い呟いた言葉に返事が。驚いて辺りを見回す。

―――いた。

曲がりくねった道の途中に立つサクラ。その後ろから袂がちらちら見えている。


「翁は女の人に例えられるの、嫌いなんだ。」

「へぇ…そうなのか。」


そちらにゆっくり歩み寄る。

木の後ろの声の主は少し顔を出してこちらを伺っている。が、俺と目が合うとまた隠れてしまった。

東洋人にしては色素の薄い髪の色…こいつ混血か?

木の前に立つとその子どもは顔を半分だけ出して此方を見上げる。


「あなたはだれですか?あの人のお客様?」

「あ〜…いや、ただちょっと花見にきただけだ。」

「花見。」


子どもは大きな瞳でじぃっと俺を見上げる。

なんか、敵意はないが探るような目だ。

まあ異邦人なんか見慣れて無いだろうしなぁ…大体みんなこんな反応だしな。

背が高いだけで威圧感を感じると聞いたこともある。

だからその場に屈み、目線を下げてやる。


「俺はな、勉強の為にこの国に来たんだ。今はここの地主の家に泊めて貰ってる客みたいなもんだ。」

「地主さま…」


地主の名を出すと、子どもの顔が曇った。

なんだ、この反応…ここの地主は温厚だし無理な労働を強いたりしないし人望も厚いと聞いてたんだがな。

…ちょっと気まずい感じに…ま、いいか。


「え〜と…んで、海のうーんと向こうから来たんだ。―――って言えば分かるか?」

「知ってる!」


祖国の名を出すと子どもの顔がぱあっと明るくなる。

子犬みてぇな奴…可愛いな。


「兄さまもそこにお勉強に行かれるって!」

「へぇ…そうなのか。」

「俺もいつか連れて行ってくれるって。でも…きっと無理だけど…」

「?」


また、顔が曇る。

子どもがそんな顔するのは見たくねぇなぁ…笑ってる方がいいに決まってる。

まだ木の後ろに隠れている子どもを抱き上げる。驚いている子どもにサクラを指差し問い掛ける。


「なあ、オキナってじいさんって意味だっけ?」

「え…うん、そう。一番長くここにいるんだって。」

「なんでじいさんなんだろうな、あんな綺麗なのに。」


さっぱり分からん。

そうひとりごちると子どもはぱちくりと瞬きこてんと首を傾げる。


「だって、おじいさんだもん。」

「サクラが?ばあさんじゃなくて?」

「男はおじいさんでしょう。」


不思議そうにそう答える子ども。

――そうか、そういう設定なのか。なら合わせてやろう。

子どもを抱えたままオキナの木に向かう。

せがまれるがまま祖国のこと、海のこと、旅のことを聞かせてやる。

話をしているうちに俺はその不思議な子どもがすっかり気に入ってしまった。



帰ったらサクラの下で会った可愛い子犬の自慢をしてやろう。

……いや、やっぱやめとくか。

これは俺だけの秘密にしておこう。


* * * *


見上げる先には長い石の階段。

…こりゃ日中に登る気は起こらねぇよな…熱中症になるぜ。


「…どこまでついてくるつもり。」

「なんだよ、さっきまで戦え戦えってきゃんきゃん吠えてたのはお前だろ。」

「戦わないなら興味ない。さっさと消えて。」


消えろときたか。

誤解したのは悪かったと思うがもうちょっとその態度どうにかならないのか…

って、そうだ忘れてた。


「待てよ。」


目線も寄越さずに石段を登ろうとする恭弥の腕を掴む。

ギロリと鋭い眼光を向けられても離す気はない。


「また傷開いてんだろ。匂いで分かる。」


俺が指摘すると、恭弥の片側の眉がぴくりと動いた。

こいつ満身創痍でも自分の体省みずに戦い続けるからな…


「だったらなに。」

「手当てしてやるから一度戻れ。」

「断る。あなた目障り。」

「………」


俺の腕を振り切り階段を登っていく背。

まったく…このじゃじゃ馬め。

胸の内でだけ毒づき階段に腰を降ろす。無駄に疲れたからな…半分は俺のせいだが。

そういやあいつらどうしたかな。

昨日敵対マフィアとやり合ってる間にはぐれた連中。流石に本国じゃねぇから派手なドンパチは無かったが…あれからなんも言ってこねぇし。


「…あれ。」


携帯を取り出すと圏外の表示。っかしーな…山があるからか?

まあ、後でもいいか。あいつらがやられるわけねぇし。

どっこらしょとじじくさい掛け声で立ち上がり階段を見上げる。

あいつらより恭弥だな。心配なのは。放っておくと傷あのままで過ごしそうだよなぁ…


「…………………」


別に待っててもいいんだがついでに神社参りでもしようか。そういうの興味あるし。

何度もこの町には来てるがこんなでかい神社があるの、知らなかったしな。

それに…こっからでも桜が咲いてるのがよく見える。

上に行けばさぞやいい景色だろう。


「待ちなさい、そこの人。」

「?」


数段上がった所で背後から声がかかる。

オレのことかと振り返ると杖をつく老人の姿。


「ああ…やはり異人さんか。最近の若いのは髪の色をころころ変えるから…まったく。
日本人の誇りをなんだと思っとるんじゃ、あいつらは!」


愚痴り始めた老人に顔が引きつる。

最近のマナーの悪い外国人観光客のせいでなんもしてないのに敵みたいな目で見てくるヤツ多いんだよな…

まさかその類じゃないだろうな…疲れてるのに朝からそんなん相手にしたくねぇぞ。


「えと、なにか?」

「ん?なんだ、お前さん日本語出来るのか。」

「まあ…それなりに。」

「ほう、感心じゃな。時にお前さん、ここになにか用か?」

「連れが上に」

「異人か。」


老人の早い切り返しに驚きつつ首を振る。

…なんかあるのか、ここ。


「違うならいい。が、お前さんは中には入らない方が良い。」

「…暴れたりしないぜ?」

「いや、そういうことじゃあない。ここの神様がお前さんのような異人さんを嫌っていてな。祟られたくは無いだろ。」


観光で奈良や京都に行ったこともあるが外人だから、なんて理由で神社参り止められたのは初めてだぜ…

登りかけた階段を降り上を見上げる。

一体どんな神さま祀ってんだ?


「なんか恨みでもあるのか。その神さまは外人に。」

「ある。」


即答か。

老人に向き直ると、彼は眩しそうにオレを見上げる。


「昔、人であった時に最愛の者を亡くしたそうだ。その原因の片割れである異人を未だに恨んでいる。
特にお前さんのような見事な金髪の異人をな。
分かったならそのお連れさんと一緒にすぐにここを離れなさい。
櫻居の佐保姫様の怒りは凄まじいからの。」








続く…





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