第十四話









「…でけぇな。」


これが佐保神社か…

もう一年以上この町に住んでるっつのに、こんな神社があるなんて知らなかったぜ。

鳥居をくぐり境内に足を踏み入れる。

季節感まるで無視の満開の桜。

夕焼け空の下、生温い風が吹く度にちらちらと花びらを散らす光景は綺麗というよりもどこか不気味だ。

それと…参道が木を避けるようにカクカクS字みたいに曲がっている。

…なんで鳥居から拝殿までの直線上にこんな何本も桜が植わってんだ?面倒臭ぇだろうに。


「…っと。」


流石にヤベェよな…

歩きながら煙草の火を消して携帯灰皿にしまう。


「感心じゃのう。」

「!」


誰だ…?

声の主を探して辺りを見渡す。

すると境内の隅の一際大きな桜の影に杖をついたじいさんがいた。

…俺だけかと思っていたんだが。気配を感じなかった。


「ポイ捨てなんぞしおったらどうしてくれようと思っていたんだが。」

「…んな罰当たりなことするかよ。」


何者だ…?

睨みつけてもじいさんはにこにこと上機嫌に笑うだけだ。

…相手にすることもねぇか。

手水舎で口と手を濯いで柄杓を洗い賽銭箱の前に立つ。

お参りに来たわけじゃねえが、一応な。

小銭を投げ鈴を鳴らす。手を合わせていると玉砂利を踏む音。

ちらりと片目をあけて伺えばさっきのじいさんが崩れかけた狛犬を撫でていた。

………………そういやなんでこの狛犬、内側向いてるんだ?

やっぱなんか変だよな、ここ。


「恋愛成就の祈願かな、お若いの。」

「ちげぇよ…」


改めて境内の中を見渡しているとじいさんが歩み寄ってきた。

…なんか暇つぶしの相手探してたみたいだな…タイミング悪ぃ…

こう、悪意なくにこにこされるとどうにも…毒気抜かれる。

仕方ねぇな…ちょっと相手になるか…


「縁結びの神様なのか?ここの祭神は。」

「ああ。恋愛成就に夫婦円満、健康長寿、病気平癒、子宝祈願を叶えくださるぞ。
と言っても、子宝はまだお前さんには縁は無さそうだがのう。」


恋愛成就。櫻鬼を読んだ俺には皮肉に聞こえるぜ。

そんな有り難い神様な割には閑散としてるしな、ここ。並盛神社のがもっと賑わってる気がする。


「いつもこんななのか、ここは。」

「んん?いやいや、こんな狂い咲きは普段はせんよ。4月には散るぞ。今年がおかしいんじゃ。」


…桜のことじゃねぇんだが。ま、いいか。


「人がいねぇな。」

「…ああ、あまり寄りつかんな。云われを忘れても不思議なことに勘がはたらくんじゃろうな。」

「勘?」

「ここに祀られてるのは御霊でな。御霊は元は怨霊なんじゃ。
怨霊は非業の最期を迎えた、恨みを持つ者。怨霊信仰は日本独特のものでな、祟られぬように祀るんじゃ。
彼らは祀られれば生前叶わなかった願いを叶える神様にされる。」


そうか、だから恋愛成就なわけか。皮肉もなにもそれならば納得だ。

…もしかして、このじいさんすげぇここに詳しいんじゃないか?

世間話に付き合うくらいの気持ちだったが思わぬ好機だ。


「じいさん、櫻鬼って知ってるか?」

「おお、懐かしいな。久々に聞いたわ。」

「じゃあ、ここに祀られてるってのは…」

「あれは作り話じゃ。」


……………………へ?

ぱちくりと阿保のように瞬いてしまった。

作り話?あれだけ探してやっと見つけた手掛かりらしきものが?

唖然とする俺を余所にじいさんは桜の木を見上げて懐かしげに目を細める。


「こんなに桜が狂い咲いたのは20年振りかの。あの時は真冬じゃったが三日三晩桜は咲き続けた。
当時は異常現象だなんだと騒がれたが…もしかすると祝福のつもりだったのかもしれんのう…」

「祝福…?」


じいさんは俺を見て頷くと拝殿前の階段に腰を下ろした。

日はもう落ち掛けて山の向こうに太陽が隠れる寸前だ。

夕焼け色の境内は不気味さよりももの悲しげな雰囲気になる。

――なんとなく、じいさんの顔つきが変わったような気がした。今から語られることを聞き漏らしちゃいけねぇ。そんな気がする。

俺は向かいの桜に背を預け話を聞く体勢になった。


「ここの桜は稀に時期を無視して咲き誇る。
あの時は何百年振りではあったが、調べれば確かにそれ以前にも記録はある。
科学でいくら調べても無駄じゃ。その現象は佐保姫様のお気持ち次第。」

「…これもか?」


親指でくいと後ろを示せばじいさんが頷く。

佐保姫…骸に取り憑いてるあれのことだろうな。

正直櫻鬼を読んだ時はピンと来なかった。あの鬼とあの幽霊はどうにも同一人物と感じられなかったからな。

…そういえば、あれもこのじいさんに聞けば分かるだろうか。


「じいさん。…櫻居さん、って知ってるか?」

「!」


それまで和やかな顔をしていたじいさんが心底驚いた表情で腰を浮かした。


「お、お前さん…よく知っているな…」

「いや、全然。聞いたことがあるだけだ。だから今聞いてんだろ。」

「…そうか。そうじゃの。」


また階段に腰を降ろすとじいさんはゆっくりと息を吐き出し、また和やかな顔で語り始める。

図書館よりこっちに来て正解だったな…


「佐保姫は他の者には鬼であっても櫻居の人々には守り神となる。
桜が異様に咲き誇る時も大体が櫻居の子どもになにかがあったとき。
…お前さん、何かこの神社おかしいとは思わないか?
ここはな、怨霊を鎮めるためにあらゆる封じがしてあるのじゃ。
佐保姫の怨念は祀った後も消えなかったのでな。荒ぶる御霊はどんな秘術も破ってしまう。
だがそれを櫻居――後にそう呼ばれることになるんじゃが――とにかくその一族が鎮めた。
佐保姫は櫻居の子に『お前達が櫻の根元に居る限り祟りはしない』と言ったそうな。」

「桜の根元…」


境内への長い階段を登りきった時の風景を思い出す。

高い場所から見下ろした並盛はあちこちに花霞がかかっていた。

普段は気付かないがこの町は桜の木が本当に多い。


「しかしいくら祟らぬとは言っても、ほれ。この通り姫神の力は健在じゃ。
何で逆鱗に触れるか分かったものではないからの。こうやって様子を見に来ているんじゃ。
特にマナーのなっていない輩や金髪なんぞ姫様に見つかったらどうなるか…」

「………………」


―――金髪?

そういや、10代目もさっき金髪がどうのって…あ、そうだ。お父様とお母様のご結婚を反対されたとか…

いやでも、そういう反応は普通か…俺も似たような目にはしょっちゅうあってるしな…

じい、と見られているのに気付き、憮然と「これは地毛だ」と返す。


「いや、悪い。そういう意味でなくてな。
…気を悪くしないでほしいんじゃが。お前さんはハーフ、というやつかな?」

「………そうだ。」

「ああ、やはり。雰囲気がなんとなく似ていると思うたわ。」


何か言われるかと身構えるのは昔からの癖だ。

今はあまりないが、昔イタリアに居た頃は混血であるが為にいろいろと言われていた。

だからじいさんが懐かしげに笑ったのには驚いた。


「儂の友にな、櫻居の奴が居たんじゃが…お前さん、それに似とる。」

「?」

「櫻居の家の子は個人差はあれど必ず髪と瞳が茶味を帯びる。
これは儂の推測なんじゃが…櫻居家の者が姫を鎮められたのは、同じだったからじゃないかの。」

「…同じ?」


生白い、街灯と同じ灯りがつく。日が完全に沈んだのだ。

蛍光灯に照らされた境内はシンと静まり返っていて……そう、ここ最近見ていた夢のままの状況になる。


…じいさんの言うとおりだ。

10代目は確かに茶色い。髪はよくあるが瞳は日本人の割に薄い色をされている。

今まではお父様の遺伝だと思っていた。けれど言われてみればお母様も髪の色が茶を帯びている。10代目よりも濃い色だから意識したことは無かったが。


じいさんは重そうに腰を上げると俺が寄りかかっている桜を振り仰ぐ。


「肌は石膏のように白く、唇は桜色。瞳は琥珀、御髪は飴色。その美しさから春の女神と同じ「佐保」と呼ばれるようになった…そう言われておる。」


横殴りの風が吹いた。弄られる髪を掻き上げ抑える。

風が、じいさんの被っていた帽子を飛ばす。


「混血、だったのか?佐保姫は。」

「ああ。お前さんなら分かるじゃろう。その大変さが。」

「………ああ。」


そういって、こちらを向いたじいさんの髪に蛍光灯の光が透ける。

銀に光る白髪に混じり茶髪がちらほらと見えた。

薄々そうじゃねぇかとは思っていたが…これで確信した。


「じいさん、沢田さんを知ってるだろう。」


よっこらせと帽子を拾い上げる老人に断定の形で言い切る。

じいさんはちらりと俺の方を一瞥すると盛大にため息をついた。


「やれやれ…知らんふりを押し通す予定じゃったんだが…」

「よく言うぜ。」


じいさんは平然とした顔で帽子の砂埃を払うとそれを被り直す。


「聞きたいことはなんだ。何でも答えてやるぞ。」

「さっきまでのらりくらりしてた癖に…」

「仕方ないじゃろ。あの男はそりゃあ憎いが儂とて孫は可愛いからの。」









続く…





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