第十六話 パラパラと捲り終えた和綴じの本を山積みの仲間に放り投げる。 駄目だな…どれも並盛町の名称が出始めるのは明治あたりからだ。 家自体の歴史は古いようだがここに雲雀がやってきたのはつい最近のことらしい。 「…………」 一度だけ、おかしな夢を見た。 赤い打掛に襲われた時に見た、神社の階段を昇る夢。 僅かに残る夢の記憶。あれは明治よりもっと古い時代だったような印象を受けた。 「あらあら、こんなに散らかして!もう、整理が大変だわ。」 「…後で片づけるよ。」 口調の割りに楽しそうな声。振り向かなくてもにこにこしているであろうことは分かる。 次の本に手を伸ばす。 後ろでぱたぱたと本を移動している気配。 「…後にしてくれる?放っておけば片づけるから。」 「そんなこと言ってどうせ草壁くんたちにやらせるつもりでしょう? 忙しいのに可哀相だわ。恭弥さんったら本も人も散らかすばかりなんだから。」 集中できないよ、母さん。うるさい人に見つかったものだ。 蔵の中は一応灯りがついているのだが暗くて埃っぽい。あまり長居には向かない。 …まあ本が片付けば出て行くだろう…気が済むまで放っておこう。 黄ばんだ頁に指を差し込み、破かないように注意して捲る。 あれだけの規模の神社だ…なにか、無いのだろうか。ほんの些細なことでもいい。 綱吉の後ろにいる悪霊に対して、僕には何も切り札がない。 相手がなんであろうと叩き潰して咬み殺す。しかしあんな鰻みたいににゅるにゅる尻尾も掴ませないモノに対処する方ほ… 「そんなに真剣に何を調べているの?」 「…………邪魔しないでくれる。」 本が陰って文字が見えない。 母さんが覗き込んだせいで頭で灯りが遮られている。 パタンと本を閉じギロリと母親を睨む。 しかし、相手はひらひらと手を振りころころと上機嫌に笑っている。 「あらあら、怖い目。目つきばっかりあの人に似て。折角可愛く産んであげたのに…」 「ちょっと、黙っててくれる。気が散るんだけど!?」 「そうやって偉そうにするところはお義父さまそっくりねぇ…」 話を聞け!!!! 本当にこの人といると調子が狂う…! そうだ、跳ね馬見ると無性に殴りたくなるのは悟ったような話し方がこの人に似てるからかもしれない。 まあ、あの男は口閉じてても殴りたいけど。 「…なんであなた達結婚できたのか本当に不思議…接点無さそうなのに。」 「あら?あらあら!聞きたい!?」 「…別に…」 しまった…うっかり地雷を踏んだか… 目をきらきらと輝かせ、そこに座り込む。語る気満々だ… 「始めはね、私の一目惚れだったの!夏祭りであの人を見かけて」 暗闇でも輝かんばかりの鋭い刃のようなオーラに撃ち抜かれたんでしょう…もう分かってるよ… こうなったら徹底無視だ。逃げても追いかけてくるから無視。飽きたらいなくなるだろう… 閉じていた本を開きパラパラと捲る。 気になるところだけ読んでいるが全然手掛かりは出てこない。 もっと最近のものの方がいいのか?しかし夢の時代がはっきりしないことにはどうしようもない。 図書館も考えたがここに無い情報が果たしてあちらにあるだろうか? 「だから、勇気をもらうっていうのかしら?普段は神頼みなんてしないんだけど、それで片っ端から縁結びの御守り買っちゃったりしたの。」 いや、けど一般には閲覧不可の蔵書ならあるいは…調べてみる価値もあるかもしれない。 あとは例の死体だな…あの男が探って分からないとなると…掘り返すか。 「それで、あの人ったらなんて言ったと思う?『桜の精かと思った』ですって!もう、もう硬派なあの人がそんな気障なこと言うなんて!!!!」 きゃあきゃあと今時の少女のようにうるさい母親。何故一人でそこまで盛り上がれるのか聞きたい。 大体桜の精ってなに。あの人そんなこと言うの?それ狐かなんかに化かされたんじゃないの? そう思ったけど口に出したらまた長くなる。心に留めて頁を捲る。 「手も頬も冷え切って…あれはきっと、私を待っててくれたのね。雪の中に黒づくめのあの人がこう、立ってて」 …まだ終わらないの、こののろけ。 本家じゃ口数の少ない、控えめでお淑やかな嫁で通ってるらしいけど…一体どんな猫を被っているのか。 いい加減欠伸も出るよ…隠す気も起きない。 「ふあ…」 「雪と一緒に舞う花びらが本当に幻想的で!まるで桜が祝福してくれているようだったの!」 「そ…」 それは良かったね。 そう、言おうとしてはたと気づく。 桜と雪が一緒に降る…?そんなことがあるだろうか。 他の地域ではあるのかもしれない。けれど、並盛は桜が蕾をつける時期が遅い。 「それ、いつの話?」 「え?20年…いえ、22年前だったかしら?」 「そうじゃない!時期を聞いてるんだよ!」 「……1月ね。バレンタインが近くて張り切ってたはずだもの。」 「そう。」 「あら?恭弥さん?」 22年前。まさかのろけにヒントが転がっていたとは。 母さんの声を聞き流し、蔵を出て家に走り込む。携帯の短縮から副委員長の番号を呼び出す。 「っ…」 脇腹が痛い。血が滲んでいるかもしれない。 呼び出し音を聞きながら掛けていた学ランを掴む。 『委員長?どうか…』 「22年前の1月。いや、12月から2月くらいまでの新聞をかき集めて。 それとここ50年間の気象と桜の時期。」 『は、はい!』 電話を切って学ランを羽織る。 尻尾の先は見えた。必ず捕まえてみせる――! * * * * ――ごめんね―― 何度も。 何度も謝るその人たちを覚えている。 ――ごめんね…―― ――どーしてあやまるの?―― 頭を撫でて抱き締めて。 何度もそれを繰り返す人。 琥珀色の瞳に涙を浮かべて…どうしてそんなに泣いているの…父様。 ――いや。いやよ。どうしてこの子が…!!―― 髪を振り乱して痛いくらいに私を抱きしめる腕。 いつも水仙のようにぴんとしてる母様。 泣いているのを見たのは初めてだった。 ――父様が弱くてお前一人守れないせいで…ごめんね…―― 父様と母様の後ろには黒い壁。 …違う。黒い服を着た大人がたくさんいる。 みんな怖い顔で私たちを見ている。 どうして? 父様たちが私を離すまいと抱き締めていると、壁が近づいてきた。 …時間が無いんだ。 幼い私にもなんとなくそれが分かった。 大人たちの手が父様たちにかかる。 父様は最後に私に「それ」を握らせた。 ――お前に御守りをあげよう。 ――父様の代わりにお前を守ってくれる。 ――悪いものはみんな斬ってくれるよ。 ――でも、お前に大切なものができたら、次はお前が守るんだよ。 ――必ず、生きていておくれ。 ――お前は幸福になる権利があるのだから。 両親が、離れていく。 悲しく嘆く母も、寂しく笑う父も大人たちに無理矢理連れられて行く。 追いかけたかった。 離れたくなかった。 でも出来なかった。 私はその日より、神社が世界の全てとなった。 * * * * ――体が軽い。 地を蹴ればふわりと軽やかに体が浮き上がる。 「ふふっ。」 体と一緒に広がる赤い蝶の柄。 夜がこんなにわくわくするものだったなんて! もう一度土を蹴り桜の枝にまで飛び上がる。 「……気持ちいい。」 昨日まで蒸し暑く感じていた風が肌を滑る。 こんなに涼しいのに、俺はなんでそんな風に思ってたんだろ? 「ん?なあに?」 ひらひらと舞い飛ぶ蝶々。 案内するかのような動き。付いて来いってことかな? 肩に羽織っていた着物を頭から被る。枝を蹴り、民家の屋根へ。 屋根から屋根を飛び回り、まるで自身も蝶々になったみたいだ。 「あはは、楽しい!」 蝶々の行く先は分かってる。 きっと、あそこだ。自由に動けないあの人の為に、俺はあれを取りに行かなくちゃ。 「綱吉くん。」 ひょいひょい跳ね回っていると、誰かが俺の前に立ちはだかる。 「綱吉くん。」 「…なんだ、骸かぁ。」 誰か邪魔しに来たのかと思っちゃった。 抜いていた脇差を元に戻す。間違って、切っちゃうとこだった。 「綱吉くん…それをどこで…」 「あ、これ?母さんのなんだけど、あの人みたいでしょう!」 箪笥の奥にしまってあった着物。赤いし、蝶々だし…これでお揃いみたいじゃない? くるんと回ると、骸が怒ったみたいな難しい顔をする。 似合わないかなぁ。あの人にはとってもよく似合うのに。 「骸、怖い顔。そんな顔しちゃ駄目。あの人は笑ってる顔が好き。」 「これは僕の体です。どんな顔をしようと自由です。」 「………」 それもそっか! 骸はどんな顔してても骸だもんね。 軽く屋根を蹴るとふわりと体が浮き上がる。 うん、楽しい。 くすくす笑ってると骸のおでこの皺が深くなる。 「綱吉くん…君は一体どうしてしまったんですか。」 「どうもしないよ〜?骸ったら変なの。」 くるくると空中で回る。 いつも笑ってる骸が怖い顔してる。おかしいったら! 「では、どこへ行くつもりなんですか?」 「さて、どこでしょう?」 「……跳ね馬か…雲雀のところでしょうか。」 「だったらどうするの?」 「……行かせませんよ。」 骸の手に三つ叉の槍が現れる。 …本気なんだ。 俺は屋根に降り立つと脇差を抜き放つ。 「邪魔、するんだぁ?」 「協力者を消されては困ります。」 「ふうん?」 じやあ、骸も壊さなきゃ…ね。 続く… |