第十八話










今日はもう終わりかなと思ってたら、骸が突然膝をついた。

藤の拘束も緩まる。…どうしたんだろ。

そ〜っと腕から抜け出ても骸は反応しない。俯いたまま胸を抑えてる。


「骸、痛いの?」

「…………」



屈み込んで下から顔を覗き込む。

おかしいな、刀は当たってないし、桜だって…


「?」


骸が着物の裾を掴んだ。

それを持ち上げてふわりと笑う。


「どうしたの、これ。綺麗な色だね。奈々のかな?」

「うん。骸とお揃い。」



両手を広げてくるりと回ると赤い蝶々がひらひらと集まってくる。

蝶々もお揃い。

両手をひらひらさせていると骸が立ち上がる。

骸じゃない骸は目が夜の桜とおんなじ色。まわりを見渡して腕を組む。


「あの男はどうしたの?」

「ディーノさんは、外に行っちゃった。」

「…どこに?」

「わかんない。」



骸が意地悪だから逃げられちゃった。

首を振ると骸が仕方がないねと溜め息をつく。

でも、ディーノさんは『外』に出られないから、明日でも大丈夫だもん。

そういうと、こつんと額を弾かれた。


「そんなこと言って、本当は傷つけたくないんじゃないの?君は優しいからね。私がやろうか?」

「だめっ!骸、ディーノさん殺しちゃうでしょ!それはだめっ!」


痛いの可哀想だけど、ディーノさん壊さないと出て行っちゃうからちゃんとやる。

けど…ディーノさん強いから、すぐ抑えこまれちゃう。

いつもの骸も邪魔するし…今日も負けちゃったし…

自分の爪先に目線を落としていると、骸が右手を掴んだ。


「だったら、『あれ』を取りに行こうか。」

「あれって、骸の大事な御守り?」

「そう、御守り。」


とん、と骸が地面を蹴る。

ふわりと体が浮き上がって、あっと言う間に屋根の上だった。

無重力…月の上でも歩いてるみたい。


「ずっと。ずっと呼ばれているから…迎えに行ってあげなきゃね。でも私はあそこに入ると出られなくなってしまうから…」

「大丈夫!」


俺が、迎えにいってあげるから。


* * * *


「委員長!」


部屋に入ると、既に新聞が山積みにされていた。

さの中から数部、机の上に広げられている。


「あった?」

「はい。仰られていた通り、以前にも季節外れの桜が咲いていました。
現在の異常気象ならばあり得るかもしれませんが、当時は時期的にも気候的にもやはり有り得ないそうです。」

「そう。」


地域新聞を手に取り見やる。雪の日の桜の写真。あの人の言うとおりだ。


「桜は3日程花をつけ、散ったそうです。近隣の町ではそんな事は起こっていないそうで…」

「この時期に殺人事件とかは無かったの。」

「いえ。事件と言えるほどの騒動は…」


ぴたりと新聞を捲る手を止める。

副委員長を見れば手帳を眺め、首を振りつつ次の頁を開いている。


「…事件といえない騒動はあったわけ?」

「!」

「なに。言いなよ。」

「は、はい!」


不機嫌に睨み上げれば慌て手帳の頁を戻す。

今はどんな些細な事が切り札に繋がるかわからない。取りこぼしがあっては困るのだ。


「若い男女の駆け落ち騒動があったらしく…結局は未遂で終わったようですが。」

「………」


あまり、というか全然関係は無さそうだな。

僕が無反応なのを見て相手はやっぱりと言わんばかりに肩を落とす。


「すみません。捜査の範囲を町の外に広げて調査させます…」

「そうして。例の神社の方は?」

「こちらも大した事は分かりませんでした。祭神に関する伝承はありましたが余所にもあるような内容ばかりで。
一応、お読みになりますか?感熱紙なので字が読みづらいかと思いますが。」

「うん。」


クリップで止められた書類を受け取る。

ブザーのような音がなる。FAXのようだ。

副委員長が吐き出される紙を確認しに行く。

さて、どれも神話でよく見る名前だが…あの悪霊と関係しているのかどうかまでは分からない。

ばさばさと適当に書類を分けピンとくるものから優先して中身を確認する。


「…ん?」


『櫻鬼』と書かれた束。

これだけ神が出て来ない。所謂ただの昔話のようだ。神話とは関係なさそう。

ちょっと気になる。これはこっちだ。

書類を粗方分類し終わったころに、FAXのうるさい印刷音が止まった。

新たに出来た紙の束を捲り、草壁がどこかに電話をかけている。

なにか新情報でも来たかな。


「委員長、どうやら20年より以前にも季節外れの桜が咲いたことがあるようです。」

「へえ。」

「詳細を送るよう伝えましたのでお待ちを。」

「そう。…ああ、そうだ。この町の近隣で起きた誘拐事件と失踪者も調べて。
大人と子供の二人、年代性別は問わない。」

「……委員長、お言葉ですがそれだけでは調べようがありません。」

「なんでもいいから適当に見つけて。」

「…………」


そんなやつれた顔しないでよ…他に手掛かり無いんだから。

草壁は唸るように「承知しました」と呟くと一礼して部屋を出て行く。


「副委員長。」

「はい。」

「今夜からだけど。誰でもいいから沢田の家を見張らせて。朝までね。
沢田が家を出るようならなにをしていたかも調べて。」

「はあ…沢田、ですか。」


またかと呆れたような顔をする相手に思わず笑ってしまう。

この男にもすっかり「沢田=トラブルメーカー」という公式が出来上がっているらしい。


「今回の桜もあの男絡みですか?」

「……多分ね。」

「親子揃ってお騒がせですねぇ。」


苦笑しながら草壁は扉の前で手帳を開く。


「22年前の駆け落ち騒動もあの男の両親が起こしたものだそうで。これはもう血ですか…」

「草壁。」

「は、はい。」


また、繋がった。意外なところから。

そしてそれらはやはり全てあの子に連なる。


「追加で、調べてほしい事がある。」


* * * *





「―――。どこに行ったの!」


まったく…目を離すとふらふらと出て行ってしまうんだから。

最近は、少し体調がいいみたいで翁とお喋りに興じていることが増えた。

それはいいことだけど、まだ春先とはいえ夜は冷える。

風も出ているし…暖かくしておかないとまた体調を崩してしまう。


「―――!―――ってば!!」


…おかしい。

境内で探せる所は探した。何故どこにもいないのか…


「まさか…!」


鳥居に走り寄る。

そこから長く続く階段を見下ろす。

まさか…まさかこれを降りて行ったのでは…!?

彼の噂はあの子の耳にも入っていたはず…

だとしたら、会いに行きたがるはず。

会いたくて会いたくて溜まらなかったはず…!!

慌てて階段に足をかける。

無事降りることが出来ても上がるのは心の臓に負担がかかる。

今そんなことをすれば…



















ザアアアアアアアアアア…
















「!」



誰かに、呼ばれたような気がした。

あの子かも…いやあの子以外に自分を呼ぶ人間がいるはずない。

慌てて階段を駆け真っ直ぐに伸びた参道に戻る。

石畳を進みながらあの子の姿を探す。


「―――!隠れてるの!?出ておいで!」


こんなに怒鳴ったら、怒られるかと思ってしまうかも。

境内にいるならなにも慌てることなんか…――

そう、分かっているし思っているのに胸騒ぎがするのだ。

あの子の無事な姿さえ見ればこんな…













ザアアアアアアアアアア…


















こんなに焦ることも…




















ザアアアアアアアアアアアアアアアアア!

















「!」


いた。

見つけた!

こんなところにいたなんて。

本殿の脇に生えている翁の桜。その根元に座り込んで眠っている。

いつもの場所だから一番始めに探したのに…すれ違ってしまったのだろうか。


「こら!こんな時間まで何をしていたの!」


安心したらちょっと涙が出てしまった。

それを拭って、誤魔化すように怒ってみせる。

けれど、すっかり寝入っている子どもは起きる気配がない。

余程いい夢を見ているのだろう。微かに笑っている。

やれやれと肩を竦める。こうなったら寝汚いこの子は起きない。抱えていくしかないだろう。


「まだこの大きさだからいいけどこれより大きくなったらもう運んであげられ…」


ぞわりと、背筋を何かが這い登る。

触れた手には温かみがある。雛鳥のような匂いも変わらない。

それでも、なにかが違うと自分の中から声がする。


―――なぜ、この子の体はこんなに軽いのだろう。

―――なぜ、この子は汗をかいているの?

―――なぜ、この子の呼吸が聞こえないのだろう。



訳が分からないまま、耳を胸に押し当てる。

―――なにも、聞こえない。



おかしい。

おかしい…な。

耳が変なのかな。

そんなわけない。

そんなこと、あるわけないじゃないか。

だって、だってまだ猶予まで時間はある。

そう。

そうだ。

それに、まだ彼が来ていない。

彼と会う前に、この子が――わけないじゃない。


「は…はは。そうだ、そうじゃなきゃ…」


なんて自分は馬鹿な事を考えたのか。

…そうだ、待ってるからいけないんだ。

こちらから迎えに行こう。そうすればこの子も機嫌を直してくれるはず。

あの時だって、待ってたからいけなかったのだ。


「ちょっと、待っててね…?」


木の幹に子どもを寄りかからせて、乱れた髪を耳にかけてやる。

―――彼を連れて戻ってくるよ。

大好きな君の為だもの。彼もきっと喜ぶ。翁にあとを頼んで鳥居へ向かう。

禁足の掟も関係ない。






地主様のお屋敷へ。―――













続く…





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