第二十話









不思議…暗いのに、よく見える。

宝物殿の床を探ると突起が。それを掴み引き上げると現れる階段。

頭に浮かんだ風景通りに階段を降りる。赤い蝶に誘われるがまま地下を抜け、洞窟のような穴を突き進む。

この先に…――


「…あった。」


注連縄で四方を囲まれた石の台座。
そこに安置された細長い包み。

持っていた脇差で太い縄を断つ。俺を取り囲んでいた蝶達が包みに群がる。

久々の再会を喜んでいるよう。


「迎えに来たよ。」


台座に手を伸ばす。ぴりぴりと肌に電気のようなものが走る。

カタカタと鳴る包み。

―――ああ、警戒しているんだ。


「あの人が待ってる。一緒に行こう?ね…磐長。」


名前を呼んであげる。

途端に鳴り止んだ包み。それを取り上げ包みの口を開く。

脇差とお揃いの刀。

それを胸に抱きしめる。


「さあ…行こう。」


あの人の、ところへ。



* * * *


「…すげぇ顔してんな。」

「君、人のこと言えるんですか…」


もうお決まりとなったファーストフード店。

そこで朝も早い時刻の今、獄寺と向かい合って烏龍茶を啜る。

話があると言ってきたのはあちらからだったがこちらもあるので丁度いい。

獄寺はブラックのアイスコーヒーにストローを刺しながらちらりと僕の右頬を見やる。

そこには絆創膏が貼ってある。昨日綱吉くんに付けられた傷だ。


「お前昨日何してたんだ?」

「話せば長くなります…というか整理ついてないんでそちらからどうぞ。」


結局また乗っ取られて昨晩の記憶が切れている。気付いたらソファーで眠っていた。不覚…

肘を突きうなだれているとす、と目の前に本が差し出された。

『並盛町のむかし話』…?


「櫻居の佐保の正体が分かった。」

「!」

「いや、正確にはまだ分かってねぇか。ただ尻尾は掴んだ。櫻居は10代目のお母様の旧姓だ。」


獄寺はこの本を見つけてから神社で会った老人の話、櫻居の者が残した記録から分かったことを語ってくれた。

そして、そこから導き出した自身の予想も。


「…獄寺。」

「なんだよ。」

「実は昨日、妙な夢を見まして。」

「夢だぁ?」

「はい。」


怨霊が僕の体を支配している間、僕は彼女の記憶を垣間見ることが出来るらしい。

昨日、夕方見た逢瀬の夢の内容を聞かせる。


「…雲雀に似た男?」

「はい。」

「それじゃ、その男が佐保を裏切った…」

「それはどうでしょう。」


あの男、余命が幾許も残っていないようだった。

佳人はどう見ても20歳前…獄寺の推理では年が合わない。

それより僕が気になっているのは…


「佐保の子は体が弱かったのですよね…」

「ああ。」

「それは遺伝、とは考えられませんか?」

「その男が父親だと?」

「はい。」


雲雀に似ている。確かにそう思った。

だが全く違うとも感じた。

あれは、僕自身の感覚のように錯覚していたが…あの暖かな感情が僕のものであるわけがない。


あれは、佐保の感情だった。


「…ダメだ、全然わかんねぇ。まだ情報が少なすぎる。」


ばたりと獄寺がテーブルに突っ伏す。

焦る気持ちは分かる。怨霊を鎮めるなり消滅させるなり、早いところこの町の呪いをどうにかしないと…眠り続ける彼らがどうなるのか。


「………」


それと…日に日におかしくなっていく綱吉くんのことも気になる。

何故怨霊があの子に執着しているのか分からなかったが…

櫻居の血筋だから?

いや、何か違う。

大体何故そんな昔に鎮められた御霊が今頃になって暴れ出し…


「ん…?」



――雲雀さんを取られるのはもっと嫌だ。――

――ディーノさんを、帰さなきゃいいんだ。骸みたいにずっといればいい。――

――足が壊れちゃったら、ずっと居てくれる。――

――だから、邪魔しないでね。――


昨日の綱吉くんの言葉が頭に浮かぶ。

怨霊が何の切っ掛けもなく目覚め暴れるだろうか。

あの子は正気だったとは思えない。けれど、操られている様子も無かった。

あれが彼の本音だとしたら―――?


「お。もうこんな時間か。」


獄寺が携帯の時刻を見て立ち上がる。

まだ学校には早い。引き返して綱吉くんを迎えに行くのだろう。

しかし。


「今日は彼、休みだと思いますよ。」

「?なんでだ。」

「それは…――――」


* * * *


ひんやり…気持ちいい…

怠くて重い瞼を持ち上げる。

ぼんやりと霞んだ視界に真っ黒い柱が写る。なんだろぉ、これ…


「うん、本当みたいだね。熱があるのは。」


額の手が離れていく。

気持ち良かったのに…残念…

段々視界がクリアになっていく。柱だと思っていたのは誰かの腕だった。

重い頭を持ち上げる。


「ひば…さ…?」

「寝てな。酷い熱だ。夏風邪は馬鹿が引くというけどね。」


囁くような声で、トンと額を抑えられて布団に逆戻りする。

頭痛い…だるい…けど、寝たくない…

でも雲雀さんが見張るみたいにベッドに肘ついてじっとこっち見てるからいたたまれない…

寝てるフリで目だけ閉じる。

視界が塞がると他の感覚が鋭くなるって言うけど…頬にびんびんに感じる雲雀さんの視線…余計寝れない。


「ツナ?寝てるか〜…って恭弥!お前どっから!」

「窓から。」

「玄関から来いよ…」


視線が外れたのが分かる。

ほっとしたのと同時に胸に走る痛み。
……変なの。

額に冷たい布の感触が降りてくる。

俺が眠ってると思ってるディーノさんが、タオルを新しくしてくれたみたい。


「この子なんでこんなになってるの。昨日はピンピンしてたのに。」

「さあな。分かってんのは昨日もまた熱烈なお目覚めコールを受けたことだけだ。」

「また?あなた、なにかこの子に恨まれるようなことしたんじゃないの?」


昨日…昨日。

…………………………ダメ、全然思い出せないや…


* * * *




「う…っ…えっく…」


そんな…そんな…!!

信じられない!!信じたくない!!

あとからあとから溢れ出てくる涙。止まらない…!!


――本当に!?本当ですか!?――

――僕の言うことが信じられないの。――


「信じ、られないっ!」


誰か、誰かこれは嘘だと言って…これは夢だと…!!

あなたが全てだった。

あなたとの約束が全てだと…!


――ね。約束だよ。僕が帰ってきたら、君を本当の弟にするよ。
僕は君がいい。他の人間は嫌だから。――


子どもの約束で良かった。

忘れられてることも覚悟してた。


それだけで、その綺麗な思い出さえあれば…それが生きる糧だったのに…!!






『そんな、話。彼も真に受ける筈がないじゃない…最も今でも信じていたなら愚かし過ぎて笑ってしまうけどね。』

『冷てぇな…あいつ、お前の事待ってるんじゃないか?』

『まさか!不相応にも程がある。怖気が走るような呪われた忌み子を哀れに思えばこそ弟として扱ってあげたけど…そんな幼い子どもじゃないんだから。現実を分かっているだろう。』





『もし、今も兄などと言うならば。』




『―――――』





「やだっ!!」


思い出したくない!!

あんな、蔑むような顔で、あんな凍る口調で。


立ち止まる度、脳裏に蘇る。

何も考えたくない…!何も思い出したくない…!!

耳を塞いでただ、走る。


「はあっ!はあっ…!」


意地悪で、優しい笑顔が好きだった。

頭を撫でてくれる手が好きだった。


「はっ…はあっ…はあ…っ!!」


涙が止まらない。

知らなかった…!知りたくなかった…!



あれが、全部演技だったなんて!!



見なければ良かった!!聞かなければ!!

俺が…!!俺があの聖域から出なければ見なくて済んだ真実。

俺が会いたいなんて思わなければ…!!

まだ綺麗な思い出は…なにより大切なそれだけは失うことは無かったのに…!!


「うっ…ううっ…ひっく…うっ…」


足が、痛い。

ふらふらと石の階段に縋って涙を落とす。

無くしてしまった。これで、もう…


「っ!」


どくりと胸の内側が波打つ。


「はっ…はっ…ぁ…!!うっ…ああ…」


息の仕方、分からない…どうやってたっけ…?思い出せない…

苦しい…胸が…心臓が、苦しい…!!

どくりどくりと波打つ。

これは、心臓の音?

違う、これはきっと…きっと…命が流れる、音…

























――ほら。――



「え…?」



目の前が陰る。

顔を上げると、霞む視界に誰か…


――頑張れ。あと少し。――


「兄…様…?」


目の前に、会いたくて会いたくて仕方が無かった人。

意地悪そうな、悪戯っこな表情で俺を見下ろしてる。


「なんで…」


――君の考える事なんかお見通しだよ。――


くすくす笑いながら、滑るように階段を昇っていく。

行ってしまう!!

立ち上がり、急いで後を追い掛ける。

不思議…体が軽い。どこまでも走って行けそう…!


「待って!」


俺より早く上に到着したその人は、笑って鳥居を潜る。

黒い着物を翻し、時たま振り返りながら、逃げていく。

走って走って、ようやくその人が止まる。

見上げれば、一番大きな桜の木―――。

ふと、胸に手を当てる。

あんなに走ったのに、全然苦しくない…

心臓も静かに鼓動を刻んでる。


「あなたは…ほんとうに兄様…?」

「僕は僕だよ、変な子だね、君は。」

「………良かった。」

「ねえ…」


隣に立つ人が大木に触れる。


「君は桜が好きかい?」


俺も、桜の幹に触れる。暖かい。

両手を伸ばして抱き締める。


「ねえ、桜は好き?」

「はい…」


好き…大好きだよ。

頬を涙が伝う。暖かくて優しくて…


「今でも?」


さっきからそればっかり。

同じ事を聞く人を振り返る。


「今でも好き?桜。」

「…はい。大好きです。」


涙が止まらない。

そんな俺の手を握ってくしゃりと髪を撫でてくれる。

上を見上げると、柔らかな笑み。


「帰ってきたよ…」

「お帰りなさい。」


――ありがとう。

――ありがとう、最後に会いたかった人に会わせてくれて。


「ありがとう…翁。」


最期に至上の夢を。

大好きなあの人と一緒なら、それ以上の幸せなんて…






























続く…





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