第二十一話 「はあっ…はあっ…」 昼の時間に綱吉の様子を見に来てみれば、朝より苦しそうだ。 息遣いが荒い。熱は下がるどころか上がっている。 頬に触れれば尋常ではない熱さ。 …本当にただの風邪なの…これ。 「はっ…」 「気が付いたかい。」 潤んだ瞳がうっすらと覗く。 手が、冷たく感じるのか。すり寄るような動作が子犬のようだ。 綱吉は僕を認識しているのか、いないのか――すり寄ってきたって事は多分してないだろうけど――ふにゃりと笑うとまた目を閉じる。 「沢田。」 けれど寝入る前に体を揺すり、意識を無くす前にとスポーツ飲料のペットボトルを手に取る。 汗を大分かいているし、朝からこの熱だ。 水分を取らせないと脱水症状になってしまう。 何か食べたのか分からないけど解熱剤も飲ませた方がいいかな。 「沢田、飲みな。」 「んん…」 口にペットボトルを近づけてもふい、と顔を背けてしまう。何回やっても、だ。 …なんで嫌がるの。 首の後ろに手を入れて上半身を起こさせる。 逃げられないように後頭部を手で固定して…とここまでやられてやっと綱吉が目を開いた。 けれどぼーっとしたまま無反応。ペットボトルを持たせようとしても駄目だった。 「沢田。」 「……」 何度名前を呼んでも体を揺すってもぼーっとしたままだ。 熱のせいか分からないけどなにかおかしい。 「沢田。聞いてるの。」 「……………」 「沢田?沢田ってば。」 「………」 「君、目が覚めたなら自分の力で起きてくれる?」 「…………」 「いい加減手が疲れたんだけど。」 「………」 「…寝てるの。」 「………」 「…いい加減にしなよ、綱吉。」 びくん、と。 僕が名前を呼んだ途端、体が揺れた。 ようやく、こちらを向いた綱吉と目が合う。 起きたね…取り敢えず水を… 「…く…」 「うん?」 「む、くろ…?」 「………………」 * * * * チリン。 「あ…」 あの人から貰った、鈴の根付け。 それが切れて土に落ちる。 慌ててそれを拾い上げ土を払う。 幸い、赤い紐の結び目が解けただけだった。これならすぐ直せる。 ――赤。君に合うのは赤だよ。―― そう言い張って、あの人がくれるものは全て赤。 私の好きな色なんてお構いなしなのだ。 「ふふ。」 赤も好き。 あの人が似合うと言ってくれたから。 でも本当は…黒。黒が好き。 あの人の色だから。 切れた根付けを両手で包み込む。 ずっと待ってる。あなたが帰ってくるまで。 どれだけの年月が過ぎても待ってる。 あなたが帰ってくると言ってくれた。 その言葉だけが真実だから。 「ね。待つのなら慣れてるもの。」 そっと腹部に手を当てる。 この子をあの人は祝福してくれるだろうか。 子は出来ないと言われた人だから、きっと驚く。 それを想像してまた笑う。 あなたの帰りを。 この子が来る日を。 ずっと待ってる。 この数日後に、その凶報がもたらされる。 私があの人を見ることは二度と無かった。 赤い花嫁衣装と…あの子を残して。 * * * * ふ、と意識が浮き上がる。それと同時にいままで消えていた感覚が戻ってくる。 体だるい…頭も痛いし…うう… 「…?」 ひんやりとしたものが頬に触れる。 すごい、気持ちいい…なんだろ… くっついてしまったかと思うくらいに重たい瞼を持ち上げると、誰かが俺を覗き込んでいる。 きらきらしてないから、骸かなぁ。 ディーノさんも骸もさっきからかわりばんこに見に来るから。 も、そんな心配しなくても、大丈夫なのに…でもこれ気持ちいい… 「…き…かい?」 なんか言ってる。けど、眠い…ごめん、寝る… けど体を揺すられて、沈みそうになった意識を引き戻される。 も〜…なんだよ。眠いの、俺は。寝かせてよ… まだふわふわしてるから今ならすぐ寝れるのに。 構わず寝入ろうとすると口になんか硬い感触。ふいと顔を背けてもしつこく追ってくる。 眠いのー!!俺は寝るの!!骸の意地悪!! 「…だ…」 やっと、それがなくなる。もう諦めたかな? これで眠れる…と思ったのも束の間。 無理矢理上半身を起こされた。 「う〜…」 も、なに!なんなの!?俺は寝たいの!!!! 恨みを込めて目を開ける。 でも、くらくらしてチカチカして…頭がぐわんぐわんする… なんか骸がずっと言ってるけどそれどころじゃない。 も〜…起きてると辛いんだってば!!う〜…気持ち悪い…骸がどこにいるのかも… 「…なよし…」 あ、こっちか。 声のした方を向けば、ぼんやりと俺の部屋と人影が見えた。 やっぱり、骸だ。だってなんか大きくないもん。ディーノさんじゃない。 文句を言ってやろうと口を開く。 「…く…」 でも口の中からからに渇いてるから、思うように声が出ない。 「む、くろ…?」 「………………」 やっとそれだけ言えた。次は寝かせろって言わなきゃ。 でも俺が口を開こうとする前に、顎を掴まれて口を開かされる。 な、なに? 「ん!」 まだ目が霞んでて、何が起きてるのか分からない。 突然口を塞がれて、そこから水が流れ込んでくる。 「んっ!んく…」 ―――あ、俺喉乾いてたんだ。 どこかでそんな呑気なことを考えてる自分がいる。 もっともっとと欲しがるだけ流れ込んでくるそれで喉を潤す。 「…んぅ…?」 けど時間が経つほどに、喉の乾きが癒えてくるほどに、意識もはっきりし始める。 …………………………俺に水をくれてるのって、なに。 なんか、柔らかい。ペットボトルとかコップじゃない。 それに暖かい。人肌ってやつか。 なんとなく分かってる。 分かってるけど認めたくない… 認めたくないけど…せめて相手が間違いであることを祈って… 「っ!」 いつの間にか閉じていた目を開く。 予想してた通り、目の前に人の顔のどアップがある。 けど、予想とは違う人物…いや違いを期待してたけど、これなら予想通りのが良かったかも!! そんなこと考えてると相手の黒い瞳とばちりと視線が合う。 「……………」 「……………」 「……………」 「…………ふ。」 「!」 ――――なんで、わらうの。 しかも、なんか怖い笑い方してる。 とっても嫌な予感する。 けど体ぐったりして力入らないし、後頭部掴まれたままだし…逃げようがない。 水は無いのに口も顎も離してくれない。 愉しげに目許を細めてちろりと俺の唇を舐める。 何する気。 何する気ですか、あなた!! * * * * 「っ!」 いけない…またか。 「…どうした?」 「いえ、立ち眩みのようです。」 「お前が?」と言わんばかりの二人の視線を流し額に手を当てる。 意識が飛んだのはほんの1、2秒か。 短時間の割りに記憶が一気に流れ込んできた…これで2度目だ。 綱吉くん程ではないが僕も体の調子が悪い。その影響だろうか。 階段を上がりきり首を振る。気を引き締めなくては、乗っ取られるなど冗談ではない。 「10代目はどうだ?」 「それが、全然熱が下がらなくてよ。意識も朦朧としてるし…。」 キャバッローネが手にした盆に薬と彼の母親が作った粥が乗っている。 しかしこれは風邪の類ではない。昨晩のあれが影響している筈。障気にあてられたようにも見える。 綱吉くんが佐保と二人で何をしていたのかが分かればいいのですが。 「このままツナも寝入っちまうってことは…」 「それは無い。」 確信に満ちた言葉。 獄寺を見れば僕を素通りした場所を見ている。 「10代目だけはねぇよ…何を根拠にって聞かれても困るが。」 また、他人に見えないなにかが見えているのだろうか。 おそらく今一番真実に近いのはこの男だ。 そして彼だけは僕の中にいる佐保と対面している。 獄寺が言うのなら、そうなのだろう。 「綱吉くん、入りますよ。」 一応扉をノックをしてみる。当然返事は無い。 綱吉くんは自身で障気を浄化出来る体質ですから眠ることで作用を早く… 「!」 開いた扉の向こうから、弾丸のように飛び出てきたもの。 不意を突かれた僕の懐にそれがどすりとぶつかる。 昨日のあれかと一瞬身構えたが… 「むくろ…っ!」 「…綱吉くん?」 「っ…!!」 耳まで真っ赤にして………熱、のせいじゃないですよね…? そのまま視線を上げると、何故か綱吉くんのベッドに腰掛けて涼しい顔をしている雲雀が。 「遅かったね。」 「あれ?恭弥お前帰ったんじゃ…」 「見張りに来たんだよ。それより獄寺隼人。 こんな時間にここにいるなんて…サボリかい?僕の前でいい度胸だね。」 「お前もだろうが!」 雲雀が立ち上がると、ベッドのスプリングが音をたてる。 それを聞いた綱吉くんはびくりと肩を震わせて僕の後ろに逃げ込む。 もう、反応が完全に臆病な子犬になっている。 「…………」 目が合うと、ニタァと嗤う自称秩序。 ふるふるしてる子犬を背に庇い、相手を睨みすえる。 …なーにしたんだ、この男はまた…! 続く… |