第二十二話









襖を開ければ不気味なくらいにご機嫌な雲雀と人間道でも発動してるのかと思うくらいに凄まじい面してやがる骸。

…なんなんだ、この温度差。


「綱吉くんは?」

「やっと眠られた。」


跳ね馬の向かいに胡座をかいて座る。

ここは10代目のお宅の一階にある和室だ。

10代目のお部屋じゃ10代目が休まらないだろうと移動してきたのだ。

普段は跳ね馬たちが寝泊まりしてるらしい。

さて、いろいろ時間食ったがこれでやっと本題に入れる…


「…雲雀。てめぇも当事者だ。聞いてろよ。」


一人縁側に座る雲雀にそう言えば、視線も寄越さずにひらりと手を振る。

…この野郎。ホントに聞けよ。

聞いてるか怪しい雲雀はさておき、鞄の中から櫻居のじいさんから借りた古書やら記録やらを取り出す。

まず掻い摘んで怨霊信仰、佐保と櫻居、そして櫻居と10代目との繋がりを話す。

今回は俺の推測は挟まない。骸の言ってたことが気になるからな。


「…なるほど。」


話し終えると、外を眺めていた雲雀が立ち上がる。


「やっぱり気のせいじゃなかったようだね。」

「?なにがだ。」

「今から22年前に、時季外れの桜が咲いていた。原因は不明。
この町中だけだったし、真冬に桜が咲いたと新聞の一部に載った程度だった。
でもある風紀委員の祖母が言うにはもっと前にもおかしな時期に花が咲いたことがあったらしい。」

「!」

「70年前の話だよ。一度散った桜が梅雨の時期にもう一度咲いた。
死んだ同級生の告別式の日だったからよく覚えてると言っていた。
桜がつく名前の子だったから、桜が本当に泣いているようだった…ってね。
気になって調べさせたら死亡したのはサクライの子どもだったよ。」


…すげ。

まじまじと仁王立ちしている男を見つめる。

こいつ…並盛町は俺のもの宣言してるだけはあるんだな…まさか僅かな取っ掛かりからそんな事実まで調べ上げるとは。


「……骸。」

「はい?」


和本を見ていた跳ね馬がとん、とそれを指差す。

例の襲撃者が持っていた脇差の図面だ。


「俺はちょっとしか見てねぇからうろ覚えなんだが…これ、ツナが持ってたヤツじゃねぇか?」

「ああ。これですね。」

「!!」


ハンカチでも出すかのような気軽さで骸が脇差を取り出す。

花びらが五枚の桜…間違いない!!

なんでこいつが持ってるんだ!?いや、それより10代目が持ってただと!?

雲雀を見ればヤツはその脇差を鋭い眼光で見据えている。


「骸!てめぇこれどこで…!」

「待て。言いたいことは分かるけどちょっと待て。俺が聞きてぇのはこれだ。」


跳ね馬が、和本のページを捲る。

次のページに描かれているのは八重桜の刀、『磐長』だ。


「それが実在するってことはこっちのこれもあるんじゃねぇのか。」

「ああ、ある。所在も分かってる。神社に安置されてるそうだ。」


封印が施されているからそう簡単には持ち出せねぇとじいさんも言っていた。

跳ね馬は「ならいいんだが」と安堵した表情で和本を畳に置いた。


「これ、イワ、ナガ…って読むのか?」

「ああ。不老長生の神の名だ。元の名は『木花咲耶』だったのを佐保の父親が変えたそうだ。」

「何でだ?コノハナサクヤの方が花だし合ってるじゃねぇか。」

「だから…でしょう。」


脇差の桜を撫で、骸がぽつりと呟いた。


「美しいが儚い花は短命。守り刀には不吉と考えたのでしょう。だから醜くとも永遠の岩に名を変えた。」


…じいさんが言っていた通りの理由だ。

神話では天に住む神が地上統治に降りた際、地上の神より娘を二人贈られたという。

それが磐長姫と木花咲耶姫だった。

木花咲耶は神が一目惚れするくらいの美人だったが磐長は醜かった為に一人父親に突っ返された。

だが父神が二人を贈ったのには意味があった。

――磐長は神の血に連なる者に岩の如き永遠の命を。

――木花咲耶は神の血族に咲き誇る花の如き繁栄を。

ところが神は木花咲耶だけを選んだ為、その血族は花のように儚くなってしまった。


「先に説明しないその父神に悪意を感じない事もないですが。」

「そうか?見た目で差別はよくないぜ。」

「日本の神は案外、俗物的なんですねぇ。酷い話だ。」


「なるほど」と今聞いたばかりの跳ね馬と似たような反応をする骸。

「お前、知ってたんじゃないのか?」と尋ねれば骸は首を傾げ、困ったような顔をする。


「いえ。なんだかそんな話を聞いたような…多分彼女の記憶だと思うんですが。」

「相変わらず曖昧だな…。」


手掛かりはお前だけが頼りなんだぞ…不本意だけどな。

俺も睡魔が襲ってくる間はなんだかぼんやりと夢見てたんだが佐保が骸に憑いて以来、それもなくなった。

なんか穴掘ってたのと神社さ迷ってた覚えはあんだが…


「記憶と言えば…さっきまた流れ込んで来たんですが。」

「!『どこ』の記憶だ。」


そういうことは早く言え!

先を促すと骸は何故か首を庇うように抑えた。


「佐保の最期。恐らく自殺の直前の記憶です。」


* * * *








目を開けると、暗い部屋。

今まで自分は明るい部屋に居たはず…いやこの感じは覚えがあった。

カタリとなる音に振り向けばあの佳人。

後ろ姿だが僅かな灯りに透ける茶色の髪と赤い蝶の着物、間違いない。

――今度は何を見せようと言うのか。

座ったまま動かない彼女の向かいに回り込むと、佳人は小さな鏡を見つめていた。

愛しげに鏡の縁をなぞる彼女の指は白い。けれどその爪はぼろぼろだ。

化粧を施し、初めて見る女性の装いに身を包んでいるのに爪だけが黒ずみ剥がれ、酷い有り様だった。


『…終わった。』


微かな、空気が抜けるような嗄れた声。まるで老婆のそれだ。

あの少女めいた姿から成熟した女の姿へと変わってはいたが…

老いとは無縁の若々しい外見と裏腹に彼女の全身からは耐え難い疲労が滲み出ている。


『終わったよ、――。』

「?」


なんだ…?人の名前だろうか?聞き取れなかった…。

佳人は鏡を懐にしまい、よろけながら立ち上がる。

無造作に転がっていた刀を拾いふらふらと戸に向かう。…なんだか夢遊病者のようだ。

開け放たれた木戸から外を見やると佳人はゆらゆらと覚束ない足取りでいつかの夢の桜へと向かっていく。

しばらく眺めていたが、何も動きがないので追って外に出る。

立ったまま動かない佳人に近づくと彼女はじっと木の根本を見つめていた。

桜の根本の土だけ、土が僅かに湿っている。掘り返された後のようだ。


『終わったよ。……終わった、でもこれから……』


地面を見つめたまま彼女はそう呟くとぺたりとその場に座り込んだ。

鏡にしていたような手付きで土を撫でる。愛しくて仕方ないといわんばかりに。

佳人は土を両手ですくい上げもう一度立ち上がり、空を見上げる。


『……私も、そこに行きたい…』


ぼたぼたと土を落としながら小さく呟く人は、成人のはずなのに酷く幼げに見えた。

まるで母親を求める赤子のような…父親を恋しがる孤児のような。

同じ言葉を消え入りそうな声で繰り返し土をバラまく。

幼児が遊ぶような動作、ふらふらとした足取り。

散り際の…もう時期を過ぎた花びらが降る中、赤い蝶が揺れている。

覚束ない足取りからくるくると踊るような動作で佳人は散る花びらを追う。

表情の抜け落ちた顔で虚空を見やりくるくるくるくると舞う。

……とうに正気を失っていたのだろうか。


『………』


かつりと彼女の裸の足に、先程の刀があたる。

彼女はゆっくりと上空から下に顔を向けるとその刀を拾い上げる。

スラリと鞘から刀身を抜き放ち、両手に持ったそれを振り回し狂ったように――実際狂っているのだが――くるくると踊る。

刀が触れるとはらはらと散る花びらが真っ二つになりながら地に落ちる。

どうやらとても切れ味のいい刃のようだ。


「……いつまでやる気でしょうかね。」


しばらく彼女の狂った舞いを見ていたが…

目をやってみるが家屋に人の気配はない。

桜の向こうに見覚えのある建物…恐らくは神社の一角でしょうが、そちらからも誰もくる気配はない。

…なにか意味のある記憶なのかと思っていたのですが。一体なにが見せたかったのか…


「!」


周囲から佳人に視線を戻すと彼女は刀をバッドのように振りかぶっていた。

今まで振り回すだけだったのに…何かを切ろうとしているよう…

けれど彼女が握る刀の向きがおかしい事に気付く。



そして気付いた時にはもう終わっていた。



「っ!!」


薄紅の花霞に無数の赤い蝶が飛び立っていく。

一瞬そう見えたのは花吹雪の幻で。

蝶に見えたそれはあたりのものを全てその色に変え濡らす。

――どちらが先だったのだろう。

目の前で起こったことに焦点があったのは。

ころんと地に落ちたもののせいか…それともどさりと倒れた彼女の体のせいか。

幻想的だった夜桜は鮮血に染まり妖しく月光に浮かび上がる。

花びらに赤みが増して見えるのは先入観のせいだろうか。

離れて見ていた僕の足元にまで血が飛んでいる。

風に乗って流れてきた嗅ぎなれた鉄の匂いに現実が――これ自体夢のようなものだが――帰ってくる。

地に刺さる血に濡れた刀、あたりを染める大量の血、元の色も分からない真っ赤な打掛、それを着て横たわる女。

そして離れた木の根元に佇むように、うっすらと微笑むように目を閉じた佳人。


…こんな状況、幾度も目にした。地獄のような環境で生きていたから。

もっと凄惨な光景を僕自身が作り出したこともある。

けれど。

何故だろう、胸の奥からせり上がる不快とも焦燥ともとれるもの。

血生臭いのに幻想がかり、現実味のない目を奪われる光景…

僕に血に酔う性癖など無かったはず。

動けずにいるとすう、と佳人が瞼を開く。


「……」


首だけで…桜の根元にある佳人と目があった。

綱吉くんと同じ色をしていた瞳は桜と血に交じる梅紫に染まる。

彼女は僕を見上げて凄艶な笑みを浮かべた。












続く…





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