第二十三話









話終えて獄寺を見れば青い顔をしている。

跳ね馬も顔色こそ変わらないがやはり引きつった顔をしている。

…なんです、その顔は。マフィアなら血生臭い事など日常茶飯事だろうに。


「首を…」

「自分で…?」

「はい、すぱんと。
余程刀の切れ味が良かったのでしょうねぇ。血が出るのに一瞬間がありましたから。断面が綺麗に見えることなんて珍しいじゃないですか。
肉も皮も引き裂かれることない見事な切り口でしたよ。血が飛沫をあげる前に骨の断面が白く」

「骸!!」

「はい?」

「っ…詳しく話すな。」


事細かに話せと君が言ったんじゃないですか。

獄寺は青を通り越して顔面蒼白になっている。

?そんなに繊細でしたっけ?彼。


「正気の沙汰じゃねぇな…爺さん、刀で自殺つってたが…」

「首無し死体なんざよく見るけどよ…自分で?クレイジー過ぎんだろ…」


何故か見た僕よりダメージを受けてる二人の向こう側で雲雀はのんびりと庭を眺めている。

…あそこだけ、夏休みが来てますね。

室内は大分蒸し暑いのだが窓からは清涼な風がそよいでいる。


「…さっき。」

「はい?」


涼しい窓側に移動し直していると背で雲雀が何かを呟く。

振り返ると行儀悪く縁側に寝転んだ雲雀が横目でこちらを見ている。


「掘り返されてた跡があったって言ってたよね、桜。」

「…言いましたね。」

「それって例の2つの死体じゃないの?」

「君もそう思います?」


流石、と言うべきか。

そう、佐保が自殺した木は今も変わらずにそこにある。

以前僕が根元の地下深くに死体を2つ、大人と子どものものを視た桜だ。

神社自体は改修やら改築やらで彼女の記憶とは大分変わっていますがあの木の位置は変わっていない。

今この町全体を覆い包む不可思議な力の源泉。佐保の最期を見届けた桜。

そして佐保のあのぼろぼろの爪。

あれは素手で長時間、土を掻いた為にああなったのではないだろうか。

雲雀はふてぶてしい野良猫のようにゴロリと体の向きをこちらに向ける。


「彼の話。なんとなく、誰が埋まってるのか予想がついたんだけど。」

「おや。僕もですよ。」


まだ形は見えていないが朧気にこの事態の真相が見えてきている気がする。

消息の分からない彼女の子と、行方不明の地主の弟。

…いつまでも受け身でいるのは性分ではない。

こちらから、怨霊にアクセスしてみるとしますか。


* * * *





春の季節に出逢い、春にいってしまった人。

桜の檻にいた私の元に、外の風を連れてきた若様。

神出鬼没でふらりとやって来てはぶらぶらと境内を歩き回り、勝手に縁側で日向ぼっこをして。

今思えば人見知りの激しい私を刺激しないようにしてくれていたのだろう。

毎日のように来るあの人と言葉を交わすようになって。

彼は…人の顔を見て社交辞令のように同じ言葉を並べ立て、容姿をほめちぎる人々とは違った。


「なんで『佐保』なの?」

「……はい?」

「君。『佐保』って感じじゃない。」

「それは、勝手に人が呼んでいるだけで…」


――佐保は、私の名前じゃない。

私の名を呼んでくれる人は誰もいず、また誰も私の名を聞かなかった。


「気に入らないな。そんな渾名じゃなくて君の名前教えな。」


――嬉しかった。

家族と引き離されてから、初めて涙が零れた。

あの人は薄れていた私の名を呼んでくれる。

変わり映えのしない世界に舞い込んだ鮮やかな黒。


本当は、あまり体が丈夫ではない事を。

本当は無理をして私の元へ来てくれていた事を知った時には…彼が恋しくて仕方がなくなっていた。

命を縮めていると分かっていてももう来ないでとは言えない…言いたくなかった。

あの人が神社に来る間隔が長くなる。

今までは完全に隠せていた不調が目に見えるようになる。

お互いに口にはしないけど…その時が近づいてきている事に気付いていた。




* * * *


小さな電子音が鳴る。

服の中に手を入れて小さなデジタルの数字を見る。

画面には「35.7」となっていた。


「…下がった。」


良かった〜…これで明日は学校行ける…

体温計をケースにしまってベッドに仰向けに倒れる。

休めるならそりゃ休みたいのが本音だけど…寝てるとなんか、悲しい夢しか見なくて。

どんな夢だったのか思いだそうとしても全然…


「………………!」


かあっと頬が熱くなる。

誤魔化すように枕に突っ伏して赤い顔を隠す。

芋づる式にさっきの思い出した…!

何考えてるんだ雲雀さん!!キスするしのし掛かるしまさぐるし…し、舌入れるし!

俺、明日からあの人の顔見れないよ!


「も〜!これだから自由人は…」


枕から顔を上げると机の上でキラリと光る大空の指輪が目に入った。

沈みかけた夕日の色に染まる指輪のチェーンを掴み手繰り寄せる。

それをぽとりと手のひらに落とし握り込む。

一度返された雲の指輪を、形だけの守護者でも持っていて欲しいと頼んだのは俺だった。

どさりと仰向けに寝転び、チェーンを垂らす。

ぶらぶらと揺れる指輪を指で弾く。


「…分からないや…」


猫のように気紛れで雲のように掴みどころのない人。

掴めないのなら、知らん顔で流れていけばいいのに…気が向いたようにちょっかいをかけに来る。

猫のようにじゃれつくだけじゃれついて俺には撫でさせてさえくれないんだから…


「はぁ…」


ごろりと寝返りをうつ。

雲雀さんが、守護者なんて枠に収まってくれないのは分かってた。

でも、なんでよりによってディーノさんのとこなの…何が違うの?同じイタリアなのに。

並盛町に負けるのは仕方ないって思ってたけど、選ばれるわけ無いって分かってたけど…他のものが優先されるの、やっぱり面白くない。

ディーノさんもキャバッローネの人達も好きだけど…


「……っはあぁ〜…」


頭を振って跳ね起きる。

あ〜やだやだ。何を考えてるんだか俺。

卑屈過ぎてつくづく嫌になる。


「シャワー浴びよ…」


汗流すのと、頭冷やすの兼ねて。

ベッドから立ち上がると少しくらりと来た。

ずっと寝てたし…立ち眩みかな…そういえばご飯も食べてないし。


「あ…」


ドアを開くと骸が立っていた。

ノックしようとしてたみたいでいきなり開いた扉に少し驚いていた。


「起きていたんですか。」

「うん…熱も下がったみたいだし。」


確かめるように骸が右手を額にあてる。

熱なくても、骸の手はひんやりしてて気持ちいい。

ちょっと撫でて欲しい、なんておかしなことを思ってしまったり。


「確かに。けれど油断は禁物です。今夜は大人しく寝ていてくださいね。
僕が帰ってくるまでは外にも出ないこと。」

「大袈裟だなぁ…そんな大したことないのに。」


手が離れていく。ちょっと残念。

………ってなに考えてるんだ、俺。


「んで、どこ行くんだよ。」

「内緒です。明日の朝には戻ります。」

「……そ。分かった。」


鉄壁の笑顔。こういう顔のときに何聞いても無駄だ。

なんか、みんなして最近こそこそとなんかしてるんだよなぁ…

山本と獄寺くんも目配せが増えた。なんなんだ…

いっそ雲雀さんのように面と向かって来られれば


「っ!」


わ。

わわわわわわ!!また思い出した!

ぼひゅんと急激に熱くなる頬。骸に見られないように下向いたけど耳まで熱い。

雲雀さんはダメ!思い出すから!目の前に骸いるのに自分で地雷踏んでどうする!

慌てて「じゃあ」と呟きそのまま逃げ出す。


「待ちなさい。」

「!」


階段に向かおうとした肩を掴まれ強引に引き寄せられる。

後ろ向いてたからたたらを踏んで転びかけたけれど骸に受け止められた。

危ないな!文句を言ってやろうと頭上を見上げる。


「むくっ、」


にや、と笑う顔。

上げていた顎の下に手をあてがわれる。

…………なんで笑ってるの。しかもその笑いさっき見た。

喉の掴むほど強くはないけど逃げられないくらいの力が籠もっている。

嫌な予感、びんびんなんだけど!?

そのまま固まっていると、添えられただけの左腕がぐるりと体に巻き付いてきた。

首が痛くなる程顎を持ち上げられて、逆さ向きの骸の顔が迫ってくる。



ちょ、ちょっと。ちょっと待って。

これは、これはもしかして…!?



「んむっ!」


ふにゃあああああああああああああああ!?!?











続く…





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