第二十四話














面白くない。
懐かれるのは嬉しいけれども。
少しは意識してください。






「んむっ!?」


持ち上げた顎を逃げられないように固定して小さな唇を塞ぐ。

重なった瞬間、腕の中に閉じ込めていた体が驚き揺れる。


「ん…」


ふるふると体が僅かに震える。

一度離れてみると耳まで赤くして…触れあわせただけでこれですか。

本当は雲雀が何したか吐かせて同じことをしてやろうと思っていたのですが、仕方ない。

せっかく懐いてくれたのに怯えられても嫌ですし。

最後にもう一度顔を寄せるとびくりと肩が跳ねた。

それに構わず引き結ばれた唇をぺろりと舐めあげる。


「ふに!?」

「子猫みたいな声出さないでください。」


腕を解くとへなへなとへたり込む綱吉くん。

呆然としている彼の脇に屈み、よしよしとその頭を撫でてやる。


「こんな感じに僕がいない間にまた雲雀に苛められないように気を付けましょうね?」

「………」


こくこくと赤ベコのように頷く綱吉くんの額に音を立てて口づける。

慌てて額を抑えて赤くなる姿に口元が緩む。

昨夜の妖しい雰囲気も謎めいた微笑も感じられない。

―――これが、綱吉くんだ。


「…明日は、学校に行きますよね?」

「え…う、うん…」

「だったら夜はちゃんと布団に戻ってください。部屋からも出てはダメです。
熱がまた出ないようにちゃんと眠りなさい。いいですね?」

「う、ん。」


重ねて注意されたことにぱちくりと目を瞬かせ不思議そうに見つめてくる綱吉くん。

その頭にもう一度触れて立ち上がる。


じわりとした湿気を含む暑さ。季節はもう夏を迎えている。

春の花も女神も旅立たねばならない。

大体、春に何時までも止まられては僕の好きな冬が何時までもやって来ないじゃないですか。


* * * *


膨大な量の本と紙の束。


「……すんげぇ顔してんな獄寺。」

「したくもなる…」


佐保を調べようにも現存する情報はあまりにも少ない。だったら別の情報から引き出そうと地主を調べることにした。

幸いなことに隣町に当時の建物をそのまま利用したという大きな歴史資料館があった。

並盛町は比較的最近ついた名だったらしく、昔は黒曜や近隣の町を含めた大きな一つの町だったようだ。

雲雀のコネを利用して資料閲覧の許可をもぎ取りこうしてやって来たわけだが。


「代々の地主…まあ当然っちゃ当然だな…」

「…………」


全部調べたら夏の間に終わる気がしねぇ。

なんだ、この量。

じいさんの家にあった、櫻居が必死に守った資料と差が有りすぎる。


「さ〜て。どっから手をつけたもんか…」

「………」

「流石に年代は絞られるよな。大体その前後に狙い定めて…」

「………」

「……おい、獄寺聞いてるか?」

「!!わ、分かってるっての!」


やる気満々で腕捲りしている山本を追い抜かし、本棚の間を突き進む。

一室を占拠する紙を前にしてちろちろと胸の奥で灯った黒い火。

僅かにしか残らなかった佐保の一生、あれとこの差はなんだ。

古くなって黄ばんでしまっている和綴じの冊子を手に取り頁を捲る。

文字を追いながらも柄にもないことを考えているのは自覚している。じいさんの話を聞いてる間に情が移ったのかもしれない。

俺には骸のような能力も霊感もない。だから佐保の姿をあの絵以外で見たこともない。

だが、何故か不思議とその姿が10代目と被って見えてくる。

話を聞けば聞くほどに、その生涯を知れば知るほどに。

声が似ているせいなのか、雰囲気のせいなのか、それは分からない。


「…………」


大切な者を失い、無惨な最期を遂げた佐保姫。

死んでもなお怨霊としてさ迷う救われない御霊。

一度目を閉じ、開く。

10代目の異変はここで止める。同情はするがお前の二の舞になんかさせてたまるか。


* * * *


神社の奥に聳える巨大な桜。

目の前に立つだけでなんというか…こう、拒絶されているのが分かる。

肌がぴりぴりと痛いようなそんな感じだ。


「余程恨まれているようだね。…身に覚えないけど。」


人には恨まれる道理はあるけど木にまで恨まれるようなことしたっけ?

屈み込んで木の根元の土を摘んでみる。

何故かここだけ草が生えていない。悪霊が死体を埋めたあとだからだろうか。

骸が言うには既に土と区別がつかないらしいけど…掘り返してみようか…


「……………ふう。」


思考の海に沈んでいる間にも肌に刺さる桜の気。

これだけ見事な枝振りの桜、滅多にないだろう。

だと言うのに身に覚えの無いことで嫌われるとはね…

満開というには少しくたびれた桜を見上げる。


「!」


針で刺されたような痛みが一瞬、こめかみに走る。耳鳴りと揺れる視界に足元がふらつく。

濁る視界を庇う用に目を押さえると瞼の裏に見たことの無い映像がフラッシュバックする。


「ぐっ…」


花吹雪の階段。

墨色の着物。

満開の桜。

淡い色合いの中の紅。

飛び散る鮮血。

嗤う顔。

伸ばした手の先に滴った雫。


「っは…!!」


突然流れ込んできた記憶の奔流によろめき膝をつく。

痛みからは解放されたが…

額に浮かぶ汗を拭い、木を見上げるとまた、あの痛み。即座に目を逸らすとそれは収まった。

なんだったんだ…今のは。



「翁、その男は違う。」

「!!」



頭上から降る声。

振り仰げば目の前の桜とは別の木の枝に立つ影。

月を背にしているので姿は目視できないがあの影は…


「…六道、骸…?」


名を口にしながら「違う」と自分の中で何かが囁いた。

木から飛び降りた骸がふわりと重力を無視した速度で地面に降り立つとどこからともなく赤い蝶が現れる。


「何を、しているの。」


そう問う声は男のものではなくいつかの襲撃者のものだ。

骸の普段の薄笑いは成りを潜め、瞳だけが不気味に爛々と輝いている。

体はかわっても、「同じもの」であることは分かる。

襲いかかってくる様子はないがひしひしと感じる敵意、気は抜けない。


「……花見。」

「そう。」


無難な答えを返すと、相手は拍子抜けするくらいあっさりと僕から視線を外す。

そしてスタスタと翁と呼んだ桜に向かうとその後ろへ回り込んだ。


「!」


桜の反対側から姿を見せたのは骸ではなく別の人物だった。

癖のある亜麻色の短い髪、石膏の肌、暗い梅紫の瞳。

肩から掛けた赤い着物を揺らす、どこか綱吉に似た面差し…間違いない、これが悪霊の正体『佐保姫』か。

木の陰から出てきた佐保は僕をちらりとみやり溜め息をつく。


「なんだ。あの男が来たのかと思ったのに…お前とはね。つまらないな。」


肩先に止まる蝶を指先に移しながら佐保はそう呟く。

僕という存在などまるで無視して蝶で遊んでいる。

先程まで出ていた敵意も殺気もまったくかんじられない。


「僕では不満かい。」

「お前は違うもの。どうでもいい。あの子を泣かせなければね。」

「何度も斬りかかって来た癖によく言うね。」


Yシャツを捲り上げて包帯を見せる。

校庭、応接室、綱吉の家。

何回も何回も襲いかかって来ておいて興味がないだって?

今までの恨みつらみを込めて睨むと佐保は蝶から目線を上げて僕を真っ直ぐに見つめる。

そうして無垢な幼子のように小首を傾げる。

その動作は綱吉のととてもよく似ていた。


「斬りかかる?お前に?……あの子じゃあるまいし。なぜ私が?」

「………は?」


佐保は心底、不思議そうな顔で瞬いている。

多分、僕も似たような顔をしているはず…


「あなたじゃ、ないの?」

「あの男は許さない。殺したい。あの子と同調もする。けれどお前を許さないのは私じゃない。」



























「お前に執着しているのは私じゃない。」

























続く…





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