幕間
















―――それは現在から少し遡る、桜が咲き乱れる前の夕暮れ時―――








ザアアアアア……


階段を登りきると葉桜が迎えてくれる。

長い長い階段で上がった息が落ち着くのを、膝に手を突いて待つ。

肺が痛い…昔は母さんがおんぶして連れてきてくれたからなぁ…

行事と言えば、並盛神社だったし…自分の足で登ったのは初めてかも。

カクカクと折れ曲がった石畳を進んで、拝殿の前に辿り着く。

物凄く小さかったのになぁ…全部覚えてる。

何度か母さんに手を引かれてここも歩いた。


「あっと…」


思い出に浸る前に、まずはお参りしなきゃ。

ポケットから10円玉を取り出して賽銭箱に放り込む。

大きな鈴の下の看板通りにお辞儀と手を鳴らす。

そしてガラガラと鈴を鳴らして手を合わせて目を瞑る。

別に、願い事があったわけじゃないから恰好だけ。

お参りは、神社に来たら決まり事みたいなものだから。

なんで神社にいるのかと言うと…ふと、小さい頃に母さんが言っていた事を思い出したから。



――困った時や悩み事がある時はね、桜の神様に聞くの――

――母さんのうちではね、昔からそう言うのですって――――






「………」







ザアアアアア……


夕暮れ時の生温い風を頬に受けて目を開ける。

神頼み、したいわけじゃない。

なんとなく思い出したから、実行してみただけ。ただ、誰かに聞いてもらいたかった。

ポケットに手を入れて指先に引っかかったそれを取り出す。

夕日を受けて光るのは俺が首からかけているのとよく似た指輪。刻印は雲。






――別の人間を探してくれる?――

――雲の守護者。僕はそういうのにくくられるの好きじゃないんだ。――



「…はあ……」


指輪を手の上で転がす。

……無駄な足掻きなのは分かってる。

けど、仮初めでもいい。指輪を、その時まで守護者でいてくれるようにお願いだけはしてみようか……

あのことを誰にも言わないと決めたのは俺。

リボーンに言えばきっと雲雀さんを引き止めて、守護者に戻そうとする。

逆に俺がディーノさんに頼み込めば勧誘を無かったことにしてくれるかもしれない。

あの人を引き止める手段はいくらでもある。

でも、違う。

強要したいんじゃない。

無理に側にいて欲しい訳じゃない。

なにより他の誰かに従う姿を見たくない。

自由で誰にも束縛されない、我が道を行く人に憧れたから。

遠くてもいい。会えなくてもいい。十年経っても譲らず変わらない、そんな雲雀さんがいいんだ。


「なんで…かな。」


指輪を握りしめ、祈るように額に当てる。

守護者を断られたこと、全然ショックじゃなかった。大方予想してたから。

でもキャバッローネに行くと言われた時、レンガで頭を殴られたみたいになった。


「…てない…」


銀色の指輪が夕日を受けてキラキラ輝く。

あの人と同じ金色。

初めて会ったときから、憧れた。

逆立ちしたってなれない人だから。

綺麗で大きくて…強くて。俺が望まれてるもの、全部持ってる人。


「勝てないよ…」


『どうして』なんて聞くまでもない。

全部劣る俺が選ばれるわけないのは当然だと思う。

でも、嫌だ。

だから嫌なんだ。

雲雀さんはここにいてくれなきゃ嫌だ。

何ものにも捕らわれない、誰のものにもならない雲雀さんがいいんだ……




――……か……い…で…――



「?」


今、葉擦れの音に紛れて、人の話し声みたいな……?

きょろきょろと辺りを見回す。

拝殿の脇の、奥まったところにひっそりと立つ大きな木が目に入った。


――……れて、…か……い……――


懐かしいな。これよじ登って遊んだ覚えがある。

歩み寄って、木の幹に手を触れる。


「っ!!」



――……るし……い…――


突然。ずしりと、重力が倍になったように体が重くなった。

思わずその場に膝を突く。

な、なに……!?

重力なんてものじゃない、体を無理矢理地面におしつけようとするかのような力。

手では支えきれなくて肘をつく。


――…か…いで……――


「っ…く…っ!…………?」


すう、と涼しい風、いや冷気が体を通り抜ける。

するとまた突然、体の重みが消えた。

………なんだったんだ?

疑問に思いながらも体に入っていた力を抜いて息を吐き出す。


「……あれ……」


――…れて、……か…で――


だるくなった体を起こす為についた手。

その下にある、石や根っ子とは別の硬いもの。

触れればそれは筒状のようで…地中に埋まっているのかなかなか抜けない

なんだろ…これ。


――……い…しは…ない…――


一度気になるとそれが何か分かるまで気になっちゃうものだよね。

幸いって言うのかな?それは最近埋められたばかりみたいで土も柔らかい。手で簡単に掘れる。


――…か……いで…――


それにしてもこれなにかな。タイムカプセル…とかにしては浅いよね。

なんだかわざと見つけやすくするためにあったみたいにも…


「……?小刀…かな?」


半分程掘り進んだところで無理矢理引っこ抜いてみる。

黒いピカピカの柄に桜の絵。そろりと鞘をスライドさせれば錆ひとつないきれいな刃。

美術の時間に使うものより長いけど……
って、あれだ。時代劇とかで女の人が持ってるやつ。あれに似てる。


「つっ…!!」


鞘を戻そうとして指をちょっと切ってしまう。

見た目通りに鋭かった刃に、時間差で溢れる血。反射的に傷口を口に含む。



ドクン…



「!!!!」


刀が手から滑り落ちる。けれど俺はそれどころじゃなくて…

突然激しく打ちつけだした心臓を抑える。


「は…っ、はあ…っ…!」





――…かないで――




――つれ…、…かな…で――




――…さない、…るしはしない――






「っ…はっ…!!あふ…っ!っっはぁっ…!!」


なんか、苦しい…!!

耳鳴りがする。遠くで聞こえてた声が段々大きくなる。

呼吸がつらくて、視界がぼやける。

苦しい。

痛い…!!


「は…」


また、冷気が体を横切る。

すう、と苦しいのも痛いのも感じなくなる。

でも、今度は涙が止まらない。

なんで?俺、悲しくともなんとも…――


――泣かないで――


「違っ…泣いてなんかっ…!」


乱暴に目をこする。

誰かに見られたなんて恥ずかしすぎる。

でも後から後から涙は溢れてくる。

緑色の葉桜を見上げてそれ以上、こぼれてこないように目を瞑る。


――連れて、いかないで――


「え…?」


また、聞こえた。

これは誰の声?

一度閉じた目を開く。

けど後ろから伸びてきた白い手に目隠しされる。

冷たい、けど優しい手。

それととても懐かしい匂い。

この手の人の匂いかな…

急に、瞼が重くなる。

なんか………眠い………








* * * *






――許さない、許しはしない――




瞳を開く。

肌に感じる生温い風。数千年ぶりの実体。

指先に感じる痛みは先に傷つけた跡。

だがそれ以上に痛いのは……


「…………」


少年の域を抜けぬか細い、けれど傷だらけの手を胸にあてる。

目覚めるつもりは無かった。

あの一族のことならば全て分かる。

私はその為にここにあるのだから。

この子の重すぎる運命も今までしてきたことも知っていた。

それでも目覚めるつもりは無かった。

私が血族を見守るように、また別の血が彼には流れている。

その血の運命。私の預かり知らぬ領域。

必要以上に干渉してはならない、そう、自身に言い聞かせてきた。


「…駄目か。」


霊体ではない実体がある故に直線ではない参道は進める。

忌々しい狛犬の結界も越えられた。

だが鳥居で弾かれてしまう。

不可視の壁は私本体が宿っていては越えられない。

綱吉の体では霊力が足りないらしい。


「器が必要かな…」


誰か…冷媒体質で魂自体も強い人間が。

探すのは難しくはない。ここら一帯は私の配下なのだから。


「ねぇ…みんな。」


振り返り呼び掛ければ応えるように木々がざわめく。

葉が散り、淡い蕾が次々と芽吹く。


「……泣かないで。」


今は意識の奥深くに眠る子。

目覚めるつもりは無かった。この泣き声が聞こえなければ。

嘗てこの手にあった私の宝物。

あの子と同じ声、同じ想い、同じ理由で無く子ども。

あの時をなぞるようなことはさせない。


「連れて、いかせないから。」


大丈夫。

辛いことも痛いことも、全部消してあげる。

血を流す必要も、闘う必要もない。

ここにいればいい。全てから守ってあげるから。

邪魔な者は全て眠らせてしまえばいい。

そして……





「……つくづく、忌々しい色……」





また、金髪……!!

なんて呪わしい色だろう。

まるで再現を見ているような気分だ。


「……。」


眼下に広がる町が徐々に淡い色に染まっていく。











私は忌まれる者。


生まれた時から鬼の託宣を受けた者。


肉親から引き離され、愛する者達を亡くした者。


生前に全て奪われた。


そして永い時を経て得た死後の安息。


今それすらも奪おうと言うのなら。








「許さない…許しはしない……!!!!」
















続く…





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