第二十六話 「…ふわあぁ…」 眠ぃ…今すぐ倒れたいくらいに眠ぃ… 最近は桜の悪夢から解放されてたってのにめっちゃ眠ぃ… 退館間際まで資料館にいたんだが全くもって手掛かりらしいものは無かった。 図書館からも手掛かりになりそうなものを借りてはいるんだが手応えはない。 年代が不明なのも痛いんだよな…もっと違う方面から手をつけた方がいいのだろうか。 それと爺さんとこにもまた行かないとな… 眠気を誤魔化す為にそんなことを連々と考えながら歩いているとどすりとした重みが後ろからきた。 「よっ!獄寺!」 「…………………」 「ん?どうした?」 「……てめぇに怒鳴る余分な力を使いたくねぇだけだ、離れろ。」 今の俺の体力は風前の灯火と思え。 むしろ10代目以外とは話すのすら億劫だ。 じろりと睨み上げると山本は俺の顔を見て一瞬、笑いを引っ込めた。 だがすぐに、今度は苦笑か笑いに失敗したのか分からねぇ微妙な表情を浮かべ俺から離れて頭の後ろで手を組む。 「……確かにすんげぇ面白い顔だぜ、獄寺。幽霊みてぇな顔してる。いや、悪鬼?そりゃ元々か。」 どさくさに紛れてこのやろ… しかし今の俺には殴りかかるどころか食ってかかる体力もない。 「あ!お〜い!」 山本を睨みつけぎりぎりと歯軋りをしていると前方から聞こえた声。 そちらを向けば門扉の前に立つ、昨日とは打って変わってお健やかな10代目。 「10代目ええええーっ!!おはようございますっっ!」 「おはよ。」 「…………おい。」 「なにが風前の灯火だって?」と背後でぶつくさと呟いている野球バカは無視だ。 全速力で10代目のお側まで走り寄り90°のお辞儀をする。 「もうお体の方はいいんですか?お熱は?無理はいけませんよ? 学業なんざより10代目の御身の方が重要ですからね!少しでもだるかったら隠さずおっしゃってください! ところで今日は何故外に…はっ!もしや迎えが遅かったですか!? それはすみません!!病み上がりの10代目をお待たせするなど右腕失格……!! 次からは一時間前に…!!ですが10代目、いくら俺がのろまだったとしても昨日の今日です、またお風邪を召されては一大事!! いや、ちげぇ!!断じて夏風邪などと!!今のは間違いです!!聞き流してください、10代目!!これはそう…熱中症?いや熱射病か??」 「ごーくーでーらーくーん!!まず落ち着け!!」 「すみません!」 機関銃の勢いでまくしたてて詰め寄ると10代目に軽いチョップを食らってしまった。 「てい!」という掛け声から力が入っていないのは分かるが… 10代目、「てい!」ってなんですか、その可愛い掛け声… 「昨日寝過ぎて今日は早く目が覚めただけだよ。っていうか獄寺くんこそすごいクマだけど…」 「ああ……これは、つい本を読みふけってしまいまして。」 「相変わらずだなあ…せっかくの男前が台無しだよ?」 「そんな、勿体無い!!」 「も〜コントはいいから学校いくぞ〜。」 「てめっ!離せ!」 呆れ笑いの山本に引きずられるように歩き出す。 抵抗する体力がねぇこの時にこの野郎…! バシバシと腕を叩いてやるがそれをきれいに無視して山本は馴れ馴れしく10代目の肩に手を回す。 「そういや今日は見送りいないんだな。」 「ああ、骸?さっき帰ってきてぱったり寝てる。」 「……それ大丈夫なのか?」 「出る前に声掛けたらひらひら手振ってたから多分…」 引きずられた状態のまま10代目のお部屋を見上げる。 それで今朝は呼び出しが無かったのか… 昨夜は何をしていたのか…あいつは何か掴めたのだろうか。 * * * * 「……ん……」 瞼に当たる陽光。 寝返りを打って日差しから逃れる。 今、何時だ……? 「……昼か……寝過ぎた……」 一時間寝るつもりががっつり五時間は寝てしまっていた。 この暑さでなければまだ寝てそうだ… 薄いブランケットを剥ぎ身を起こす。 「ふわぁ…っ…」 布団をたたみながら欠伸をする。 ……まだ眠い気がする……汗もかいていることだし、シャワーを借りるか…… 綱吉くんの部屋を出て階下に向かう。ダイニングの扉を開くと食卓に一人分の食事と書き置きがあった。 家に誰の気配も無いことから察するに、彼の母親が子供達を連れて買い物にでも行ったのだろう。 書き置きを見ればやはりその旨。 ならば食事はありがたく頂くとして、先に風呂を借りようか。 ―――この家は不思議だ。 物心がついた時から僕は体の力を抜いて安らげた事がない。 唯一エストラオーネの施設から脱出したその瞬間、「自由」を手にしたその瞬間だけ安らぎと似た物を得た。 だがこの家では逆だ。 どうやって体に力を入れていたのかが分からなくなる。 アルコバレーノが眠ってしまえばこの家には何一つ不穏なものがなくなる。だから尚更だ。 この家の雰囲気は沢田綱吉にも似たものだが、彼の場合はこの雰囲気を構成しているものと言うより、ここの雰囲気に培われたものと言った方が正しい。 それに彼は望まぬとも嵐の目となる宿命だ。 沢田家光は論外だ。奴がいればこの家はこうなはるまい。 この家の主は沢田奈々。彼女だ。 この柔らかな雰囲気を構成するのは彼の母親なのだろう。 「………!」 脱衣所に入ると、籠の中に真新しい服とメモがあった。 『良かったら使ってね』と書かれたメモ。 起きた僕の行動を予想してたかのようじゃないか。 「……ふ…」 なるほど……これはアルコバレーノですら頭が上がらない筈だ… 「……で、何故君が僕の朝食を食らっているのですか……」 「そこに食事があったから。」 「おい。」 ダイニングに戻ると食卓には雲雀がいた。 そして何故か雲雀は僕の為の食事を食らっていた。 不法侵入かと思ったが二階でドタバタと小さな足音がしている。 大方帰宅した奈々さんに家にあげてもらったのだろう。 「ごめんなさいね〜、骸くん。もう少ししたらお昼作るからちょっと待っててね。」 「いえ。服、ありがとうございます。なにからなにまですみません。」 台所から顔を出す奈々さんに濡れた髪を拭きながらそう言うとにっこりと笑う。 ……前から思っていたんだが、もし属性があるとするなら彼女も間違いなく大空なのではないだろうか。 「御馳走様。」 「……君学校はどうしたんですか。なんでここに?」 緑茶を啜る雲雀に尋ねる。 すると雲雀は奈々さんの背をちらりと見てなにやら書類を差し出してきた。 受け取って目を通す。…これは新聞の切り抜き…? 「22年前のもある。」 「………22年?」 「冬の桜。」 「ああ。」 昨日雲雀が言っていた話か。 だが当の記事事態は小さく、内容も予測で終わっている。大した手がかりになりそうもない。 「だろうね。だから当事者に聞こうと思ってね。」 「?」 「はーい、お待たせしてごめんなさいね。」 当事者? 誰のことか聞こうとしたがその前に奈々さんが手を拭きながら台所から出てきた。 ………もしかして、彼女のことか…? 「聞きたいことって何かしら?」 「……授業の一環でこの地域の歴史を調べていて、あなたは昔からいる家の人だと聞いた。」 「まあ。誰から聞いたの、恭弥くんたら。」 奈々さんはちょっと驚いた顔をして、すぐにクスクスと笑い出した。 ……しかしよくもまあぬけぬけと。 授業の一環って。君授業受けてないでしょう…… 「でも、昔からといっても何も特別なことは無いのよ? 古いおうちなら他にもあるし…私のうちより恭弥くんのおうちの方が参考になるんじゃないかしら? 私はほとんどそんな話を聞いてなかったから……知ってるのは私の家が桜の神様の子孫って御伽噺くらいかしら。」 急須に新しい茶葉を入れながら奈々さんは懐かしそうに笑う。 …………子孫? 「ふふ、呆れないでね。 私もお祖母さんから聞いた時に御伽噺って分かってたんだけど…なんだか素敵な気がして。 ツナにも小さい時に話してあげたのだけど、男の子だしあまり興味がなかったみたいね。」 「桜の神様…佐保神社の?」 「ええ。よくある話なんだけど……」 続く… |