第二十七話 夏の日差しがじりじりと肌を焼く。 暑さだけならまだいい……なんでジャッポーネの夏ってこう湿気てんだ…… 屋上のフェンスに凭れて下を見下ろす。 日が傾きかけた校庭を歩く生徒達。 真っ黒の髪なんて熱吸収してサウナ状態だろうになんでみんな帽子被んねぇんだか…謎だ。 「…………はぁ〜……」 「ボ〜ス。日陰にいろって。」 自分は涼しい日陰に避難して、どっから持ってきたのかウチワでパタパタやってるロマーリオを睨む。 どいつもこいつも自由だな、全く。 「にしてもあんのやろ…ど〜こ行きやがった…」 折角、久々に闘ってやろうかと思ってたのによ。 いつものねぐらにもいねぇし… 見回り…にはまだ早い気がすんだがな。 「暇人なボスと違ってボウズも忙しいんだろ」 「ロマーリオ……」 ケタケタ笑う部下を睨むと「お〜怖っ」とおどけてみせる。いつも通りのやりとり。 ……でも俺は知ってるぜ。 隠してるつもりだろうがその眼鏡の下にはくっきりとした隈がある。 一緒に並盛に来た部下たちの中で、眠り込んでないのはもうロマーリオだけだ。 無理させてんのは分かってる。 でもだから気付かないふりでいつも通りに振る舞う。 「しっかたねぇなぁ…ホテル戻るか…」 「ボンゴレんとこ行けばいいじゃねえか。」 「…………」 できたら俺もそうしたい。 だが俺の頭の中でほわほわした顔で笑うツナと憎しみに染まった目のツナの姿をした『なにか』がくるくるとフィルムのように回る。 どのタイミングでツナのスイッチが入るのかもわからねぇままだ。 二回も抜き身の刃で襲いかかって来られたらな… 「お、噂をすれば…」 「?」 ロマーリオがニヤニヤしながら顎で示す先。 見れば校庭を突っ切るぴょこぴょこ頭と銀髪が。 今から帰りか…… そう思って見ていたが何かおかしい。 獄寺がいやにふらふらと…… 「お!?」 「!!」 危惧した通り、ばったりとその場に倒れる獄寺。 やっぱりか!! 甲高い女生徒の悲鳴を背に校舎内に走り込む。 階段を数段飛ばしで駆け下り、校庭の人集りを目指して昇降口から飛び出す。 「ツナ!」 「ディーノさん!?」 人垣を掻き分けてツナ達の元へ駆け寄る。 ツナは獄寺の腕を掴みなんとか担ぎ上げようと頑張っていた。 ………けどなツナ。体格的にお前一人じゃ無理だ。 「どうしたんだ、こいつ。」 「それがよく分からなくて…なんか朝から調子悪そうだったんですけど…」 ……昨日はピンピンしてたんだけどな。 だが見れば確かに顔色も悪い。 「ボス、ひとまず。」 「ああ、シャマルんとこだな。」 * * * * 櫻居家(口伝) むかしむかし、村のはずれに貧しい若い夫婦が住んでいました。 夫婦はとても仲が良かったのですが、何故か子どもに恵まれません。 二人は毎日毎日、山の上の神社に通い、子を授けてくれるように神様にお願いしました。 貧しい夫婦はせめてものお供えにと朝一に野で摘んだ花をもって、雨の日も風の日も通い続けます。 そしてある春の夜、二人は揃って不思議な夢を見ます。 その夢では見たこともないような大きな桜の上に、翁の面を被った赤い着物の男が立っているのです。 そしてその男の髪に、見覚えのある花が刺してあるのです。 ―――そう、二人がその日に神社に備えた花です。 男――山の神様は桜の枝に腰掛けこう言います。 「お前たちは私に贈り物をくれた。だから私もお前たちに贈り物をしよう。 私の子らからお前たちの望む宝を授けよう。」 神様が手を伸ばすと枝から桜の花が2つ、二人の元に落ちてきます。 そして妻がそれを受け取ろうと手を伸ばしたところで夫婦は目を覚まします。 夢だったのかと妻が手を開くとそこには花の形の痣が2つ、並んでいます。 神様が願いを聞いてくれたのだと喜んだ二人はそれからも花を手に神社に通い続けます。 やがて夫婦には双子の女の子が授かります。桜の花のような可愛らしい双子です。 夫婦はそれはそれは喜びます。 そして神様への感謝の証に、神様の好きな桜の種を神社の外にも中にもたくさん蒔いたのです。 やがて神社は桜で埋め尽くされ、村も桜だらけになります。 * * * * 「だから、山神様は桜の神様って呼ばれるようになったのですって。」 「そうなのですか……」 ずず、と緑茶をすすりながら欠伸を咬み殺す。 なんだか無駄に長い話で眠気が…… 骸は真面目に聞いていたようだけど…………あまり、関係なさそうだな。 獄寺隼人の言っていた老人から話を聞いた方がいい気がしてきた。 「お茶のおかわりはいかが?」 「……いただくよ。」 まあ、急がなくてもいいや。 それにしてもこの家はいい茶葉を使ってるね。どこのかあとで調べさせるか…… 「………雲雀。」 「なんだい。」 急須を手に綱吉の母親がキッチンに引っ込む。 その姿が完全になくなると骸が真剣な顔で口を開く。 「今の話、どう思いますか?」 「全然。手掛かりにはなりそうに無いね。」 「僕もそう思いますよ。」 だろうね。 そう、僕が言おうとすると両目を覆うように正面から突き出された手。 なんのつもりかと払いのけようとしてそれに視界の焦点が合う。 「これが無ければね。」 目の前に広げられた男の手のひら。 人差し指の根元、槍を使うせいでタコのように固く盛り上がった皮膚に薄紫の痣が浮かぶ。歪な形だが、花のように見える。 「…………なにこれ。」 「生憎平穏な生活はしてないものでね。傷の一つや2つ、気にしている暇はありません。 ですがこれに関しては偶然とは思えない。」 偶然じゃないのはいいんだけど…………また謎が増えた。 解明しにきたのにまた増えた。いつになったら減るの…… 本当に頭を抱えたくなる僕らを余所にキッチンからのんびりした声が響く。 「雲雀くんは甘いの大丈夫かしら?」 「……嫌いではないよ。」 「良かった!いいお茶請けがあるの。」 小春日和みたいな声。 不快なわけじゃないけど、なんかなぁ…あの声聞いてると毒気を抜かれる。 彼女があの悪霊の子孫、ね……信じられないな。 櫻鬼は男に裏切られた女が鬼と化す話だった。 その女が例の悪霊のことだと思うのだが真実は不明。 今回の話に至っては桜が関係している以外の共通点が分からない。 「は〜い、お待たせ!」 人数分の栗羊羹の皿と急須の乗った盆を手に母親が戻ってくる。 ……彼女が来ただけで和やかになるのは何故なのか。 これ、ただの日暮れのお茶会と化してないかい? 「え〜と、どこまで話したかしら?」 「神社に桜を植えたとこまでですね。」 「ああ、そうそう!」 入れ立ての緑茶を啜り、また話の続きを待つ。 けれど彼女は和やかな笑顔を少し曇らせている。 「今の話はね、私が小さい時に聞いた話なの。初めて聞いた時は素敵なお話だと思ったわ。 でも、ツナが小さい時、祖母が亡くなるちょっと前にもう一つの話を聞いたの。 そっちは違う終わり方をしていたわ……」 * * * * 櫻居異伝(口伝) ―――双子の女の子が産まれ、夫婦はそれは喜びました。 けれど村の人々は違います。 村では双子は不吉とする風習があったからです。 産まれてすぐに一人は殺さなくてはいけない決まりです。 ですが夫婦の子は山の神様の授かりもの、風習に厳しい村長でもそれを命じるのは躊躇われます。 そこで村長は後から産まれた子を引き取るという名目で神社に預け、『双子』の存在を隠すことにしました。 夫婦にも双子が産まれたことを口外することを禁じ、双子の姉にも姉妹の存在を知らせてはならないと命じました。 勿論、逢うことも許されません。 夫婦は産まれてすぐ引き離された子を思い、せめて殺風景な景色に彩りをと桜の木を周囲に植えたのです。 * * * * 遠い昔にさようならをした。 もうお別れだったから。 泣いて縋る母、泣くまいと笑う父。 神社まで一緒には来てくれなかった姉さま。 「おわかれじゃないの」 同じ小さい手。 同じ背。 同じ顔。 でも髪だけが違う色。 父も母も悲しい顔をしてるのに、姉だけは変わらない、春みたいな柔らかい笑顔。 「おわかれじゃないのよ。わたしは―――をわすれたりしないもの」 「だからおわかれじゃないの」 「またぜったいにあうの。」 「だからわたしはわらってるの。かなしくないの。」 「ね、おぼえててね……―――――」 続く… |