第二十八話
















………頭が痛ぇ…

絵の具ぶちまけたようなぐちゃぐちゃした夢がくるくると……


…………夢?

ああ、そうだ。これには覚えがある。

ここ数日はぴんぴんしてたから忘れてた。


俺油断してまた桜に呑まれたのか……


けれどまだ今なら自分で起きられる。

そうやってなんとか昏睡状態から逃れていた。




けど、昨日の睡眠不足が祟ったようだ。

全っ然起きる気が起きねぇ…

むしろこのまま………………





















「!」


風船が弾けたように、唐突に思考がクリアになる。

やべ、俺今何考えて…


「…………?」


俯いていた頭を上げると、目の前に太い木がある。

……………どこだ、ここ。

俺は確か…10代目と一緒に帰ろうとして……


「っ!?」


あたりを見ようと振り返るとどこかで見たような風景。

だがそれより俺はすぐ後ろにデカい穴が開いていた事に驚いた。

そしてその中に誰か……。


『っ10代、目…!?』


???

あれ?

10代目が穴の中で目を閉じて横たわっている。これだけでも驚きだ。

だというのに今の俺は更に声も出ねえし体も動かねえ……………なんなんだ!?

俺はただ穴の中を見下ろすしか出来ない。

もしやこれが噂の金縛りってヤツか?

そう思い始めた頃に、体が勝手に膝を折りその場に座り込む。

そして右手を伸ばす……………


ここまで来て俺はやっと気付いた。

伸ばされた腕の細さと白さ………これ、俺の体じゃねぇ……!


『っおい!』


腕は白いが…手は土でボロボロだ。

その手が10代目に向かって伸ばされる。

そんな手で触れたら10代目が……!

なんとか止めたいが体は勝手に動く。

だが制止しようとして穴の中に視線を向け違和感に気付く。


………違う。

これは俺の10代目じゃねぇ。

見た目はそっくりだが……違う。

何がとは言えないが、とにかく違うんだ。


戸惑う俺を余所に、手は10代目の偽物の頬に触れ、するりと顎までなぞりすぐ離れた。

そして、傍らの土の山に手を伸ばし、穴の方へと崩し始める。

ゆっくりと、埋めるのを躊躇うように。

土を崩しながら、時たまぽたりぽたりと落ちる雫。

雫が増える程にぼやけていく視界。

…………泣いているのか。

穴が塞がるまで、機械的に動く腕。

だが完全に穴が見えなくなると耐えきれなくなった『俺』はその上に突っ伏して嗚咽を漏らす。

俺でない俺の悲しみが伝染してくるような声だった。

本当に鉄の帯で胸をきつく締め付けられるようだ。

泣いているのは俺なのか。そうじゃないのか……―――


「うう…っ……うっ…く……くくっ……ふ………ふふっ………ふふふ……」


嗚咽が、笑い声に変わる。

あたりに響く抑えた笑い。それが哄笑になる。

なにがおかしいのか分からないけたたましい声。

だが悲しみの次に胸に来たのは怒り。

後から後から、マグマの泉のように湧き出る憎しみ。


「アハハハハハ、ハハッ…ハハハハハハハ!!!!アーッハッハッハッ!!!!」


喉が裂けんばかりに笑い続ける『俺』。

その悲しく虚しい声を聞きながら、俺の意識はまたぼやけた絵の具の世界へと落ちていく――――――――





















『…………』


ざわり、ざわりと揺れる薄紅色の花。

冷たい風に髪がなぶられる。

―――また風景が変わった。

今あるのは視界いっぱいの桜…不安定な足、固い尻の下の感触……

今度は桜の木の上…か?

確認したいところが体の持ち主は木の枝に体を預けたまま曖昧な焦点で晴れた空を見つめている。

ダラリと垂らした腕、鉛のように重い体。

今、胸にあるのは―――『虚無感』だ。

そして心身を蝕む酷い『疲労感』。

体は疲れとも飢えとも無縁だが気力が枯れ果ててしまった、そんな感じだ。

『俺』ははらはらと降る花びらを払う事もせず、ただただそこに「存在」している。


「………ふ……」


場の空気が微かに乱れた。

途端にざわりと膨らむ殺気、風もなくざわめく桜の木々。

―――侵入者だ。

だれかが『俺』の領域に入り込んできた。

するりと腕を空に向かい伸ばす。

その腕は石膏より白く、生者のものではない。その証拠に空の青色が透けて見える。


「……おいで。」


伸ばした手で「何か」を掴む。

そのまま腕を横に振り抜けば、抜き身の刃が姿を現した。

まるでそこに鞘があったかのように。


『!こいつは…!』


『俺』の手にあるのは時代劇にあるような刀じゃねぇ。

黒塗りの柄に浮き上がる八重桜、花の形の鍔に通常より短い刀身…

以前、じいさんから借りた古書でこれの図を見た…!!

佐保の護り刀、『磐長』だ!

驚く俺にお構いなしで体は億劫そうにそこに立ち上がった。

桜の木々の間に敷かれた石畳の先を、無感動に見つめる。


「………」


やがて、桜に覆われた道の先から複数の足音が聞こえてくる。

『俺』の体から発せられる殺気が強くなった。

だが足音は怯むことなくこちらに向かってくる。

足音の元がだんだん近寄ってきた事で花霞で隠れていた人々の姿が見えた。

―――全員男だ…手に斧や槍などの武器を持っている。


「……ふふっ。」


暗い顔、敵意を剥き出しの顔、怯えた顔、怒りに燃える顔……

男たちの顔に鋭い切っ先。

悪意のみを突きつけられていると言うのに『俺』は楽しくて仕方がない。




―――面白い。

―――自ら殺されに来るとは。

―――手間が省けるというものだ。


だって、私はお前たちを全て染めるまで止まらないと決めたもの。



































「待って。」


びくん、と体が揺れた。

その声に膨れあがっていた殺戮への興奮が一気に冷める。

大きな声だった訳ではない。

穏やかな、この場にそぐわないくらいに優しい女の声。

だがその声が発した制止に『俺』だけではなく男達も戸惑いを隠せないようだった。


「待ってちょうだい。」


武器を携えた男共の隙間から、小柄な女が進み出る。

女は周りの刃物も殺気立っていた空気も無いかのように黄色い花を手に穏やかな表情をしている。

そして『俺』のいる木を見上げて心底嬉しそうに笑うと手を差し伸べる。


「遅くなってしまってごめんなさい。迎えに来ました。―――。」

「っ!」


カラン、と手から刀が落ちる。

止まってしまった『俺』の頬を撫ぜる風に髪が弄られ視界を覆う。

その髪の色は明るい茶色。目の前で微笑んでいる女と同じ髪の色だった。



……よくわかんねぇが、俺今すげぇ重要なもんを見てねぇか…?

その先を見ようと意識を向けるが、また視界と思考がぐちゃぐちゃした絵の具の世界に沈んでいく。

抗う術もない俺は、その世界にずるずると落ちていくしか無かった…――






* * * *


ぴょこぴょこした髪。見てるだけでも面白ぇ。

茶髪の毛並みを見下ろしながら、いつものように撫でてやろうとすると逃げていってしまう。


「……なんで逃げんだ。」

「今触ろうとしてたでしょ。汗かいてるから嫌ですってば。」

「ちぇっ!」


ツナのケチ。

いいじゃねえか、減るもんでもなし。

けど警戒した目でこっちを見る弟分に渋々両手を上げて「降参」と示す。

そうしないと今度は半径1.5m近づくなとか言い出しそうだしな……


「まったく、俺の髪なんか触って何が楽しいんですか…」

「ん〜?犬や猫見てると撫でたくなんだろ。あれと同じだ。分かるだろ?」

「全然分かりません。」


来い来いと手招くと、猫の子のように警戒しながらこちらに戻ってくる。

夕暮れの学校に生徒はほとんど残っていない。

だから俺みたいな外人が彷徨いてても誰も見咎めない。

けど一応、ツナが近くにいねぇと不審者で捕まっちまうかもしれねぇし。


「……獄寺くん、大丈夫なのかな……」

「ただ寝てるだけだってシャマルも言ってたろ。あいつ寝不足だったようだしな。」


心配げなツナの背を押し「な?」と笑う。

ツナはちらちらと後ろを見ながら不承不承頷く。


校庭で倒れた獄寺をあのあと保健室に担ぎ込んだんだが、シャマルの見立ては「ただの睡眠不足」だった。

「眠らせとけばいい」とシャマルは気楽に笑うがリボーンとビアンキも昏睡状態のまま起きていない。俺の部下たちも。

獄寺も目を覚まさないのではと心配するツナにシャマルは

「昏睡状態かただの睡眠かぐれぇ、俺程の腕になりゃわかんだよ。」

といつもの調子で煙草をふかす。

それでも獄寺についていようとするツナに「起きたら送っていく」と約束し、俺ともども保健室の外に追い出した。


「なんで俺も?」

「ボンゴレ坊主一人にするわけにゃいかんだろ。お前さんならいるだけで牽制になんだろ、牽制に。」

「そうだけどよ……」

「心配すんなよ、ボス。俺も獄寺に付いててやるさ。」


そう言ってからから笑うロマーリオとむさ苦しいから出てけと言うシャマルに促され、今に至るというわけだ。


「あ、そうだ。ツナ、恭弥のヤツ見なかったか?」

「雲雀さん、ですか?」

「ああ。今日はどこ探してもいなくてよ。応接室にも居た形跡ねぇし…ツナなら知ってるかな〜って。」


なんと言ってもあいつのボスだしな。

そう、茶化そうとしてぎこちない顔で笑うツナの表情に気付いた。


「……俺、毎日会ってるわけじゃないですから…
リボーン絡みじゃないと会わない時の方が多いっていうか…同じ学校にいる筈なんですけどね。」

「……そっか。まああいつがマイペースなのは今に始まった事じゃねぇしな。」


「そうですね」と言って笑う顔はいつもの日溜まりのようだった。

……見間違えか?


「あ。」

「ん?」


数歩進んだところでツナがぱん、と手を打ち合わせた。

くるりと振り向くとにっこりと笑う。


「あそこかも!」

「あそこ?」

「そう。そうだ、きっとそう!だって最近よく行ってるみたいだから。」

「お、おい!?」


てててと近寄って来ると俺の腕を掴みぐいぐいと引っ張りだす。なんだぁ?


「早く早く!ディーノさん早く!」

「分かった分かった!」


いつになく積極的だな…

けどこのやりとり、本当の兄弟みたいじゃねぇか?

仕方ねぇなと笑いながら満更悪い気もしない。


「?」


ひらひらとしたものが視界を横切った。

なにかと思えば…赤い


「早く、でぃーのさん。」

「待てって。靴ぐらい履かせろ。」


飛んでいったから目を逸らすとちょっとむくれているツナ。

あ〜もう、こいつはホント可愛いなぁ…

子犬だったらぱたぱた揺れる尻尾が見えそうだぜ。

俺は靴に足を突っ込むと、にこにこしているツナに手を引かれるまま歩き出したのだった。










続く…





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