第三十一話














さらさらと風に吹かれるがまま自身の分身が降り注ぐ。

根元に座る娘は長い長い紙を解きそれを読み進める。


「ふふ。」


時たま脇に置かれた薄い包みに愛しげに触れ微笑む。


「本当に、不器用な人。」


手紙を胸に抱きしめてぽつりと涙をこぼす。

それを隠すように花びらを散らせば娘は眩しそうにこちらを見上げる。

そうして胸に抱いていた紙面をこちらに向けくすくすとおかしそうに笑う。


「見てよ、翁。酷いと思わない?」


――どうしたのだ?――


「『他に女が出来たから結婚する。だからもう待つな』だって。」


――…………――


「もっとまともな嘘は思いつかなかったのかな……あの人らしいけど。」


上を向いたことで新たな涙の筋が両目から零れる。

この娘を泣かせるのも笑わせるのもあの男だけができたことだった。まったく人間とは面白い。

ふと根元に置かれた包みに目をやる。

これと共に手紙は届いた。ならばこれはあの男が贈ってきたもののはず。



――それは、なんだ?――


「これ?」


ふふ、と娘は包みを両手で持ち上げ心底嬉しそうに笑う。


「『約束したもの』だって。」


――…………約束?――


「そう……いつか、この子が大きくなったら……――――」







* * * *

「……ただいま。」


玄関の戸を閉めて靴を脱ぐ。

……まだ骸は帰ってないみたい。靴がない。


「こらツナ!!遅くなるならちゃんと言わなきゃダメでしょう!?」

「ゴメンナサイ……」


リビングから顔を出して怒る母さんにぺこりと頭を下げる。

こういう時はとにかく謝るに限る。


「もう!折角獄寺くんたちが来てくれてたのに……」

「……『たち』?」

「?どうしたの。」

「他に、誰が来たの?山本?」

「違うわ、雲雀くんよ。」


―――雲雀さんが……?

とくりと手の中の物が脈打つ。


「ツっくん?それはなに?バット??」


母さんが俺が右手に持っている長細い袋を指差して首を傾げる。


「……違うよ、竹刀。山本の忘れ物でさ。」

「あら。」


さり気なく袋を体の影に隠す。

母さんもやっぱりちょっとはこれ影響しちゃうんだな……


「もうすぐご飯にするから早く着替えちゃいなさい。」

「うん。……あ、獄寺くんなんの用だったか聞いた?」

「さあ……急いでいたみたいだから……ただなんだかディーノくんに用があったみたい。」

「……そう」


かたり、かたりと手の中の磐長が鳴る。

―――分かってる。

そう答える代わりに、俺は両の手でそれを握りしめた。


* * * *


「……っ痛ててててて……」

「大人しく安静にしてたらどうですか。」


馬鹿にしたようにそう言う六道骸。

腕を組み空いているベッドにふんぞり返って座っている。

シャマルが居た時と全然態度違うんだよな……

こいつの態度があんまり刺々しいもんだからどうにも呑気に横になんかなってられない。

恭弥たち来るなら尚更だ。あいつにコレ幸いと止めを刺されかねない。

シャツに袖を通し包帯を隠す。

シャマル曰わく刀傷はそれ程深刻なものではないらしい。

「襲撃者」に殺す意思が無かったからか…


「……………」

「おや。」


バタバタと慌ただしい足音が近付いてくる。来たか……

蹴り開ける勢いで飛び込んできた獄寺。そしてその後に恭弥が続く。

そうして室内を見回し呆れたように息を吐き出す。


「また勝手に並盛に巣を作って……ショバ代もらうからね。」

「へぇへぇ。」


動じねぇな、こいつは本当に。

対照的にぎらぎらした目の獄寺は親の敵でも見つけたみたいだ。

俺に大股で歩み寄ると胸倉を掴みかけ、骸に阻まれる。


「てめぇ…!」

「怪我人です、一応。」


一応ってな……結構重傷だぞ、俺は。

だがそのお陰で多少、獄寺も平静を取り戻したようだった。

舌打ちしたり態度は相変わらずなんだが大人しく椅子に座る。


「……10代目は。」

「分かりません。既に居なかったと聞きました。」

「居なかった?一緒に居たんじゃないの?」


恭弥の疑問は最もだ。

だが俺はツナに刺された後、意識を取り戻したらここにいた。骸も似たようなものだという。

ロマーリオが駆けつけた時には俺たち二人しかあそこには居なかった。


「……本当に、10代目がやったのか。」


獄寺が、唸るような低い声で呟く。

信じられないって顔だ。

無理もない、当事者の俺でさえ夢のように思える。

だがこの腹の痛みと熱が現実を突き付ける。


「本当は、佐保だったんじゃねえのか。」

「あれならこいつの中に」

「いねぇ。」


獄寺が顔を上げる。骸を睨み「いねぇ」とまた繰り返す。


「なにも憑いてねぇよ、今のそいつには。」

「……分かるのか?」

「ああ、打ち掛けも蝶もなくなってる。やっぱり、10代目の中にいるんじゃ……」

「違います。」


少し、トーンの上がった獄寺の声を遮り骸が否定する。

期待を打ち砕いて悪いが俺にも分かる。

佐保姫とツナでは格段に違いがある。

あれは佐保姫じゃない。間違いなくツナ本人だった。


「……あれは、綱吉くんでした。明確な意思をもった彼だ。」

「だったら、佐保はどこに…」


〜♪


「……………」


緊迫した空気の中、低い野郎の歌声が流れ出す。

これはもしやと恭弥を見れば携帯を取り出して耳に押し当てる。

やっぱり着信音だったか……


「なに?」

『―――、――』

「そ。分かった。」


さっさと電話を切りポケットに携帯をしまう。

………なんつー短い電話だ。


「じゃ僕もう行くから。」

「待て!」


スタスタと部屋を出て行こうとする恭弥に獄寺がいきり立つ。

眦を釣り上げ扉の前に立ちはだかる。

……なんでそんな怒ってんだ?


「今の電話はなんだ!」

「……君には関係な」

「10代目の名前が出て関係ねぇ訳あるか!!」

「!」


……そうだ。あいつ地獄耳だったな、そういや。すっかり忘れてたが。

目を丸くする恭弥なんざちょっと珍しいんじゃねぇか?

二人はしばらく睨み合ってたが先に折れたのは恭弥の方だった。


「……綱吉の家見張らせてる風紀委員からだよ。今窓から綱吉が出て行ったって。」

「ああ!?」

「君ね……それは言っていきなさい。」

「君らじゃどうしようもない。綱吉の狙い僕みたいだし。」


「じゃあね」と部屋から出て行く恭弥。

だがすぐに「あ、そうだ」と言いながら部屋に戻って来た。


「これ。」

「おわっ!」


ぽんと放られたものを獄寺が両手で受ける。

……手帳、いや本か?


「さっき綱吉の母親が貸してくれたんだけど、多分君のがそういうの得意だろ。」

「得意って……」

「じゃ、頼んだよ。」

「っておい!!」


慌てる獄寺を余所に恭弥はスタスタと去っていく。

本当に自由だな……

後に残された獄寺はブツブツ文句を言いながら適当に本の頁を捲る。


「……『櫻鬼』はもう知ってるっつの。」

「はあ……まあ彼の言うとおりですから仕方ないでしょう。
佐保が居なくなった今、記憶を見る術もありませんし。」

「じゃ、お前たちはどうすんだ?」

「……奈々さんが心配するでしょうし、一度帰りますよ。その後で綱吉くん探しに出ます。」

















































誰も居なくなった静かな病室。
いつの間にか、うたた寝をしていたようだ。

「…………」

一度開いた瞼を閉じる。
からり、と窓が開きクーラーの効いていた部屋に生温い風が入ってくる。
軽い音をさせてなにかが室内に入り込む。
そうして律儀に窓を閉めると、ぺたぺたと音をさせながら俺のベッドへと『侵入者』が歩み寄ってくる。
……窓の鍵は締まっていたのにどうやったんだか。
様子を伺うように俺の周りをぐるぐると歩き回る『侵入者』。
俺がぴくりとも動かないのを見てとると、もそもそとベッド、というよりも俺の上に乗り上げてくる。
……もー無理。
目を開き、上体を起こすと相手の腕をつかむ。

「でぃーの、さん。」
「……やっぱ来たな、ツナ。」

ふにゃりと笑うツナはいつもと変わらない。
だがその手にはいつか本で見、ついさっきこの腹を刺したあの八重桜の刀が握られていた。




















続く…





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