第十話






俺の投げた石盤がフリスビーのように回転しながら飛んでいく。


バキッ!!


模型の体に石盤がめり込む。

不気味な人形が揺らぎカタリと地に倒れた。

俺は全速力で封じの穴まで走りまだ地を這いずろうと動く人体模型から石盤を引き抜く。


「蓋を!!今しかない!!」


写真男の振るう刃を避け先生が叫ぶ。

今しかないって…いや、意味なんて今は気にしてる場合じゃない!!

俺は縋る人形の手を蹴り払い、カチリと円盤の欠片を穴に嵌め込んだ。


「!」


パン、とガラスが割れるような音がし、強い光が目を焼く。

腕で顔を庇うとぶわりと下から突風が吹き上がった。

そして闇夜を切り裂くような鋭い悲鳴が上がる。

何!?

俺はうっすらと目を開く。

発光する封印の円盤には亀裂は愚か傷一つ残って無い。

それどころか始めからそうであったかのように蓋と台座の境目すら無くなっていた。

そして台座の上の円陣に吸い込まれていく人体模型。

吸い込まれまいと高い声で吠えながらもがいているが封じの方が力が強い。

俺が見ている目の前でズブズブと沈んでいきやがて見えなくなった。


「何…?」

「役目を思い出したんだよ。悪いものを吸い込むのがこれの仕事だから。」


肩に手を置かれ見上げると先生が鬱陶しそうに長い髪を抑えて立っていた。

体が浮き上がるような風は止むことなく吹き上がっていたがこの人には全く関係ないらしい。


「ここはもう大丈夫。問題は…あっちだね。」


切れ長の目で森の向こうを見据える。

学校…雲雀さんのいる方角だった。


* * * *


ジャラ!!


どこからともなく無数の鎖が伸びてきた。

またかと思っているとそれらは僕を素通りし奴の体に巻きついた。


「「!」」


鎖は仄かに白い光を宿して澄んだ気を放っている。

凶々しさは感じられない。

あと少しで鎌に手が届く、その瞬間に自身に絡みついた鎖に悪霊は驚きを隠せないでいる。


「くっ…!これ、何…?」

「どうやら綱吉の方はうまくいったようだね。」

「!」


悪霊が慌てて伸ばした手の先から鎌を奪い取る。

二丁揃えて封じないとまた出てきてしまうからね。


「大人しく封じられるんだね。今回は好きにはさせないよ。」

「嫌だ…お前だけでも、殺す…っ…!!」


ビシュビシュと地に突き刺さる奴の鎖。

往生際の悪い…

僕は数歩後ろに下がりそれを避けると地に落ちたトンファーを拾い上げた。


「仕方ないなぁ。なら僕が終わらせてあげる。」


ニヤと笑うと鎖で動けない悪霊の顔が青ざめる。

僕は構わず地を蹴り飛び上がると渾身の力で鉄の塊を振り下ろした。

ゴキン、と音をさせ動かなくなった霊の体。


「…呆気ないな。」


呟く声とともにその体がザラザラと砂のように崩れていった。


* * * *


「あ。」


光が弱まった。風も収まってきたみたい。

俺たちの見ている前で写真男と机も飲み込んだ円陣。

悪霊の雲雀さんはどうなったのかな?


「あっちも終わったみたいだね。」

「!分かるんですか?」

「これはそういうものなの。」


…よくわからないけどそうなんだ。

先生が言うならそうなんだろうな。


「もうちょっとしたら学校覆ってる良くないものも全部消える筈。そうしたら出れるよ。」

「じゃあ雲雀さん探さないと。」

「そうだね。」


広場を出ようと歩き出す。

数歩進んだところでヒバードが「ピィ」と一声鳴いた。


「ツナヨシ。」

「ん?」


ヒバードに髪を引かれて先生がいないことに気付く。

後ろを振り向くと円陣の前に立ってこちらをじっと見つめる先生がいた。


「先生?」

「なに。」

「行かないんですか?」

「…逝かないよ、まだ。」




なんだか…ニュアンスが違ってたような…


「私はいつでも好きな時に逝くから。

さあ早くあの子のところに行きな。待ってるよ。」


「先生は?」

「ここにいるよ。ずっとね。あいつが消える日まで。」


先生は台座に腰掛け淡く笑う。


そうだった。


あんまり普通だから忘れてた。

先生はもうこの世にはいない人なんだってこと。

俺が戻ろうと足を返すと先生の体が仄かな光を帯び始めた。


「先生!」

「時間だ。そろそろ戻るよ。」


先生は立ち上がるとバサリと長い髪を背に流して俺に背を向けた。



バサリ、と翻る学ランの背中。ふと覚えた既視感。




「もう壁は無くなってるから普通に外に出られるよ。じゃあね。」

「あのっ…!」


一瞬、言おうかどうしようか迷った。

でも先を促すような視線に思い切って声を出す。


「助けてくれて、ありがとうございました!……雲雀先生!」

「!」


先生が目を見開く。

でも直ぐに笑顔を浮かべるとトンと地を蹴り宙に舞い上がった。


「君たちが無事で…本当に良かったよ。」


「あ…」


サラサラと光の砂になっていく体。

先生の体が完全に消えるまで、俺は空を見上げていた。


* * * *


「雲雀さん、雲雀さんてば!」


体を揺さぶられて目を覚ます。

だんだんクリアになる視界と聴覚。

それと共に痛みも体に戻ってきた。


「雲雀さん!!」

「ヒバリ!ヒバリ!!」

「…うるさいよ、君たち。」


腹を押さえて体を起こす。

かなり痛いけど動けないほどじゃない。


「折角寝てたのに…」

「寝っ…こんなとこで倒れてるから心配したんですよ!?」

「倒れてないよ、血が足りないからぱったり横になってただけだよ。」

「それ貧血!倒れてたんじゃないで、むぐっ!」


うるさい口を手で塞いで辺りを見回す。

悪霊が消えたとこまでは覚えてるけど…終わったのかな?

綱吉を見ると服を染めていた血が消えている。

校舎も…割った窓が元に戻ってる。


「封印成功したみたいだね。」

「窓ぺったん、じゃくて先生が…教えてくれました。」

「…ああ。あの人か。」


窓に張り付く幽霊。

病院で見たときは正直かなり驚いたけど。

彼女のお陰で綱吉が狙われていることを知ることが出来た。


「雲雀さん。帰りましょう。」

「…そうだね。」


空が段々と白さを増していく。

夜が明けたんだ。

僕らは校門に向かい、歩き出した。

門を潜る前に一度だけ後ろを振り返る。

見慣れた姿を取り戻した校舎。

僕の並盛中だ。

そして僕の傍らに立つ綱吉。


「何ですか、雲雀さん。」

「いいや?」


盗られなくて、良かった。

ワシワシと頭を撫でる。

うん、やっぱりこれも僕のだ。

首を傾げる綱吉の額を軽く弾くと僕は先に立って歩き出した。








END


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