第九話 カキィ…ン!! 「?」 もう駄目かと固く目を閉じていたら硬質な音がして、その後ゴトリと何か…。 誰かが目の前に立つ気配にそろそろと目を開ける。 「安物。」 …………………誰。 俺はてっきり雲雀さんかと思ってたんだけど目の前で仁王立ちしていたのはどう見ても女性。 折れた包丁の刃を指に挟んでしげしげと見つめている。 『おお、 おお前前…』 「教師に向かってお前とはなに、この青二才。」 「あ、あの…」 スーツ姿の女の人はスカートなのにも関わらず写真男に豪快な回し蹴りをお見舞いした。 「よくもうちの生徒を苛めてくれたね。」 よろける男の腹に膝蹴りを決め、後頭部に肘鉄を打ち下ろす。 男が地に落ちるとその上に馬乗りになって首をゴキリとさせた。 …何したかは言いたくない。 ばたりと動かなくなった男にバサバサと塩…かな?とにかくそれを振りまくと彼女はようやく俺を振り返った。 「ふう…」 「あ、あの。」 「何?」 「ど、どちら様でしょうか…」 恐々尋ねると彼女は少しムッとした顔でつかつかと俺に歩み寄り強めのデコピンを放った。 「あだっ!」 「全く、忠告してあげようとすれば逃げ回るし助けてあげれば忘れてるし。なんて子なの。」 「す…すいません…」 「で。」 「はい?」 「私が誰かまだ分からないの。」 「ご…」 謝ろうとしてはたと気づく。 そういえばこのスーツどこかで…あ。 「窓ぺったん!」 血みどろじゃないし逆さじゃないし白目剥いてないから気付かなかった! そうだ、窓ぺったんだよ、この人! 「何、その変な名前。」 「いえ、あの俺が付けたわけじゃなくてですねっ!!」 「分かってるよ、どうせあの腕ぽっきんでしょ。」 長い髪を鬱陶しげにかきあげて溜め息をつく。 ………腕ぽっきんてさっき雲雀さんも言ってたな。 彼女は空を見上げると忌々しげに舌打ちした。 「時間が無い。ほら、行くよ。」 「ふぇ?」 「早くしないとまたそいつが復活するのよ。いちいち相手してらんないでしょ。」 「はあ。」 ズカズカと森の中に入っていく彼女を追って俺も歩き出す。 なんでこんな素直に言うこと聞いてんだか分かんないけど彼女は大丈夫な気がするんだ。 ヒバードが弾いてたピアノの音を聞いたときと同じ感じ。 「あ、鎌忘れないでね。」 「ふえ?」 * * * * 木々の間を縫って走る。 綱吉はどこにいるのだろうか。森の中は暗い上に見通しが悪いから… 「!」 ジャキンと鈍く光を反射させて鎖が脇を掠めた。 地を蹴って飛び上がり旋回しながらトンファーで鎖を絡めとる。 …ちゃんと追ってきているようだね。 「ぐっ…」 ズグリと疼く腹。 汗ではないものがじわりと服を濡らす感覚。 まずいな、傷が開いた。 黒い私服のお陰で見えてはいないと思うけどあまり時間をかけては僕が不利だ。 巻き取った鎖の端を強引に引く。 悪霊の体がよろめいた。 そのまま引きずり倒そうとすると何かが僕の顔めがけ落ちてくる。 「っ!」 ばしりとそれを払い退ける。 またあいつの腕だ。 地をガサゴソと蠢く姿は生理的に受け付けない… 「逃げ回ってばかりだね。口だけなの、君。」 「逃げてるとそう思うかい?」 「いいや。」 鉤トンファーをブーメランのように投じる。 飛びかかってきた奴の左腕を切り裂きそれは木の幹に深々と突き刺さった。 「っ、痛いよ。」 「へぇ、痛覚あったんだ。」 ビクビクと手のひらを上に向けて腕が痙攣している。 動かなくなったそれに用はない。 飛来する鎌を避け木に飛び上がり太い枝の上に鉄棒の要領で着地する。 また何本も鎖が襲いかかってくるのを避けながら木から木へと飛び移る。 「ちょろちょろと…まだそんなに動けるんだね。」 「当たり前だろ。僕をそこらの草食動物と同じにされちゃ困るよ。」 木を垂直に駆け下り、幹に突き刺さったトンファーを引き抜く。 そして地に足が着いたと同時に再び鉤トンファーを投じる。 今度は二本とも悪霊目掛けて、だ。 ギィン!ギィン! 「いい加減鬱陶し…」 キンッ!! 「!!」 悪霊がトンファーに気を取られた隙を狙い、間合いを詰め隠し持っていた警棒を叩きつけた。 奴の右手から鎌が落ちる。 拾おうとする相手より早くそれを蹴飛ばす。 「「っ…!」」 鎌を追おうとする奴に足払いをかける。 腹に激痛が走った。もう大立ち回りができる体力も無い。 今のが最後の好機だった。 苦労を水の泡にしてたまるか! だけどそれは奴も同じだ。 お互いに牽制しあいながら二人同時に鎌に向かい走り出した。 * * * * 「あれ…ここ…」 「知ってるの?」 「は、はい。」 鎌に触ったときに見た。 祠があった場所だ。 ここだけ祠の基礎台座を中心に半径5mくらい木が無い。空も遮るものが何もない。 なんか不思議な感じ…偽物と気付かずに悪霊雲雀さんと教室を出た時と同じ変な感じがする。 そう思っているともそもそとフードからヒバードが顔を出して「ピィ」と鳴いた。 「まだ休んでていいよ?」 「…羽が変だね。折れているのかも。」 心配する俺たちを余所にヒバードは嘴と爪でよじよじとパーカーを登ると肩に留まった。 「コワイ、ツナヨシ、コワイ。」 「?あいつはいないよ?」 「コワイ。」 ヒバードはヨタヨタと翼を動かして地面に不器用に降り立つとピョコピョコと台座に向かっていく。 「無理すんなって!」 後を追って台座に近づく。 祠は老朽化していたのを蹴られたみたい。 見るも無惨な姿になっていた。 でも台座の石はしっかりしていて…ん? 「…なにこれ…?」 四角い台座にぽっかりと丸い穴が空いている。 真っ二つに割れた、多分蓋なのだろう。 円盤の形の石が離れたところに別々に落ちている。 穴を覗くと中が見えない。 暗いからか穴が深いからか。とにかくマンホールみたい。 「やっぱり。こうなっていたわけね。」 「これ、何ですか?えっと…」 「先生でいいよ。君も並盛中の生徒だから私の生徒なわけだし。 これは所謂封印ってやつ。あの悪霊閉じこめてたね。 蓋に傷がついて効力が薄まったから割って出てきたんだ、きっと。」 さっき見た映像の辻褄があう。 じゃあこれを元に戻せば… 見上げると先生はこくりと頷く。 「その通り。中に本体を入れないと駄目だけどね。」 「え!?」 本体って…いやいやいやいや!!無理っ! 無理に決まってる!あの雲雀さん悪霊をどうやって中に入れろと!? むしろ一緒に連れてかれちゃう気しかしないんだけど!? 俺が血の気の引いた顔をしていると先生が声をあげて笑う。 「違うよ。君の持ってるそれが本体。」 「へ?」 「殺人鬼の妄執と怨念の籠もったその鎌が本体。 さっさと中に投げ入れて。 後は蓋を元に戻せばこの夜も終わるよ。 まあ、後で本業の人に封印し直してもらわなきゃいけないけど。」 「あの、鎌ってもう一本…」 「大丈夫、大丈夫。あの雲雀の子が取り上げるでしょ。ほら早く。」 「は、はい!」 俺だってそんな不吉な鎌何時までも抱えてなんて居たくない。 ぺい、と穴の中に錆びた凶器を投げ入れる。 「蓋は…」 「あそことそっちにある。私は触れないから君が拾って元に戻しなさい。 その代わりあれは引き受けるから。」 「あれ?」 険しい表情で先生が俺の後ろを見ている。 ズルズルと何か引きずるような音に嫌な予感を感じながら振り返る。 「………げ。」 森の中に不釣り合いな机。それがガタガタとこちらに近付いてくる。 まだいたんだ…! ザク、と草を踏む音に首を巡らせれば別々の方向に人体模型と写真男が立っていた。 「…うわ。」 「蓋戻せばあいつらも消えるから。…頑張りなさい、沢田綱吉。」 ふ、と笑って先生は飛びかかってきた机に向かっていく。 凛とした背中がよく知る人と被って見えた。 「ツナヨシ!」 「分かってる!」 ヒバードを掴んでフードに投げ込むと蓋の破片に向かって走り出す。 一番近いのは人体模型の足元にある。 写真男が突き出してきた腕を屈んで避け腹に肘を打ち込む。 怖さなんて今は感じない。 雲雀さんと先生を信じて封印のことだけを俺は考えればいい! 飛びついて来ようとする人体模型に足払いをかけ円盤の欠片を拾い上げる。 石の重さに動きの鈍った俺にまた模型が掴みかかろうと腕を伸ばす。 「このっ…!!」 持った円盤の欠片で人形の頭を横合いに殴りつける。 バキッと模型の割れる音を背に俺は封じの穴まで駆け戻り欠片を嵌め込む。 躍りかかってきた黒い机に先生の踵落としが決まる。 俺は脇目もふらずもう一つの円盤の欠片を目指す。 「沢田!!」 二つ目の欠片を拾ったところで先生が慌てた声を出す。 頭の無い模型が封印の穴から鎌を取りだそうと身を乗り出している。 先生は鉈を手に襲い来る写真男を豪快に蹴り飛ばすも立ちはだかる机の妨害で間に合わない。 俺は更に距離があるから絶対に間に合わない。 ダメだ、と一瞬思った。 「ピュイイィィイィィ!!!!!!」 「!!」 いつの間にか肩まで登ってきていたヒバードが耳をつんざくような鳴き声をあげる。 まだだ! そう言っているように。 俺は円盤の欠片を抱え走り出す。 走りながら円盤の欠片を大きく横に振りかぶった。 間に合わないならこうするまでだ!! 続く… |