第八話 スタン、と土の上に着地すると雲雀さんは何事も無かったかのように走り出した。 俺はというとバクバクと波打つ心臓を宥めようと不自然な呼吸を繰り返してたりする。 二階に飛び上がれるのは知ってたけど三階から飛び降りられるとは思わなかった… 「あれ?」 そういえばなんで外に出られるんだ? さっきまで窓も扉もビクともしなかったしどんなに頑張ってもひびも入らなかったのに。 「幻覚とか催眠術みたいなものだよ。現に僕は外から普通に入れたからね。 あの子が君をつついてたのは目を覚まさせるためさ。」 「そ、そうだったんですか。」 雲雀さんもだけどヒバードって万能だなぁ… 「綱吉。」 「はい?」 「投げるよ。」 「へあっ!?」 ブン、と突然体を放り投げられた。なんだぁ!? 着地なんて出来るわけないからべしゃりと地面と激突した。 雲雀さんに文句を言おうと俺は体を起こす。 「!!」 雲雀さんの腕や首、腰と体中に巻きついた鎖。 その端を白い着物姿の悪霊が持っている。 い、いつの間に外に!? 「くっ…!」 「雲雀さん!!」 雲雀さん、なんとか引きずられまいとしてるけど悪霊雲雀さんの方が力が強い。 徐々に引きよせられていく。 「雲雀さ…」 「ツナヨシ!」 「わ!」 雲雀さんに加勢しようと立ち上がるとまたばふりと黄色塊が顔面に突っ込んできた。 今度は何だよ!? 「その子について行け!!」 「そんな!」 「いいから!」 「で、でも!」 俺が言い募るとギランと雲雀さんの目が光った、ような気がした… ヤバい、なんかスイッチ入れちゃった…? 「は?何もしかして君、僕があの腕ぽっきん如きに負けるとでも?んん?」 「い、いえ…」 「なんだい、そんなに僕と遊びたいの?僕の力そんなに体感したい? いいよ、やってあげても。 血が出ないようにする方法なんていくらでもあるし。」 「滅相も無い!では!」 俺はくるりと雲雀さんたちに背を向けると脱兎の如く逃げ、いや走り出した。 * * * * 体を捻りながらその場で一回転し鎖から抜け出る。 こういうのはあの外人との戦いで慣れてるんだ。 奴が僅かによろめいた隙に走り寄り肩にトンファーを打ち下ろす。 ごとりと奴の左腕が落ちた。 「っ!!」 項に感じた悪寒に突差に体を仰け反らせる。 鎌が首の皮を掠めていった。 …ちょっと切れたみたい。血が首を伝う。 距離をとると奴は唇を歪め笑い、右腕で鎖鎌を振り回す。 …楽しそうだね。 僕は乱暴に血を拭うとトンファーから棘を出した。 不良どもの壊した祠。 あの祠自体は見かけ倒しなので壊れても差ほど問題は無かった。 だが連中はその基礎であった石を崩してしまった。 石の下に封じられている筈の悪霊が鎌を手に目の前に現れた時、僕は不覚にも狼狽えてしまった。 そして奴の一撃をまともに食らってしまったのだった。 …回想は今はどうでもいいね。 とにかくあいつをまた石の下に戻さなくては。 さもないと僕らはいつまでもこの夜の学校から出られない。 奴を帰すには気に入った人間を差し出すか、僕を殺させるか、封印を元に戻すか。 前の二つは却下。 僕は死なないし綱吉は駄目。絶対あげない。 「………」 ちらりと悪霊を見やる。 さっきので流石に警戒されてる。 鎌はあと一本なのになかなか隙が見えない。 あれさえ奪えれば… * * * * 「雲雀さん…」 大丈夫かな。 でもあの雲雀さんだもんな… 大丈夫だろ、多分。 俺は数歩先をパタパタと飛ぶ小鳥を目で追い走る。 暗闇でもあの明るい色はよく見えるから助かる。 ヒバードは裏庭を突っ切ると学校の裏手にある森へと入っていく。 でも俺は暗い森を前に立ち止まった。 「……」 ひ、昼間でも気味悪いから入らないのに。 でも行かないとこの怪談、終わんないんだろうな… 「よ、よし!」 俺は深く息を吸い吐き出すと木々の中に飛び込んだ。 森の中はやっぱり暗い。 ここ学校の敷地なんだよなぁ。 街灯とか…いやつけないか、普通。 「っ!」 頬に走る痛み。枝で切ったかな。 ヒバードはたまに俺がついてきてるか確認するように枝に止まってこちらを見ている。 鎌を持つ手がぞわぞわと気持ち悪い。 ううう…すぐにでも投げ捨てたい… でも雲雀さんにああ言われたし。 「ツナヨシ!」 「へ!?」 枝に止まっていたヒバードが弾丸のような速さでこっちを目指して飛んでくる。 またつつかれる!!? しかしヒバードは俺の脇を通り過ぎる。 「?」 『ぐぐわわああああぁぁっっ!!』 「!」 後ろから男の悲鳴があがる。 その場から飛び退いて背後を見ると、写真の男が…! こいつまだいたのか!!しかも手に包丁なんか持ってる!危なかった… 「カミコロス、カミコロス!」 ズカズカとヒバードが男の顔を攻撃している。 『ややめめろろぉぉ…』 男ががむしゃらに包丁を振り回す。 小鳥がピィと高い声で鳴く。 ヒバードが危ない! * * * * 「っ!」 ビタリとした冷たい感触。 奴の左腕が僕の足を這い上がる。 足を振り上げそれを振り切る。 けれどそれはざかざかと蜘蛛の足のように指を蠢かせてまたこちらに向かってくる。 …気色悪いな。 手の甲を狙って踏み潰す。 足の下でもがくのが分かるけど見ぬフリで飛んできた鎖を叩き落とす。 腕と自在に動く鎖がうるさくて攻撃が本体まで到達しない。 悪霊はさっきから楽しげに見てるばかりで何も仕掛けてこない。 いい加減飽きてきた… 「ねぇ。さっきからずっと突っ立ってるじゃない。やる気あるの。」 「あるさ。ただ時期じゃないからね。」 「?」 「ピイイイイィィーっ!!!!!!」 「!!」 この鳴き声…! そちらに一瞬気を取られる。 その一瞬にトンファーごと腕に鎖が絡みつく。 しまった…!! 悪霊はクスクス笑いながら鎌を自らの肩にあてて首を傾げる。 「君がこれを狙ってたことなんて分かってたよ。 でも駄目、まだ僕帰る気無いから。 それに君は首を切り落としてあげたいからさ。鎌が二本無いと駄目なんだよね。 だから取りに行ってもらったんだ、写真の彼に。」 「…君は囮ってわけ。」 「そう。本当は僕が綱吉追いかけたかったけど。それは後のお楽しみにするよ。」 くそ、足止めしてるつもりがされてたってわけ? 綱吉一人で行かせるんじゃなかった…! まさかあいつがまだ生きてるとは。 三階の窓から放り投げたのに。 鎖を振り払おうとしたけれどギリギリと締め付けが強くなるだけだ。 でもこの程度なら… 自由な方の腕でトンファーの鉤を出し鎖を断ち切る。 「これで僕を捕らえたつもりになってもらっては困るよ。」 「…その顔止めてくれる?同じ顔ってだけで不快なのに。」 「同意見だよ。この顔は僕だけでいい。君が消えろ。」 「むかつくな…君生意気。首切るだけじゃ駄目だね。その顔刻んでやる…」 「それは困った。造作の良し悪しなんてどうでもいいけどね。 綱吉は面食いなとこあるから。僕の顔に傷なんかついたら泣いちゃうよ。」 「…ふうん?」 鎌を持つ手に力が籠もったのが分かる。 …挑発に乗ったね…よしよし。 じゃあ駄目押ししとこうか。 「ああ、でもそれなら君の顔もか。傷はつけないようにしてあげる。顔にはね。」 「面白いこと言うなぁ…絶対君は殺す。」 ジャキンと鎖を両の手で持つと鎌を振り回し始める。 凄い笑顔だけど目から余裕が消えた。 のらりくらりとかわされていたんじゃ何時までも決着がつかない。 彼には本気になってもらわなくては。 何より綱吉の方がどうなっているのか気がかりだ。 急がなくては。 * * * * 「わっ!?」 ザクリと包丁が俺の居た場所に刺さる。 どんだけ力強いんだよ!?刃がずっぽり土に埋まってるんだけど!? 写真男はケタケタと笑いながら血走った目でまた包丁を振りかぶる。 「キイィィィ!!」 襲い来る刃をかいくぐり小鳥は写真男の顔に飛びかかる。 なんつー命知らずな奴だ!! でも俺はその隙に石をいくつか拾い上げパーカーの前ポケットに押し込めた。 『邪邪魔魔だだ!』 「キュッ!!」 「ああっ!!」 男の振るった刃がヒバードを直撃した。 羽根を散らしながらヒバードが地に落ちる。 俺はニタリと笑う男の側頭部に渾身の一球を叩き込み気絶させると小鳥の体を両手でそっと拾い上げる。 「ピィ…」 弱々しげに鳴くヒバード。 慌てて体を確かめる。 …良かった、どこも切れてない。きっと刃の背があたったんだな。 でも少し羽がひしゃげている。 「ごめんな…」 指先で頭を撫でてやると「キュウ」と鳴いて答える。 そっとヒバードをフードの中に落とし込む。 これが終わったらすぐ医者に見せてやるからな。ちょっと我慢してて。 立ち上がって周りを見る。 ヒバードがこんな状態の今、俺は道標を失ってしまったことになる。 どうするべきだろう? 「………」 後ろを見る。 戻るのは駄目だ。雲雀さんは鎌を悪霊から遠ざけたがって居たように見える。 「……」 なら進む?でもヒバードがどこに向かってたのか俺にはわからない。 写真男を見るとまだ倒れている。 とにかく、こいつから離れ… 『どどここにに行行くくののかかななぁぁ?』 「!!」 突差に手にしていた鎌を頭上に翳す。 ガチンと音をたて刃と刃がぶつかり合う。 写真男がそこに立ってニタニタと笑っている。 なんで!?そこにまだ倒れて… 「!」 いない!?そんな、今の今まで居たのに…!! 『僕僕ららははおお化化けけだだかかららななんんででももあありりななんんだだよよぉぉ?』 「っ…!」 力、ホント強いこいつ…っ! どんどん押し返される…!! ぐぐっと更に力がかかる。 力の均衡が崩れた。 体が傾ぐ。 ザッ…! 「あうっ…!!」 腕に鋭い痛みが走った。 そこを抑えて膝をつく。 思わず握っていた手を開いてしまった。 肘から滴る血。腕、切られた…!! かなり深くやられたみたいで、痛くて痛くて堪らない…! ザクザクと草を踏みつけて近付いてくる足。 視線を上げると男は俺が落とした鎌をゆっくりとした動作で拾い上げる。 『………』 両耳まで裂けているのでは無いかというぐらいニタリと不気味な笑いを浮かべ男が鎌を持つ手を振り上げた。 「ピィ…」 動けない俺の後ろでヒバードが弱々しげな声をあげる。 けれど幾度も俺を救ってくれたその声も今の俺を動かすことはできない。 「ピ…」 錆びた刃が凶々しく月光を受けきらめく。 吸い寄せられるように視界は鎌に釘付けになる。 「ピイイイイィィーっ!!!!!!」 残りの力を振り絞った小鳥の悲鳴が夜の森に木霊した。 続く… |