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第七話 ―――数分前――― 「あ~、逃げられちゃった。真っ先に殺しておくんだった。」 くるくると鎌を回して残念そうに悪霊が呟いた。 「ヒバード…」 力の入らない体を僅かにずらして小鳥の飛んでいった方角を見る。 良かった…どうか無事に本物の雲雀さんの所まで逃げてくれるといい。 「ん…」 ジャラリと身動く度に鎖が音をたてる。 まるで蛇のように体に巻きついた鎖が力と体温を奪っていく。 床に力無く倒れ込み徐々に逃げようという気力も奪われていく俺の脇に悪霊は膝をついた。 「あんな小鳥はどうでもいいね。それよりも君だ。」 「お、れ…?」 にこりと笑い悪霊は床に落ちた自身の腕を拾い上げるとぐちゃりとそれを肩にくっつけた。 揃った両腕を差し伸べて俺を抱え上げる。 「さあ、行こうか。ここでもいいけど君はきっとあちらの方が相応しい。」 「どこに…」 「さっきも言ったよ?屋上さ。」 悪霊は恍惚とした表情を浮かべて歩き出した。 こうして間近で見ると彼が何故俺の背後に拘っていたのかがよく分かる。 顔の造作は確かに雲雀さんとそっくりだけど表情が――いや瞳が違う。 雲雀さんは鋭い光が常に宿っているけれどこの悪霊はドロリとした淀んだ目をしている。 「鎌で殺すよりきっと綺麗だと思うんだ。地上に赤い華が咲く様は。 白い服に鮮血が散る様は僕が一番好きな図柄だよ。」 「つ…突き落とすつもり…?」 殺される…!目が本気だ…!! 俺は逃げたくて身を捩るけれど鎖が意志を持って締め付けて来るもんだから無駄に終わる。 「怖がらなくていいんだよ。綱吉はまだ子どもだし柔らかくて可愛いから楽に死なせてあげる。」 「ひぅ…っ!」 俺の顎から頬を冷たい舌が舐め上げる。 ビクビクしているとクスクス笑いながら悪霊が首にカプリと噛みついてきた。 「っ!!!!」 「小さい生き物みたいでホント可愛い。やっぱり、あいつより君がいいなぁ…」 「やだやだやだ!!やめてよぉ…!!」 ねっとりと舐められる度にぞわりと鳥肌が立つ。 明らかに人よりも長い舌が皮膚の上を這い回る。 怖い…!!俺…どうなっちゃうんだ…!? * * * * 「っ…!!」 目の前に広がる血溜まりと無造作に捨てられている学ラン。 傷を負わされた時、あいつに奪われたものだ。 僕は血溜まりの前に屈み込む。 「………」 あの子のじゃない。匂いが違う。 ほ、と息をつく。 だけどまだ綱吉の安全を確認したわけじゃない。気は抜けない。 「ヒバリ、ソト。」 窓を見るとそこに張り付いた血まみれの女。 僕が歩みよるとバン、とガラスを叩く。 濁った目と視線がかち合った。 「……綱吉は。」 「ぶじ」と女の口が動く。「でもあぶない」と唇が続ける。 上を示し「いそげ」と僕を急かす。 「そう、分かった。」 すう、と女が消えていく。 自分の役目は終わったとばかりに。 僕はその姿が完全に消えるのを見ずに走り出した。 確証が得られたというのにぐずぐずする理由はない。 並盛中に階段は3つある。 その中で屋上に続く階段は中央のみ。 僕は疼く傷を無視し階段を駆け上がった。 バンッッ!! 「綱吉っ!!」 屋上の扉を蹴り開ける。 綱吉は…居た! 破壊されたフェンスの向こう側、縁に立った悪霊に担がれている。 「綱吉!!」 「!ひっ、雲雀さん!?」 「ちっ…まだ動けたの、君。」 …悪霊の反応はともかく綱吉、なんなのその引きつった顔は。 失礼じゃないか、人を化け物か何かのように。 「…綱吉。何、その反応。」 「あ、いえ…その、ほ、本物の雲雀さんですよね…?」 「君にスリッパで叩かれたことはあるね。」 「その件はホントにすみませんでした…」 担がれたままペコペコする綱吉。 君緊張感無さ過ぎ。 悪霊はというと首だけこちらに向けて不機嫌な顔をしている。 「大人しく病院で死んでればいいのに。」 「君こそ祠でぐうたら寝てればいいんだよ。よくも僕の学ランと小動物汚してくれたね。」 綱吉の白いパーカーは大量の血を吸って茶色く変色している。 …血は見慣れている筈なのに酷く不快だ。 その子には全然似合わない。 「気に入らなかったかい?この方が僕は好きなんだけど。」 「悪趣味。最悪だよ。」 「ふうん?」 「ひ、雲雀さあぁん…」 ベロリと頬を嘗められて綱吉は泣きそうな顔をしている。 嘗めてあれならかじったら大泣きしそう…今度やろう。 悪霊は床に綱吉を降ろすとどこからともなく鎖鎌を取り出した。 またとない機会なのに綱吉は逃げる素振りを見せずぐったりしている。 あの体に巻き付いてる鎖のせいかな…? 「別に君なんかいらないんだけど仕方ない。ちゃっちゃと終わらせようか。綱吉待たせてるし。」 「それは僕のセリフだよ。」 悪霊は鼻で小馬鹿にしたように笑うとヒュンヒュンと鎖鎌を振り回し始めた。 さすが殺人鬼。えげつない武器使ってるね。 僕は手にしたトンファーから玉鎖を垂らした。 さて…どうやってお帰り願おうか… * * * * …雲雀さんが二人戦ってる…すんごく恐ろしいものを見ているような気がする。 一人は血まみれだし… ってそんな呑気なこと考えてる場合じゃない。 悪霊雲雀さんの気があっちを向いてるこの隙に鎖どうにかしないと…! でも相変わらず体力も熱も鎖に吸われて続けていてどんなに頑張っても指先を動かすのがやっとだ。 「くっ…」 「ツナヨシ、ツナヨシ!」 「わぶっ!」 黄色い塊が顔にビタリと飛びついてきた。 確認するまでもなくヒバードだ。 「ヒバード…お前が雲雀さん連れてきた、あだっ!!」 「クエエェェェ!!!!」 「うおっ!?」 ヒバードはまた可愛い外見にはそぐわない怪鳥のような声で鳴きながらズガズガと額をつついてくる。 も~啄木鳥ごっこは止めてくれ!! 「いだだだだ!ヒバードやめ…あれ。」 ヒバードを止めようと腕を動かすとあれほど体を締め上げていた鎖がぱらりと呆気なく外れた。 手を握ったり開いたりしてみる。 …なんともない。 「ど、どうなってるの…?」 「ツナヨシ!」 「わ!」 ヒバードの鳴き声に目線を上げると丁度雲雀さんのトンファーに弾かれた鎌がこちらに飛んでくるところだった。 俺は慌てて地面を転がりそれを避ける。 ガツ、という音を立てて鎌がすぐ脇のコンクリートに突き刺さった。 ………おっかね~…… 俺は冷や汗を垂らしながらその鎌から距離をとる。 なんて言うんだ?こう、凶々しい感じがビンビンにして近くにいたくない… 悪霊雲雀さんは鎌一本でもあの雲雀さんと互角に戦っている。 あの霊何者なんだろ…そして俺はどうするべきなんだろ、この場合。 「ツナヨシ。」 「ん?」 視線を雲雀さんズからヒバードに移すと小鳥は鎌の上にちょこんと止まっていた。 お前なんてとこにいんだ… 捕まえようと手を伸ばすとヒバードはパタパタと飛び上がってしまった。 「あ、コラ…」 伸ばした手が鎌に触れる。 途端に脳裏に映像が浮かぶ。 「!!」 祠を蹴る並盛生。割れる扉。 手にした二丁の鎌、倒れ伏す生徒。 驚愕した顔でこちらを見る雲雀さん。 「!あ…!」 悪霊の記憶だこれ!!雲雀さんが祠壊したんじゃなかったんだ… 映像はどんどん流れていく。俺は脳に流れる画像の多さに鎌から手を離した。 「コワイ、コワイ!コワイ、ソト!!」 バサバサとめちゃくちゃに飛び回るヒバード。 さっきので分かった。 これは自分の知ってる言葉じゃ伝えられないことを必死で伝えようとしてるんだ。 ヒバードはしばらく飛び回った後、ぴょこぴょこと鎌の柄の上で跳ねている。 「………」 俺は嫌悪感を飲み込んで鎌の柄を握った。 力を込めてコンクリートから刃を引き抜く。 「っ…は…」 引き抜いた反動で尻餅をつく。 うう…やっぱ触ると気持ち悪い…この刃についてるべっとりしたの血だ、多分… 「綱吉!!」 呼ばれた方を見ると雲雀さんが交差させたトンファーで鎌を防ぎながら叫ぶ。 「それ持って行って!場所はその子が知ってる!!」 「へ!?」 「いいから、とにかく、行け!!」 「は、はいぃ!!」 恐ろしい顔で睨まれて俺はいつもの癖で返事をしてしまった。 主の言葉を理解した賢い小鳥はパタパタと扉に向かって行っている。 俺も慌ててそれを追い掛ける。 ジャキィィ!! 「行かせないよ…綱吉ぃ…」 「ヒィィィィ!?」 腕に巻きつく鎖。ニヤァと笑う悪霊雲雀さん。 引っ張られるのを踏ん張って持ちこたえようとしたけれどずるずると引き寄せられてしまう。 ザンッ… 「余所見してる余裕あるの?」 鉤のギミックで雲雀さんが鎖を断ち切る。 俺は鎖の破片を投げ捨てると転げるように階段を駆け下りた。 背後から追ってくる気配があるけれど構ってられない! 金属同士がぶつかり合う音を背に聞きながら黄色い小鳥の姿を廊下に探す。 「ツナヨシ!」 「待って…!」 あいつ飛ぶの速くない!?もう廊下の端にいるんだけど! 俺はヒィヒィ言いながら暗いそこをひた走る。 こんな時に何だけどもう俺いろいろきつい…所詮もやしだからな… ドゴォ…!! 「!」 「とろいよ!」 「わわっ!」 轟音に振り返るとそのまま腰を掴まれて担ぎ上げられる。 一瞬追いつかれたかと思ったけど雲雀さんだった。 俊足…俺担いでもスピード変わらないし。 後ろ向きに担がれて気付いたけれどさっきの音は教室の扉が倒れた音だったみたいだ。 多分悪霊雲雀さんを吹っ飛ばしたんだろう。 「鎌持ってる!?」 「は、はい!!」 「絶対無くすな、落とすな取られるな!分かった!?」 「はいぃ!!」 雲雀さん剣幕が凄い…俺はただこくこくと頷く。 やっぱ全然違うや、本物は。 つうかこの人に怖いものがあるはずないもんなぁ… 視界の先でムクリと悪霊が起き上がる。 また追ってくるかと思って見つめていると目が合った。 悪霊雲雀さんはにっこりと笑って掻き消えた。 「!?雲雀さん、消えましたよ!?」 「幽霊だからね。」 「まあそうですけど!」 「ちょっとあんま動かないでよ。お腹痛いから。」 「って血!!血が出てますって!!大丈夫何ですか!?!?」 「ちょっとやばい。」 雲雀さんは何を考えたのか突然窓を叩き割る、というか窓枠ごとぶち破るとそこに足をかける。 俺は嫌な予感に雲雀さんのシャツを握りしめた。 「ひ…雲雀さ…」 「ちょっと近道するよ。」 「って道じゃねええええぇぇぇ!!!!」 俺の抗議に構うことなくひらりと雲雀さんが窓を飛び越えた。 俺の悲鳴が尾を引きながら校舎に響き渡った。 続く…
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